表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/177

ういうい、職業体験なのだ。

 前回、行く末に迷いが生じた円。

ういうい、円なのだ。


 今、私は目標を失いかけていた。


「う~ん、う~ん、私は姉御に追いつきたくて、う~ん」


 ここは執行局の最下層、つまりレンレンの部屋。


 私がうんうんと唸っていると、それを見かねたレンレンが声をかけてきた。


「あぁー、この所の円さんは、うんうんうんうん五月蝿いですねぇ」


「う~ん、だけど、私は、姉御の、う~ん、背中を、う~ん」


「だから、うんうん五月蝿いって言ってるんです」


「でも、しかし、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~ん、う~んたらう~ん」


「ごらぁぁ! ここぞとばかりに何回言ってるんですかっ! さてはわざとやってますねっ!」


 レンレンの声もさすがに大きくなったの、だ。


「まったくっ・・・・・・どうせ、先日の件で目標を失いかけてるんでしょう、そんな事かと思って、色々用意しておきました」


ここで、レンレンが私に一枚のメモを手渡した。


「これは、なんなの、だ?」


 メモを開くと、そこには住所ならなんやらが書かれていた。


「そもそも、円さんの今の職業はなんです?」


 レンレンが唐突にそんな質問をする。

 なにを今更なの、だ。


「殺人鬼、だ」


「ふむふむ、なるほど・・・・・・」


 レンレンが深く頷く。

 私はまだ姉御のレベルまではいかないにしてもレベルブレイカーでレコード持ちだからそこそこのランクだと自覚してるの、だ。


「殺人鬼という職業はないっ!!」


 ないっ!


  ないっ!


   ないっ!


私の脳内に突き刺さる言葉のエコー。


「え、ないの? じゃあ、私は一体!?」


「貴方は、私付きのエージェント的な扱いです」


 そうだったのか。


「つまり、この先もそうです。今の自分に疑問を抱いてるなら、他の世界も色々見といた方がいいでしょう」


 たしかに、私は捕まる前は人殺しで、捕まってからはずっとレンレンの下で働いていたのだ。


「てわけで、話はつけておきましたから、メモの所にいって、色々経験してみてください」


 そうか、私にはもっと向いた事があるかもしれない、のだ。


 それが分かれば今の状態から抜け出せる糸口が見つかるかもしれない。




 そんなこんなで、まず最初の仕事場に来たのだ。


「おー、なんだい、研修生が来るって、まさかの切り裂きだったのか」


 私を見るなりそう言ったのは、おかっぱ頭、目の周りが真っ黒の女、目黒。


その実、殺人鬼連合のエースの一人、殺人鬼眼球アルバム。


 こいつは、正体を隠してここでバイトしてるのだ。


「レンレンの紹介なの、だ。オババはどこなの、だ?」


「店長は地下にいるよ、でも別に会わなくていい、お前の事は私が一任されてる、とりあえず、レジやってみようか」


 ここは、表向きは雑貨屋。そして、地下が拷問士専用の道具屋だ。


 ファンシーな雑貨を主に、日常品、食料品など結構幅広く取り扱っていた。


 一通りの説明を聞いて、レジ打ちを始めたのだ。


「しゃーらせー、こちらは袋にお入れするのか、ですか?」


 立ちっぱなしは大変で、客が来ない時は手持ち無沙汰だが、接客自体は簡単なのだ。


「しゃーらせー、こちら袋を別にしますか、なのだ、ですか?」


 何人か目の客でそれは起こった。


「あ~? んなの聞かなくてもわかんだろっ!」

「ホントだよ、なんだ、この店員馬鹿なんじゃね?」


 腕には派手なタトゥーが入った金髪の男、同じくタトゥーを入れたオールバックの男。


「それは、申し訳なかった、のだ、です」


 少々、いらっとしたがここは我慢なのだ。


「おいおい、なんだそのとりあえず謝りましたって態度は、あぁ?」

「こりゃ、土下座だな、そんでお詫びも貰わんと収まらねーぞ」


 こちらが下手に出ると、男達はどんどん調子に乗ってきたのだ。


「おい、土下座して謝れや、そんでこの商品、タダな」

「しつけが悪いな、おぉ、店長呼べや、一緒に謝らせねぇと」


 かなり、イライラしてきたのだ。


「おらぁっ! 早くしろっ!」

「店長呼んでこいっ!」


 男達は私を怒鳴りつける。


 私も、そろそろ限界なのだ。

 だけど、これは研修で、オババの店に迷惑は・・・・・・。


 ここで、影から見守っていた目玉と目があった。


 神妙な面持ちでこちらを見ている。


 ここは我慢だ、と言ってるように。


 いや、あれ?


 目玉のやつ、めっちゃ頷いてるぞ。


 あれ、これいいって事か?


 もう一度、しっかり見る。


 目玉は、口ぱくでこう言っていたのだ。


(ぶっ殺せ)


 私はそれに答えるように、小さく首を縦に振ると。


 

 相手の腕を掴む。


 そして。


「な、なんだ、おま、うぎゃああああああああああああああ」


 まず、金髪をこちらに引き寄せ、目を狙って一撃。

 髪を掴んで、レジに足をかけ、そちらに飛び出した。

 その際、顔面に膝をめり込ませる。

 

 倒れる金髪、私は客側に着地、それと同時に金髪の顔面を思い切り蹴飛ばした。

 曲がる鼻、折れる歯。


「お、おまえ、なにして・・・・・・」


 オールバックはたじろぐが。


 こちらもさっと腕を掴む、こちらに吸い寄せ。

 後は、全体重を肘にかけて倒れ込んだ。


「あがあああああああああああああああああああ」


 小気味よい音、そして感触。


 同様に地ベタに倒れた男、それをサーカーボールのように全力で蹴り上げた。


「ああがああ」「ひひゃああ」


 男達は蛆虫のようにウネウネ転がる。


「よくやったっ!」


 それを見ていた目玉が拍手をする。


「なんだい、なんだい、なんの騒ぎだいっ!」


 騒ぎを聞きつけたのだろう、地下からオババがやってきた。


「これは、一体っ!? お前はたしか蓮華の紹介の・・・・・・まさかお前、お客さまに手を出したのかいっ!?」


「いやオババ、これには理由があるの、だ」


 私はこの男達の横暴な振る舞いを説明。

 オババはそれを黙って聞いてくれたのだ。


「そうかい、そりゃ、そっちが悪いわな。よくやったわさ」


 オババも頷きながら小さく手を叩いた。

 

「だが、お前は首」


 うんうん、私はよくやったのだ。悪くないのだ。

ん? 首?


「え、なんで、首って、今よくやったって・・・・・・」


「私の心情的にはよくやったと褒めたい、だけど社会的に暴力は駄目、だからお前は首」


「そ、そんなぁ、だって、目玉も・・・・・・」


 ここで目玉を見るが。


「それが社会さ。理不尽な事ばっかり、それを我慢してやらなきゃならない」


 軽く、私の肩を叩いた。



 こうして、私は午前中でここを首になった。



 次に向かったのは。


「よう、円、話は聞いてるよ」


 蛇師匠の所だった。


「今日はよろしく、なのだ、蛇師匠」


 今度は殺し屋をやってみるのだ。

正直、これも職業なのか微妙だ。


「円は能力的には問題ない、それは私が保証するとして、後は資質があるかどうかだ」


「大丈夫なの、だ。私は殺すのが得意、だ」


 こうして、私は殺し屋研修をすることになったのだ。


 数時間後。


「お前、向いてない。首」


「えー、なんでなのだっ! まだ誰も殺してないの、だっ!」


 ターゲットを尾行中だったのだ。


「この仕事はミスは許されない。ターゲットの事をとことん調べてから実行する。ターゲットの動向、いつどんな時になにをするか、してるか、何週間も何ヶ月も調べてからだ。それをお前は・・・・・・」


「いや、ちょっと、ソシャゲで遠征が・・・・・・」


 少し目を離したらターゲットを見失ったのだ。


「駄目だ、お前は限定的にとんでもない集中力を見せるが、普段は注意散漫だ、この仕事はつねに気を張ってないといけない、だからお前は向いてない」


 こうして、私は夕方になる前に首になったのだ。



 そして、最後の研修先。


「こんにちは、リョナ子さんから話は聞いてますよ、今日はよろしくお願いします」


 私の前であいさつするのは、前に少しだけ一緒に生活したことがある拷問士のましろだ。

 本当はちゃんリョナさんが対応する予定だったのだが、なんかかなり忙しいらしい。


「久しぶりなの、だ。しかし、お前・・・・・・」


「はい?」


 以前とは別人なのだ。あの頃の脆弱な部分がまるで無い。


 どれ、少し試してみるの、だ。


「いい感じに育ったのだ、これは殺しがいがあるの・・・・・・だっ!」


 私はテーブルにあったメスをさっと抜き取り。


 殺気全開で、ましろの首元へ切り込んだ。


 メスは首の皮一枚という所でピタリと止めた。


 あの時のこいつなら、膝を折ってへたり込み、お漏らししてる。

 だが、今は。


「うん? どうしました、なにかの冗談ですか?」


 眉一つ動かさないで微笑んでいるのだ。


「うくく、ましろ、お前、ここまで相当闇の中を藻掻いてきた、か。とてもいい顔なの、だ」


「よく分かりませんがありがとうございます」


 これなら色々勉強になるだろう。


「では、まず、書類の確認です」


「うむ、罪状は横領罪でレベル4。これ、殺していいのか?」


「いけませんっ! 私が見てますから指示通りに執行してください」


「ういうい、任せろっ」


 要は、人を罪の重さの分、痛めつければいいのだ。


 吊される罪人、私はそいつの前に立った。

 

「うう、許してくれ、ほんの出来心だったんだ。借金が多くて、生活が・・・・・・」


「お黙りなさい。どんな理由があるにしろ犯罪は犯罪です。裁判も終わっていますし、貴方が何をいようが執行内容は変わりませんっ」


 おう、ましろがそれっぽいのだ。あんなウサギみたいだった奴が今は凜としている。


「じゃあ、まずは顔に数発。歯を折らない程度で。その後、腕の骨を折りましょう」


「ういうい、了解なの、だっ」


 私は、ましろに言われたように、警棒を取り出し。


 そして、それを男の顔目掛けて全力で振り抜いた。   

 

「あぎゃあああああああああああああああああああああああ」


 歯が数本砕け、口から大量の血が吐き出される。


「ちょっと、円さん、やり過ぎですっ!」


「おう・・・・・・つい、力を込めてしまったの、だ。なかなか手加減が難しい」


「本当は数発やる予定でしたが、これでもうできません。なので、腕ではなく指を折ることにしましょう」


「分かったの、だ」


「ああぁあ、やめてくれ・・・・・・」


 口から血を流して、こちらを見る罪人。

 私に懇願するような哀れな表情。

 

 あぁ、なんていい顔なの、だ。


 指を掴む。


「ほら、行くぞ、歯を食いしばるの、だ。うくく、そういや歯はさっき無くなったか」


 その指を関節とは逆に。


 一気に力を解放する。


「びふぁああああああああああああああああああ」


 いいぞ、いいぞ。なかなかいい声なの、だ。


「そら、もう一本っ!」


 隣の指に移る。


「あ、円さん、一本でいいんですよっ!」


 ましろが何か言ったが、私の耳にはもう入らない。


 入るのは。


「ぎゃあああああああああああああああああああああ」


 男の悲鳴のみ。


「うくく、いいぞ、もっと、痛がれ、もっと苦しめ」


 次は、中指。


 掴んだ。


 また同じように。


 ここで。


 部屋の空気が凍りつく。


「円さん、やめなさい」


 静寂の中、その声だけがすっと耳を通り過ぎる。


 はっとし、声の方に顔を向ける。  


「・・・・・・いやはや、拷問士というのは・・・・・・」


 無表情でこちらを見つめるましろ。


 自然に手が止まる。


「悪かったのだ。やはり、私には拷問士は向いてないらしい」


 手加減も、中断も、なにもかも制御不能。

 私にはスイッチがあって。


 それは拷問士とはまた別物だった。



トボトボと家路(レンレンの所)に戻る。


 う~ん、う~ん、私はなにをやっても駄目なのだ。

 これじゃ姉御どころか人として・・・・・・。


 そんな時、レンレンから連絡が入った。


「円さん、今大丈夫ですか? いや大丈夫ですね、実は、その付近で車が暴走しておりますっ! どうやら運転してるのは麻薬中毒者みたいなので、なんとか止めてくださいっ!」


「まぢか、なら車両の情報を送るの、だ」


 レンレンは私の居場所は分かっている。連絡したからにはこの近く。

 

 でも、今は肝心の車がない、のだ。


 周囲を伺う。

 何台か路駐したあるが。


「あれが良さそうなの、だ」


 青のスポーツカーに目をつける。


「おい、降りるのだっ! ちょっと借りるのだっ!」


「え、ちょっと、なんですか、え、おい」


 路肩に止めてあった車、中に乗っていた男にナイフを突きつけ無理矢理降ろさせる。


「ドロボーっ!」


 やむを得ない事情なのだ。ちゃんと後で返すのだ。


 レンレンから送られてくる情報を元に暴走車を追跡する。


「ほう、この車、さすがに私の車よりパワーはないが・・・・・・中々のレスポンスなの、だっ!」


 たしか86、いや青だからBRZか。

 ノーマルだがよく曲がるし、とても扱いやすい。


 勿論法定速度などガン無視で車両を追い詰める。


「見つけたのだっ!」


 相手は赤信号だろうがお構いなし、だが、それはこっちも同じ。


 隙間をすり抜けるように、抜群のコントロールで追いかける。


 相手も追われていると気づき、どんどんスピードをあげる。


「これは、次のカーブでコントロールを失うの、だ」


 アクセル全開、なんとか追い抜いて。


 案の定グリップを失い回転する暴走車。


 突っこんだ先には人混みが。


 そこに間髪入れず、私の車を横からぶつけ軌道を変えた。


 凄まじい音と衝撃。開いたエアバックから逃げるように外へ。


 通行人は無事か。


 何人かへたり込んでいるが、外傷はない、なんとかなったのだ。


「うううう、殺す、殺す、ううううう」


 頭から血を流す男が暴走車の中から出てきた。

 手にはきらりと光る刃物が。


 涎を垂れ流し、目の焦点があってない。


「やれやれ、あれは下手に手加減したら止められないの、だ」


 私はナイフを握って、男へと向かっていった。



 一段落して、私はレンレンの元へと帰った。

 車は修理の後、アルミ、マフラー、エアサスをつけてちゃんと返す予定だ。


「・・・・・・結局ここに戻ってきたの、だ」


 レンレンはただお疲れ様でしたとだけ言った。


「レンレン、私はどうすればいい? なにを目指せばいいの、だ?」


 私が不安げにレンレンに問いかけると。レンレンは小さく息を漏らした。


「憧れは憧れです。別に追いついたり、追い越す必要ないんじゃないですか? 相手がどんどん離れていこうが、貴方自身は一歩ずつ確実に進んでいるのですから。貴方は今まで通り、ドールコレクターの背中を追えば良いのですよ。私はそうしてます」


 あぁ、そうなのか。

 私は姉御に憧れて。

 それは自分より高く、そして遠いからこその憧れで。


 追いつくなんて考えがそもそも無謀で、なら近づけるようにただひたすら自分を高める。

 

「よく分かったのだ。どちらにせよ私に他の職業は向いてないみたい、だ」


 世の中、他にも色々種類はあるが、それを全て試すのは不可能。

 それなら、今やっていること、やれることを全力で突き進むのも、また一つの正解かもしれない。


「私はやはり殺人鬼という職業が一番合ってるみたい、だ」


 そう思うとなんだか心は穏やかで。

 レンレンも心なしか、表情が柔らかい。


「何はともあれ一件落着ですね。それはそうと一つ言わせてください」

 

 そういうと、顔は微笑んでいるのに眉だけがどんどん上がっていく。


 そして口が大きく開いた。


「だから殺人鬼なんて職業はないっ!」


 ないっ!

 

  ないっ!


   ないっ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ