第42章
夕方の校内。
写真部の部室に、パソコンのファンの回転音が響いている。
和人に教わりながら、ユキナはコンテストの公式サイトの応募フォームから、作品を送る作業をしていた。
「ここからフォルダ開いて、応募したい作品をアップロードする」
「これ!」
ユキナはパソコンの画面に表示された画像リストの中から、ひとつの写真を選ぶ。
「良いね」
和人は言った。
「モデルが良いんですよー」
ユキナは椅子をくるりと回しながら、上機嫌に言った。
応募作品の上限は一人5枚まで。今回の募集要項にテーマの指定はなく、被写体も自由だった。
最初は、何を撮ればいいのかわからなかった。
綺麗な風景を撮ればいいのか。映える写真を撮ればいいのか。コンテスト向けの写真を撮ろうとしすぎて、シャッターを切るたび、どこか他人の写真みたいに感じていた。
そんなとき、和人は言った。
「無理に何か撮ろうとしなくても、ただ心が動いた時にシャッター切ればいいだけ」
言われた時は、いまいちピンときていなかった。でもその一瞬が来た時、今だ、と思った。
夕日の逆光の中で、ファインダー越しに黒い影が浮かび上がった。
次の瞬間には、指が勝手にシャッターを押していた。
ユキナが撮ったのは、夕日の中でカメラを構える和人のシルエットだった。夕焼けのグラデーションが背景として広がり、彼の輪郭をくっきりと際立たせていた。
これを撮る前にも、自分でもなかなか良い写真だと思えるものは撮れてはいたが、応募するのはこの一枚だけと決めた。
「せっかくだから、上限の5枚全部エントリーしてみたらいいのに」
和人は不思議そうに言った。
「いいの」
ユキナは満足そうに言った。
――これが、心が動いた一枚だから。
画面に映し出された「応募完了」の文字を、ユキナは誇らしい気持ちで見つめていた。
* * *
駅前まで来た時、いつもはそこで別れるはずの和人が聞いた。
「お腹空いてる?」
「え? ぺこぺこだけど」
和人はユキナの返答に、思わず吹き出した。
「じゃ、ちょうどいい。なんか食ってこ」
「うん!」
「応募記念に、好きなもの食べな」
「え、まさかまたお金払わせてくれないつもり? この前岬のお礼にやっとジュースだけご馳走させてもらえたとこなのに」
「今日は記念だから」
「え、でも、いつも悪い――って言っても聞いてくれないんだろうから……ありがと」
ユキナに気を遣わせないための理由付けだとわかっていても、迷わず「記念」と言ってくれた気持ちが、嬉しかった。
駅は、学校帰りの学生、仕事終わりの会社員や買い物帰りの人で溢れ、高い天井にざわめきが絶え間なく広がっていた。
コンコースを駅ビルの方へ向かって歩きながら、ユキナは言った。
「今日応募完了の文字見て、やっと終わった……って感じだよ」
「燃え尽きた?」
「うん。なんかもう、変な緊張した」
「クリックするだけなのに?」
「そう。クリックするだけなのに」
言いながら、二人で笑う。
そのまま二人は人混みに流されるように歩いていたが、途中で和人がふと立ち止まった。
「ユキナ」
「ん?」
呼びかけに立ち止まったユキナの腕を、和人が自然に引き寄せ、自分の体で守るように肩を抱いた。
直後、大きなキャリーケースが、かなりギリギリの距離を横切っていった。
ユキナの心臓が遅れて跳ねる。ぶつかりそうになったせいなのか、急に近づいた体温のせいなのか、自分でもよくわからなかった。
「あぶな……」
ユキナが言うと、和人は苦笑する。
「駅ってたまに凶器みたいな引き方する人いるから」
「今の止めてくれなきゃ絶対ぶつかってた。ありがとう」
「怪我なくてよかった」
和人は大袈裟に騒ぐでもなく、そのまま自然に身を離し、歩き出した。
レストラン街を並んで歩いた。一通りのお店を見たところで、和人は言った。
「ユキナの食べたいもの、当てる」
「えー? わかるかな」
「パエリア」
「え、なんでわかったの?」
「わかるよ。あのスペイン料理屋の前通った時、ショーケースのパエリア見て幸せそうな顔してた」
「……見てるね」
「そりゃね」
平然と、当たり前みたいに返される。
ユキナが見惚れたその南欧風料理屋に入り、彼女は迷わずパエリアを頼む。
運ばれてきたアヒージョを食べながら、和人は言った。
「ユキナ、あれ以外にも綺麗に撮れてる写真結構あったろ。ガラス工房のとか」
「あ、うん。自分でも結構上手く撮れてるなって思うの、いくつかあったかも」
「でもユキナが選んだのが、見せるための整った写真じゃなくて、なんか嬉しかった」
「嬉しかった?」
「最初は、たぶんコンテストの正解探して撮ってたろ」
「……え」
「いや、それでいいんだよ。最初なんだから」
「和人、それも当てちゃうのか」
「わかりやすいよ、ユキナは」
思わず笑う和人に、ユキナは眉を寄せる。
「そんな感じ出てた?」
「出てた」
彼の即答に、ユキナは急に恥ずかしくなって、体を丸めた。
「でも、今日あの作品選んだ時の顔見て、もう迷ってないのがわかったからさ。俺も嬉しくなった」
ユキナは胸の奥がじわっと熱くなるのを感じながら、小さく笑う。
「……和人って、そういうとこずるい」
「なにが」
「なんか、なんていうか。ちゃんと見つけるから」
和人は一瞬だけ黙って、それから普通の顔で言った。
「見つけたいと思って見てるからね」
「……だからそういうのもずるいって」
ユキナは手のひらで顔を仰いだ。
「ユキナ今、あの写真の夕焼けくらい顔真っ赤だよ」
「もー、そんなわけないじゃん」
呆れたように返す彼女を見て、和人は楽しそうに笑う。
こういう何気ない瞬間を、たぶん、これから何度も撮りたくなるんだろう、と思った。




