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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
本編後のおまけ~その後の話~
76/76

蛇足な話~婚約における騒動~

本気で忘れてた婚約騒動です。

ちょっとR15風味というか、二人が致しちゃってる感じです。R指定入るが悩みましたが、『子供いる時点でやっちゃってるってことじゃん!』という極論に至りましたので全年齢対象ですお願いします。


実は前の話を投稿した数日後には八割がた出来てたのに放置し続けて、思い出して完成させたのに推敲が面倒で放置して、さらに推敲後もだるくて放置し続けた、もうカビてる話です。なんかすみません。


これで終わりです!本当にありがとうございました!

 約一年前のことだ。


 「しつっこいわね!じゃあ、お父様とお母様に認められて、お祖父様とエリオンに仕事認められて、ウィルに体力面認められて、お兄様から了承を得たら考えてもいいわ!」


 結婚しよう、婚約しよう、といつものようにアプローチしていたら、セリアが面倒になってそう言い出した。急ぎで済ませなければいけない課題をやっているところに、後ろから抱きしめてちょっかいだして妨害して『婚約するなら離す』と言っただけなのに、短気なやつだ。ちなみにその後は、課題が終わってから「あなたね、邪魔するなら来ないで頂戴!」「来ることは知らせていたし、わざわざ遠くから来たのに無視はないだろう!」「TPO考えなさい!急に言われて時間がなかったのよ!」「それはお前の都合だろう!俺が知るか!」「なんですって!?」と喧嘩になり、まあいつも通りだった。


 そんなノリと勢いだけの会話の中の言葉でも、条件を付けて来た言質はとれたので、約一年間頑張った。



 セリアの父母は、幼いころからなんだかんだで喧嘩相手として一緒にいたからか、「セリアが良いと言うのなら」と比較的簡単に認めてくれた。ただし、セリアが嫌がれば絶対に認めないとも言われた。

 宰相は「孫を婚約する分には口出ししない。が、仕事面というのならまだまだ若い」と、エリオンは「ねーちゃんを国に縛り付けよう計画が進むから婚約は大賛成。むしろさっさと結婚して国に戻せ。でも、仕事面なら、…まあまだ甘いなー」と言われた。『若造』から『出来る新人』になるまで苦労した。

 セリアの手下、ウィルには、率直に稽古を頼んだ。今までなんだかんだで見ていたが、到底本職には敵わないと思ったからだ。セリアがいなくなり、喧嘩を吹っ掛ける相手も緊張感もなくなっている。あいつの隣に立てるぐらいにして欲しい、と頼んで稽古つけてもらった。



 「それ、断り文句だよね?」


 そして最大の難関が、フランツだった。

 応援してくれていたし、簡単にまとまるかと思ったが、そんなことなかった。

 フランツもフランツで、妹馬鹿だった。


 「あ、勘違いしないでよ?俺はジオルクのことが嫌いなわけじゃないんだ。昔から一緒にいて、ジオルクが優秀で、楽しくて、良い友達なのは知ってるよ。でもね―――セリアを泣かせるような男に、セリアは任せられない」


 泣かせたいとは常々言っているが、実際泣かせたこともあるが、それは大半以上がセリアの嘘泣きかベッドの上のことだ。本気で泣かせたことなんて…。


 「ああ、訂正するね?…セリアは誇り高いから泣かないけど、泣かないからこそ、傷つけたくないんだ。泣いて俺とかお父様とかに頼るなら、まあ良くはないけど報復出来るから我慢できても、泣かないから。悲しくっても泣きついてくれないから、なおさら傷つけられないで欲しいんだ」

 「………」


 泣かせはしなかったが、故意に傷つけたことはある。それはからかいの延長だったり気分でだが、たまにクリティカルヒットして、関係を断ち切られるか土下座して泣かないでくださいと頼むぐらいに傷つけもした。

 泣かないから、ついつい調子に乗ってボーダーラインを越えてみて、傷つけた。


 「比べたくはないけど、レイヴァンは良かったんだ。セリアの言うことに素直だったし、天真爛漫で好きな人を傷つけようとはしないから。スカイも、一見好色だけど一途だし、あんな性格して男前だからね。何が何でも守り抜いてくれると思うよ。エリオン殿下もウィルさんも、取引相手には相応の態度をとるし、なんだかんだ言ってセリアのこと心配したり大事にしてくれてるよね。だから、そういう人になら、ああセリアを守ってくれるんだなって任せられるけど、―――ジオルクは、違うよね?」


 暇だったから、嫌がるセリアを無理やり手籠めにしてみたり、

 自分だけが好きな状況に疲れて別れを切り出してみたり、

 からかわれるのが不愉快であいつの家や体目当てだと吹聴してみたり、

 ……過去の行いが思い浮かんで何も言えない。

 全て後からさらにひどい報復を受けたが、トータルでみれば俺の負け戦ばかりだが、確かに傷つけている。しかも意図的に。


 「意地っ張りで見栄っ張りで、自然と人の上に立ってるんだよね、セリアって。本当はそんなことしなくていいのに、人の上に立って支配して、気配りして、丸く収めようとして、貧乏くじだって引いちゃう。いきなり王太子の婚約者になってまで国政を改善させようとしたり、婚約者から降りて普通の貴族の娘になったのに、まだ政治とかに携わったり、支配者は配り支える者って書くけど、まさにそれだよね。セリアは、奉仕的すぎるよ」


 だから俺は、セリアには守られて、大事にされて欲しいんだ、とフランツが微笑む。


 「エリオン殿下には悪いけど、セリアは駒じゃないんだ。ただの女の子だよ。俺の可愛い、妹だよ。苦労することが目に見えてる相手に嫁がせたくないし、義務でもないのに国政に巻き込ませたくない。セリアが自分から飛び込む分には何も言わないけど、兄としては、幸せになってもらいたいんだ。セリアの心情無視して、優秀だからってだけで歯車にしたり、好んで傷つけるような人には、セリアは任せられないかな?」


 これは今のままでは揺らがない、とはっきりわかった。

 フランツは妥協する気がない。まずセリアを落とさないと、絶対に認めない。

 そう悟り、その日から意図的に泣かせようとしていたのをやめた。平時のセリアとフランツならフランツのほうがまだ話を聞いてくれるが、決意を固めたフランツとセリアなら、セリアのほうが落とせる。フランツは何を言っても無駄だが、セリアは気まぐれや情で妥協してくれもするからだ。



 「セリア、最近はどう?ジオルクと仲良くやってる?」

 「別に普通よ。いつも通り喧嘩してるわ」

 「セリアが嫌なら、俺から言っとくよ?ちょっとしつこいよって」

 「お兄様、私の心配してくださってるの…!?やだっ、ジオルク、ちょっと暴言吐いてよ!お兄様に甘えるチャンスなのよ!」

 「…そう言って、暴言を吐いたら後で殴るんだろうが」

 「死なない程度にしてあげてるじゃない。…もうっ、せっかくのチャンスなのに!」

 「うんうん、それで、セリアはジオルクにひどいこと言われてるの?」

 「ええっ!すっごく!もう傷ついてるの!あのね、この前なんて、勝手に私のクッキー食べたのよ!あれ、向こうの学校の人から賄賂としてやつだったのに!別の子のところに横流しして賄賂って気づいてるってアピールしようと思ってたのに!」

 「何気なく置いてあったからだ。悪かったと謝っただろうが。腹が減ってたんだ」

 「食べる前に言いなさいよ。あれ、甘かったでしょう?言えばおにぎりなりグリッシーニなり作ったのに」

 「…ぐりっしーに?セリア、それってどんなの?」

 「スティック状にした固いパンって感じのおつまみですわ、お兄様。今度作りましょうか?」

 「わあ、ありがとうセリア。セリアの作ってくれたものは美味しいから、今から楽しみだよ」

 「っお兄様…!」

 「…料理が出来るからっていい気になるなよ。フランツ、俺も…えっと…今度辛いもの持ってくる!」

 「うん、ありがとうジオルク。ジオルクは美味しいもの見つけるのが上手だからねえ」

 「フランツ…!」

 「っちょっと!私のお兄様に色目を使わないでくれる!?」

 「お前に言われる筋合いはない!…なら、お前に色目を使うのはどうだ?」

 「お兄様に言い寄られるぐらいなら喜んで我慢するわ。さあ、どこからでもかかってきなさい」

 「…そういわれるほど、嫌な思いをさせていたか俺は…」

 「だってあなた、最近急に悪口が減って、代わりにゲロ甘になったじゃない。砂吐くわよってぐらいべたべたしてきて、気持ち悪いったらないわ。新手の嫌がらせ?やめてよ、そんなことされたらひたすら罵倒する私一人が悪いみたいに見えるじゃない」

 「いや、見えるじゃなくて、お前が悪いんだ」

 「五月蠅いわ。…ねえお兄様、ジオルクがいじめるの…」

 「んー、優しくされてるのかな?セリアは一緒にいるの、嫌じゃない?」

 「嫌ならここまで一緒にいませんわ。ジオルクが私の性格が悪いことをわかっているように、私だってジオルクがサド野郎なことは知ってますもの」

 「ジオルクはそこが好きとか言ってる物好きだろ?セリアはジオルクにいじめられるのが好きなの?」

 「いじめてくるのを叩き潰すのが好きです」

 「…そうだよな。調子に乗った俺を、正当な報復だって面して、やられた以上に粉砕してくるもんな…」

 「でも、いじめられはするんだろ?嫌なら言っとくけど、本当に大丈夫?」

 「お兄様に心配してもらってる…!ええっ、大丈夫ですわ!最近は本気で絶縁しようと思うような暴言は吐かれませんし、むしろ喧嘩しなすぎて気持ち悪いぐらいです!」

 「そっか。なら、いいんだ」


 フランツはセリアの頭を撫で、俺にも微笑んでくれた。

 やっと、最大の難関が認めてくれた。


 そうこうして条件を満たし、ようやくセリアに求婚した。


 「セリア、結婚してくれ」

 「…最近言わないから、諦めたとばかり思ってたわ」

 「お前が出してきた条件を満たすように努力していたんだ。婚約だけでもしてくれ」

 「……条件?」


 まるっと忘れていたセリアに青筋立てながら、なんとか抑え込んで事情説明をした。言っておいて忘れたのか、言質はある、観念しろ、と。


 「…言い方が嫌。だから断るわ」


 結果、その一言で却下された。


 「おい」

 「考えるって言ったんでしょう?考えた結果、お断りよ。文句あるの?」

 「ないと思ったか?…婚約で良いと言っているだろう。結婚じゃなくて、婚約だ。レイヴァンともしていたし、そのぐらい良いだろう」

 「王太子様は双方に利がある提案だったもの。でも、あなたとの婚約で私が何を得られるの?何も得られないじゃない。何も得るものがないのに婚約するほど、あなたに絆されてるわけじゃないわ」


 その言い方に、いらっとした。


 「…じゃあ、利益を得られる相手がいれば、そいつと結婚するということか?」

 「貴族だもの。家長がしろと言うならそれに従うまでだわ。幸いなことに、私の自慢の家族たちは、私が意に沿わない相手に嫁ぐのを良しとしないでくれてるけれど」


 貴族としての務めを果たす気はあるが、好きでもないやつに嫁がされることはまずなく、ついでに遠まわしに今のところ他のやつと結婚する気はないと言ってきた。

 しかし俺と結婚してくれるほど俺のことが好きなわけでもない、と。

 なるほど。


 「孕ませるから来い」

 「以後、あなたと閨をともにしないわ」


 セリアとにらみ合い、どちらからともなく武器を構える。

 俺は現在の愛剣を抜き、セリアはやや大きめの扇子を取り出した。


 「いいから黙って婚約しろ」

 「そんな言い方で女口説けると思ってるの?甲斐性なしのヘタレ男」

 「黙れビッチ」

 「五月蠅いわ早漏」


 その後やりあい、途中でウィルに止められた。




 しかしよくよく頭を冷やすと、やはり頭に血が昇っていた。あいつを相手に冷静を欠いて、上手くいくはずがない。不本意だが、あいつを優位に立たせておだてて頼み込むしかないだろう。なんだかんだであいつも満更でもないんだし、根気よくやればいいだろう。

 そう思っていたのが間違いだった。


 「で?ジオルクに協力した裏切り者はだぁれ?」


 あいつは、セリア・ネーヴィアだった。

 真っ先に味方切りから入る、ぼっち予備軍女だった。




            ***




 「セリア、まずは落ち着いてね?」

 「お兄様もジオルクに協力したの?」

 「セリアが、ジオルクに、『家族の了解とって仕事が出来るようになって心身も鍛えたら婚約について考える』って言ったんだよね?」

 「言ったらしいけれど、関係あるの?」

 「あるよ。だからジオルクは周りの了承をもらおうとこの一年頑張ってたんだよ。俺たちも、セリアとジオルクは仲良いし、ちゃんと幸せにするんならって応援したんだよ。わかる?」

 「私がジオルクに好意を抱いていることが前提の話で、だから私が嫌がるなら別ってことね?だから敵じゃないってことね?」

 「そう。仕事が出来るってのも心身を鍛えてるってのも、それは単なる事実だろ?その努力もセリアは無視するの?セリアが嫌がるからって私情を仕事にまで持ち込めって言うの?」

 「私が仮にジオルクとの婚姻が嫌でも、仕事とそれは別物で、結果的にその条件をクリアするために協力したことになっても、咎められる理由はないって?」

 「違う?」

 「…じゃあ私がジオルクと婚約なんて嫌だって言ったら、どうするの?」

 「お父様たちは、最初からセリアが嫌がれば反対するって言ってあるらしいよ。俺も、セリアが本当に嫌なら、それを尊重するよ」

 「…なんか、含みのある言い方ね…?」

 「セリアが意地張ってるだけなら、本当は嫌じゃないのに売り言葉に買い言葉で嫌がってるだけなら、ジオルクの応援をするよ。…セリアは本当に嫌なの?」

 「……お兄様…」


 セリアはじっと兄を見つめ、


 「嫌とか嫌じゃないとかじゃなくて、矜持の問題なのよ。あんな最低男に負けたら女が廃るわ」


 言い切った。

 だめだこいつは。せっかく落ち着けようとフランツを召喚したのに、やはりどこまでもセリアだった。

 味方切りこそやめてくれたが、それだけだった。どこまでセリア・ネーヴィアなんだか。いい加減にして欲しい。



 やられたらやり返す。

 というわけで、こっちのターンだ。

 辛苦を嘗めさせてやる…!


 「っちょっとジオルクどういうことよ!」

 「何がだ?」

 「あなた、私があなたに手籠めにされたって散々言いふらしたらしいじゃないの!どういうつもりよ!」

 「俺は事実しか言っていないが、何か問題でも?俺は人に言われて困るような行いはしていないからな」

 「…ああそう」


 セリアが憎悪に満ちた目で睨んでくるのを楽しんでいたら、翌日。


 「…おい、阿婆擦れ」

 「女性にそれはないんじゃなくて?どうかしたの?」

 「お前、情事について言いふらすのはないだろう!」

 「あらぁ?言われて困ることはしてないんじゃなかったかしらぁ?早漏でぇ、睦言吐きまくりでぇ、始終盛りっぱなしの変態でぇ、ぜーんぶ事実じゃない?勿論私もそういうことを他人に話すのはないと思うけれど、あなたは何を言われても大丈夫って言うんだもの。―――そうよね?」

 「くっ…このっ…!っ覚えてろよ!」

 「おーっほほほほ!負け犬の遠吠えが聞こえるわぁー!」




 「……ぶっ殺すわよ」

 「はぁ?急に殺すなど、どこの野蛮人だ?だからお前は友人もまともにできないんだろう。いい加減令嬢らしく落ち着いたらどうだ?」

 「殺すわ」

 「殺す殺すと過激なことを言って、実際には出来もしないのにな。虚勢は張らなくていいんだぞ?みーんな、お前がきゃんきゃん吠えているのを微笑ましく見ているだけだからな」

 「………」

 「っ…いきなり切りかかって、会話もできないのか?これだから野蛮人は…、っ!」

 「……エリオン、取ったわね?」

 「お前が切り捨てたんだ、捨てたものを拾っても問題はないだろう?」

 「っ捨てても私のものよ!エリオンが陛下に話通して陛下から直々に婚約勧められたわよ!何してんのよ!エリオンは反則でしょう!」

 「はあ?そんなルール、いつ決めたんだ?姉思いのエリオンはお姉ちゃんがいなくて寂しいんだと。酌んでやったらどうだ、お姉ちゃん?」

 「ええ、ええ、二度とそんなこと抜かさないように熱烈に愛情を伝えてきたところよ!姉の愛に潰されるといいわ!」

 「はっ、虚勢は良いと言っただろう?しばらく国外に出ていたお前が、エリオンに国内のことで勝てるか」

 「あら、虎の威を借るのはお上手ね。滑稽だこと。それはエリオンの手柄であって、あなたは何もできてないのに威張れるなんて。もう、羨ましいわ。自尊心が高い私は、とてもじゃないけれど他人の手柄で勝ち誇れないもの」

 「っ、…だから孤立するんだな、お前は。仲間の手柄を誇れない唯我独尊の自己中女」

 「お得意の口先が弱ってるわよ?仲間がいないのはあなたでしょう?エリオンは私のものだって忘れたの?それに、弟にお灸ひとつ据えられないようで姉やってられると思って?」

 「………」

 「陛下にはこう言ったわ、『実はエリオンのことが好きなんです』って」

 「っ!?」

 「今頃エリオンは事の収拾で大慌てよ!あーっはははっ!姉を嵌めようとした報いを受けるがいいわ!」

 「…いや、それが実現してもエリオン的にはいいんじゃないか?ついでにレイヴァンも蹴落とせるしお前は国に縛り付けられるし、願ってもないだろう」

 「………あ」

 「おい。おいセリア」

 「…そういえば、留学前に姉恋しさで求婚して来てたわね、あの子」

 「今すぐ、止めに行け。お前がだ。責任取って来い」

 「わ、私が?……ふっ、笑わせないでくれる?私は今まで、後始末という後始末は全部お兄様やお祖父様に押し付けて、まともにしたことないのよ!」

 「だからなんだ?威張ることでもないし、だからなんだ?」

 「……お祖父様に頼むわ…」

 「自分で行け。エリオン相手にそんなんで通じるか。本人が直接否定しろ。適当なことを言ったことを謝罪して来い。行け」

 「…私、別にエリオンと結婚しても良いし~?それに好きとは言ったけれど諦めるとも言ったし~?」

 「………」

 「……何よ、その目…」

 「………」

 「も、文句があるなら言いなさいよ!」

 「………」

 「…わ、わかったわよ…。自分で言えばいいんでしょう…?」

 「ああ」

 「今すぐエリオンにプロポーズして食って来るわ。あの子体力ないし、すぐばてて降参するでしょう。その時に後始末押し付けるわ」

 「フランツー!ちょっと来てくれー!セリアがなー!」

 「っさあ!陛下に火消し頼みに行こうかしらっ!」




 「せーりーあー…」

 「………うざっ」

 「お前が生涯独身宣言をするからだろうが!いつから!お前が!敬遠な神の子になった!?」

 「はいはい、汝怒ることなかれ。右の頬引っぱたかれたら左の頬を差し出しやがりなさい」

 「お前は一発で戦闘不能に追い込むだろう!生涯独身ってなんだ!」

 「地位も金も力もあるわ。それでなお、男にすがる必要がある?」

 「愛とか子供とかは!?」

 「結婚に幻想持ってる時点で、お子ちゃまよね。早くママンのところに帰っておっぱいしゃぶってねんねなさいな」

 「このくそアマがっ…!」




 「お兄様に告げ口した子、手ー挙ーっげて!」

 「俺だ」

 「その腕切り落としてあげるから出しなさい。…ていうかあなた、お兄様に言うしか能がないの?だから振られるんじゃない?」

 「………え?」

 「ん?」

 「俺は振られていたのか…?」

 「そこから!?」

 「求婚して断られるのはいつものことだろう?」

 「毎回振ってるのよ!」

 「そう、だったのか…」

 「迫真の演技ありがとう。拍手してあげるからさっさと退場なさい」

 「……悪い、今まで…」

 「シリアスモードうっざ」

 「気づかなくて…、これからは、ちゃんと諦めるから…」

 「へー。ストーカーしないでねー」

 「最後に、…セリア」

 「…何よ」

 「フランツに『お前は好きでもないやつと閨をともにする』と言いつけておいたからな☆」

 「ブチ犯すわよあなた!」




 「………なあ」

 「何?」

 「プレシアがごみを見るような目で見てくるんだが、お前か?」

 「ええ、私よ。事実しか吹き込んでないから安心してね」

 「そうだな、話してない事実があるだけで、事実ではあるからな」

 「そうね、酔ってたって言わなかっただけで、ただの変態になれちゃうものね。私が酔わせたって言わないだけで、可哀想な被害者になっちゃえるものね」

 「まだ根に持ってるのか…。だから、あれは悪かったと言っただろう!」

 「黙らっしゃい!自分の酒癖の悪さもわかってないひよっ子が吠えるんじゃないわよ!」

 「酒癖の悪さはお前も大概だろうが!ウィルにも手が負えないほどフィーバーするだろうが!」

 「自立二足歩行出来るだけマシじゃない!暑い暑いって往来で脱いで、さすがに止めてあげたら盛って、挙句に吐いて!酔ったら脱衣癖があるキス魔になるって自分で把握しておきなさいよ!」

 「もういらんと言うのに飲ませたのはお前だ!」

 「結局飲んだのはあなたよ!…ふふふ、その時のことをよーくプレシアに言っておいたわ。しばらく軽蔑されてなさい」

 「…あいつに軽蔑されるのは、結構あるからまあいいんだが…」

 「意外と兄妹喧嘩多いわよね、あなたたち」

 「男全般を生ごみでも見るような目で見るから、あいつの信者に睨まれている。社交で会った壮年の貴族にすら嫌味を言われたし、お前の後輩なんか殴り込みに来る勢いだった。なんてことをしてくれたんだ」

 「ざまぁーーーーー!!」

 「しかも俺が一番被害が軽いからなお恨まれている」

 「ぷぎゃーーーーー!!」

 「今やあいつに近づける男はフランツとカマ野郎のみ…。引っ込み思案なあいつが父に『近づかないでください汚らわしい』と腐った卵でも見るような目で吐き捨てて…」

 「それは良いことじゃない。あのプレシアが成長したのね…」

 「で、どうしてくれる。あいつ、意外とファンと保護者が多いだろう。宰相にまでいつプレシアの機嫌が直るのかって聞かれたぞ」

 「そうねえ…」

 「………」

 「ざ・ま・あ・み・ろっ」

 「殺す…!」




 「私の!美しい肌に!落書きしたのは誰よーー!」

 「俺だ」

 「殺すわよ!?殺すわよっ!?」

 「全然起きないから、実に楽しかった。ああ、太ももの文字も読んだか?」

 「っはあ!?」

 「内ももの後ろ側のほうに書いたやつ。読んでないな、その様子だと」

 「っ人が寝てる時にどこ見てるのよ変態!今度あなたの玉と棒に『粗品』と『粗末』と『短小』って書いてやるわ!」

 「男として傷つくからやめろ!本気でやめろ!というかそれはさすがに起きるだろう!?」

 「縄でベッドに縛り付けてあえて起こして目の前で書いてやるのよ!その後官能小説音読してあげるわ!粗相したらその回数だけ正の字書き込んで『おねしょしました』って反省文書かせてやるから!」

 「傷つくですまないことを考えるのはやめろ!自殺したくなるから!いろいろ失ったらいけないものを失うから!」

 「ふふふふ…ふははははっ!私の前に平伏すといいわ!」

 「おい!あと、お前そんなこと考えてたのか!?人のモノに対して!大体そんな知識どこで仕入れた!」

 「…え?」

 「誰のものと比べてそう言っているんだ?誰に教えられてそんなこと覚えたんだ?…浮気していたのか?」

 「っ違うわよ!浮気なんかしてないし、そもそも交際してないし、違うわ!」

 「交際していないから浮気ではないと…。つまり、他の男とも関係を持っていたんだな…?」

 「違うって言って―――っきゃ!?」

 「じゃあどこで知ったんだ!この阿婆擦れ女が…!」

 「ちが…っ違うって言ってるでしょう!」

 「…じゃああれは…?」

 「っただの煽り文句よ悪い!?あなた以外知らないわよ!」

 「………」

 「ちょっと、ねえ…わかったら退いてよ。ちょっと…、ジオルク…?」

 「………」

 「―――何かしようとしたら顔面陥没させるわよ」

 「ちっ…」

 「油断ならないわね…」




 「今日の料理が甘いもの尽くしだったんだが…」

 「あーら、ご愁傷様ねえ!おほほほほっ!」

 「お前が手ずから作ってくれたものだと仕方なく全て食べたが…」

 「お疲れ様じゃない。あなたのために甘さたっぷりで、残しもできないように味も美味しく仕上げたわ。勿論栄養にも気を使ったバランス食。言い訳できずに全部食べるはめになったんでしょう!」

 「ああ、だから別に不味くもなく、体調も良好だ。お前がそこまで俺のことを考えてくれたのかと思うと感動も一入だ」

 「………え?」

 「手料理ありがとう。ごちそうさま」

 「え!?」

 「ただ、エリオンとウィルにねちねち嫌味を言われて睨まれた。それでもお前の料理は死守したが、かなり絡まれて大変だった」

 「そうなの?…あ、いえ、それこそが狙いよ!まんまと引っかかったわね!」

 「俺も大概ノリで生きているが、お前はもっとだよな」

 「結果良ければ全て良し、よ。私は前向きなの」




 「っやだ可愛い!なにこれ可愛い!これ、あなたが…!?」

 「…ああ」

 「もらっていいの…?」

 「…貰ってくれるなら」

 「っありがとう!大事にするわね…!」

 「…そうか」

 「こんな可愛いのもらったの、初めて…、嬉しいっ…!」

 「…嫌がらせのつもりだったんだが、…お前にも、大きなぬいぐるみを可愛いと思う気持ちはあったんだな…」

 「なあに?邪魔って言うと思ったの?そんなこと言わないわよ。…うふふ、かーわいいっ。昔から大人びてたから、こんな子供じみた贈り物もらったことなかったわ。ふふふふ…」

 「…喜んでくれたのなら、まあそれはそれでいいが…、…それ、アオガエルのぬいぐるみだぞ…?」

 「だから何?可愛いじゃない!」

 「そう、か…」




 「っおい戦争が始まるって…!お前の留学先の隣国が宣戦布告して来た…!」

 「アラ大変ネー」

 「っお前の仕業か!」

 「言いがかりはよして頂戴。国外ならエリオンの影響力も弱いし、むしろ留学で近くにいた分有利とか、考えてないわよ。小国だからこそ牛耳って少数精鋭でガンガン攻めるなんて、ないもの」

 「クソ阿婆擦れがっ…!」




 「だからエリオンは卑怯だって言ったじゃない!何あの子何あの子何なのあの子!私の補給ルートとか貿易ルート潰してきたんだけど!兵糧の補給が出来ないんだけど!!」

 「ちなみに家長のフランツもエリオンについている。俺も無駄に多い親戚を使って徹底抗戦に持って行った。プレシアにも、『国土が荒らされるのは怖い、守って欲しい』とPRさせた」

 「国内で意見統一図ってんじゃないわよ!私は!人望がないのよ!」

 「知っている」

 「小国相手に本気すぎよバッカじゃないの!?」

 「何とでも。降参するなら交渉に乗るぞ」

 「だーれが屈するもんですか!私はセリア・ネーヴィア、死んでも勝つことを諦めない女よ!」

 「……だから、お前は人望がないんだよな…」




 「殺すぞ」

 「あら、どうかして?」

 「お前、この前の醜態は演技か…!留学先の友好国牛耳って、そこから配給してるだろう!いつの間に同盟結んだんだ!」

 「嫌だわ、友好国の物資を運んでいる馬車が盗賊に襲われただけよ?怖いわねえ」

 「白々しい…!そうやって横流ししているだけだろうが!」

 「言いがかりはやめて頂戴。そもそも私に当たるのも言いがかりよね?私の現住所がある友好国はあくまで『友好国』なんだし、馬鹿なことをした隣国とのかかわりはないわ。私だって、勿論知らないもの」

 「っ、覚えてろよ!」

 「うふふふふ…」




 「そういえば、正式に『友好国だから隣国の征伐に協力しろ』って通達が来たわね。エリオンの仕業?」

 「いいや、陛下だ。ついでにお前にも帰還命令が出ているだろう?戦争になるし、当然だな」

 「まあどうして?私がいるのは『友好国』よ?何も問題ないじゃない」

 「フランツが、可愛い妹が心配だと言ってな…」

 「くっ…!…そ、それしきで私は屈しないわよ…!」

 「お前なら心配いらないし、むしろ戦場で誰よりも誉を立てそうだと言ったんだが、それでも女の子だし心配だ、と…」

 「っお兄様だいしゅきぃ…!」




 「で?現在包囲中だから手を出すなと?」

 「ああ、そう言ったらしいわね。隣国として包囲するから、間違って自軍が斬られないよう、手出しはするなって通達したって。我が国の軍に手を出したら即時宣戦布告するって、大げさよねえ」

 「お前がやったんだろう?」

 「まあ、ただの留学生がそんなこと出来ると思って?エリオンもいない、起爆剤も歪みもあるあの国でなんて、せいぜい黒幕にしかなれないわよ」

 「やったんだな?」

 「ご想像にお任せするわ」

 「やったのか…」




 「戦況加速させたの、だーれだっ!」

 「俺だ」

 「何しくさってんのよ殺すわよ」

 「適当に煽っただけだろうが。小国相手にてこずりはしないだろうとか、ぐずぐずしていたらこっちが出張るとか、率先してきたんだから自信があるんだろうとか、ちょっと挑発しただけだ」

 「あなたって本当にサディストよね」

 「どこかの誰かのおかげで、煽り癖がついているんだ。恨むなら挑発に乗るような馬鹿なトップを恨め」

 「そうね、挑発に決闘で返せないような不甲斐ないトップを恨むわ。ってことで決闘よ」

 「お断る」




 「小国にほぼ無傷で勝ってそのまま統治って、事実上併合しただけじゃないか。エリオンキレてたぞ」

 「何のことかしら?ちゃんと紳士的に和睦協定結んだわよ?何か問題でもあって?」

 「すっとぼけるな。お前のとこに被害がない状態に持ち込みやがって…」

 「仕方ないわねー」




 「私、寝込みを襲う男は最低だと思うの」

 「っだから襲ってないと言ってるだろうが!お前が酔いつぶれたから寝所に連れて行ってやっただけだ!襲われたのは俺だ!」

 「何よ、私には魅力がないって!?」

 「っ言ってない!」

 「朝起きたら隣であなたが寝てるのよ!?びっくりするじゃない!そういうことがあったのかと思うじゃない!」

 「お前が俺をベッドに引き込んで組み敷いてきたんだ!」

 「抵抗しなさいよ男なら!」

 「据え膳どころか獲物のほうから食えと差し出してきたのに拒否する理由がどこにある!」

 「黙りなさい!…最悪…さいっあく…!」

 「…言っておくが、俺は被害者だからな。襲われたのは俺だからな」

 「抵抗しなかった時点で和姦よ。ていうか女に押し倒されて、あなたいつから雌になったの?あんあん言わされたかったの?」

 「お前に組み敷かれて敵うか。酔って感情表現が素直で、可愛かったんだ。普段は好意などほとんど見せないくせに嬉しそうに笑ってくれて、……抵抗なんて、出来るか…」

 「あー、はいはい。あれよね、たまには受け側から攻められたいってやつ。うざいわー。積極的なもの良いとか言いながら、結局形勢逆転して攻めるのが楽しいとか、攻めさせてるフリして苛めるのが好きとか、男って馬鹿らしいわー。気が強いのが良いって、そういうのを屈服させるのが好きなんでしょう?って話よ。どうあがいても自分のほうが優位に立つ前提なんだもの。バッカみたい」

 「ん、そうだな。俺もお前を屈服させたいと常々思っているからな。だが今日まで一度も勝てたことはないが、負け通しでもそれなりに楽しいぞ?お前のほうが優位な前提で、それでも俺だけに見せてくれる可愛さが、とても嬉しい」

 「……ふーん…」

 「むしろ、それはお前だろう。自分が絶対に優位な前提で、どうあがくかにやにや見下して、性格が悪すぎる。絶対に自分が負ける気はないよな、お前」

 「当たり前じゃない。なんで格下に負けるなんて思うの?」

 「性格が悪すぎる…」

 「自覚はあるわ。…なのに、昨晩は…」

 「何度でも主張する、俺は被害者だ」

 「わかってるわよ五月蠅いわね!ちゃんと思い出したって言ったでしょう!」

 「酔って壊れて面倒なお前の世話をして、あまりに無防備だからいろいろ思うところもあったが我慢して、非常に紳士的に寝所に寝かせてやったのに、お前が…」

 「わかってるって言ってるじゃない!」

 「…お前が俺をベッドに引き込んで組み敷いて、誘って散々煽って、…挙句に寝落ちしたんだからな」

 「っ悪かったわよ!」

 「その時の俺が気持ちがわかるか。好きな女にノリノリで迫られて、女のように組み敷かれて、それでも愛しいから受け入れたら寝られたんだぞ。いろいろ思ったが怒鳴らずに、目に悪いから寝所から逃げようと思ったら、抱き枕よろしく抱きしめられて、どれほど辛かったと思っているんだ。で、翌朝になれば問答無用で投げ飛ばされて殴られて『寝込みを襲うなんて最低』と軽蔑の目を向けられて、今すぐ土下座で謝って欲しいぐらいだ」

 「だって、…だってびっくりするじゃない!朝起きたらあなたがいて、密着してて、昨日のこと思い出せなくて、……こわい、じゃない…」

 「………」

 「あなたは、そんなことしないって信じ切ってた自分に、びっくりしたわ。そんなことしないって信じて無警戒だった自分にむかついて、自業自得で自己嫌悪して、…でもあなたに当たったのは、わるかった、わ…」

 「セリア…」

 「信じてたのにって、裏切られたみたいな気持ちになって、苛立って、悲しくて、…当たっちゃうぐらい、あなたのこと、信じてたのよ…」

 「……お前がそういう一筋縄でいく女でないことは、俺が一番知っているんだが、それでもあえて言わせてくれ、―――それが本当なら、全部チャラにするぐらい、嬉しい」

 「よっしゃ」

 「本当ならの話だ」

 「本当の話よ。三割ぐらいは」

 「三割?…お前にしては多いな。五分五厘ぐらいかと思った」

 「さすがにそこまで少なくもないわよ。端数だし四捨五入して一割にするわ」

 「三割ではなく二割五分の可能性もあるんだな…。で、残り七割は?」

 「二日酔いで気持ち悪かったから、八つ当たり」

 「謝罪を要求する」

 「嫌よ。本当ならチャラにするって言ったじゃない」

 「三割は四捨五入で切り捨てだろう」

 「じゃ、あなたも切り捨て御免ってね」

 「―――せめて酒で迷惑かけた分ぐらい、礼があってもいいと思うんだがな、セリア・ネーヴィア嬢」

 「………ありがとう、ごめんなさい」

 「よし」




 「っヴィオラをけしかけたのはお前か!」

 「違うわよ!なんであんな子を自陣に入れないといけないのよ!」

 「じゃあお前以外に誰があの馬鹿を動かせるんだ!」

 「お兄様!」

 「フランツがそんなことをするか!」

 「知らないわよ!大体ヴィオラなんて、ちょっと温泉旅行に行ったきりなんだから!」

 「っ俺とも行ったことがないのにか!?」

 「え、だってヴィオラが本物の温泉卵を食べたいって言うから…、じゃあ温泉行こうってなるわよね?」

 「なるか!それはいつの話だ!」

 「先々週」

 「つい最近だな!お前がけしかけたんだろう!」

 「っ違うったら違うわよ!…いいこと、私は馬鹿じゃないの。あの子は馬鹿なの。私には馬鹿の考えることはわからないの。だからこそ、面白くて気に入ってるの。わかる?」

 「…あの馬鹿の考えなど理解できないし、理解出来たら面白さが失せるから仲良くしない、と。だから完全に予想外だった、と」

 「ええ。…今度はあの子とドミノでもして遊びましょっと」

 「お前楽しんでるだろう。俺たちがどれだけあの馬鹿に引っ掻き回されているか知っていて、全力で楽しんでいるだろう」

 「お気に入りの玩具が来たんだもの。そりゃ楽しんで遊ぶわよ」

 「あれを気に入るお前が理解できない…」




 「ちょっと大人気ないんじゃないかしら?」

 「要求したのはエリオン、未成年だ」

 「宣戦布告されたのは自国だから責任者の首寄越せ、なんて…。…野蛮だわ」

 「お前には言われたくないだろうな」

 「あー、やだやだ。女の私には理解できないわね。なんでそんなに過激なのかしら。ごめんね、いいよ、で全部済ませたらいいじゃないの。みんな仲良しこよしでなれ合ったらいいじゃないの。悪人なんていなかったのよ…」

 「なあなあで終わらせることを誰よりも嫌うお前が言うな」

 「大体ね、私、戦争とかよくないと思うの。でも、だからってその報復でやり返していたら、いつまでたっても負の連鎖は終わらないでしょう?もういいじゃない。降参したんだから、戦争は終わったんだから、これ以上血を流さなくていいじゃない。悪いことをしたら謝れって言うなら、謝ったら許してくれるべきだわ」

 「謝罪をガン無視するお前が言うな。その誠意に付け込んで『謝ったってことは非を認めるってことね』と言質をとってさらに猛攻撃したこともあるお前が言うな」

 「もうやめましょう。同じ人間じゃない。争うことはないわ。それで何になるの?でっち上げられた代表者の首を切って、それで何になるって言うの?何にもなりゃしないわよ。ただお互いの溝が深まるだけよ。愚かなことだわ…」

 「身分が下のものを露骨に見下して、そいつらに負けることを決して認めないお前が言うな。突き通しても何にもならないどころか自分を縛るだけの無駄なプライドを誇っているお前が言うな。何か起これば味方切りから入る、新たに建設してでも積極的に溝を深めていくスタイルのお前が言うな」

 「考えたこと、ある?それで殺される人にも、親は、家族はいるのよ?戦争で戦う兵士だって、親がいて、伴侶がいて、子供がいる、普通の人間なのよ?私たちと何も変わらない、悪人でも何でもない、人間なのよ?彼らを切ってそれで満足?彼らを悪役にして、それで気は済んだ?ねえ、死んでいく敵のことを、…いいえ、犠牲になる味方のことを、考えたこと、ある…?」

 「自らの手で斬り捨てた敵のことも考えないお前が言うな。自分が切り捨てた、ついさっきまで味方だったやつにも躊躇しないお前が言うな」

 「争いはもうやめましょう。皆で手を繋いで、仲良くしましょう?同じ人間なんだもの、仲良くなれない相手なんていないわよ。誰とだって仲良くなれるわ。話し合いで、握手と笑顔で解決しましょう。私たちなら、きっと出来るはずよ」

 「……幼い頃から一緒だったレイヴァンすら斬り捨てて敬愛する兄の努力も助走つけて蹴り飛ばすぐらいリリー・チャップルを嫌っている、お 前 が 言 う な」




 「ま、こうなるんだけれどね?」

 「殴らせろ。一発殴らせてくれ頼むから」

 「嫌よ。殴るなら鏡に映った自分の間抜け面になさいな」

 「ふざけるな…、っ講和の席で火薬をぶっ放すやつがあるか!!」

 「花火って言うのよ。綺麗だったでしょう?」

 「っそういう問題じゃない!陛下も宰相も唖然としていたぞ!その後のあの立札も…!っドッキリ大成功ってなんだ!!」

 「ふっ…、どんな狼藉も許される、魔法の立札よ」

 「っふざけるな!正式な講和の席でそんなことをして、ただで済むと思ってるのか!全面戦争になるぞ!」

 「望むところだわ。花火の美しさもわからない無粋な連中、片っ端から焼き討ちしてやるわ」

 「あーはいはい綺麗だったな!平時に二人でゆっくり見れたら俺も嬉しかったんだがな!」

 「…あら、花火好きなの?そういえばあなたって和食が好きだけれど、…着物とかどう思う?」

 「はあ?…きものって、お前が前に仕立てさせてドヤ顔でカマ野郎に見せて、即没にされてたあれか?」

 「それよ。スカイったら和の心がわからないんだわ」

 「あれは、…綺麗だと思ったが。ただ、布が肌にくっついていて、足の形とかがわかりやすかったし、段差を超えるときなど足が見えたから、…お前が着るのは、賛成しない」

 「ちゃんと肌襦袢も着てたわよ。…じゃあ、今度遊女のコスプレでもしてみようかしら?」

 「…寝所での話なら、大歓迎だな。俺だけに見せてくれるんだろう?」

 「そう言われると、途端に反発したくなっちゃうわね」

 「言われて反発したくなるということは、言われる前は俺だけのつもりだった、と。…何が欲しい?この前喜んでくれたブローチと揃いの髪飾りでも拵えるか?それともどこかに旅行でも行くか?」

 「…その程度で済むと思ってるの?この私の遊女姿よ?―――もっと」

 「じゃあ、もっと…」

 「んっ…」

 「……セリア、あの、な…」

 「…ごめんなさい、ゆっくりしてる時間がないの。また今度、ゆっくりしましょ…?」

 「あ、ああ…。じゃあ…」

 「ええ、またね」

 「また…、っじゃない!お前弁解全部ごまかしただろう!説明しろふざけるないい加減にしろ何考えてるんだお前は!」

 「三十六計逃げるに如かずよ!おほほほほ!」

 「あっのくそアマァ…!」




 「ただいまー」

 「おかえり」

 「………」

 「ドアを閉めるな。逃げるな」

 「部屋間違ってないわよね?なんであなたがここにいるのかしらん?」

 「現実逃避するな。目をそらすな」

 「幻想幻想幻想幻聴幻聴幻聴…」

 「お か え り セ リ ア」

 「っストーカー!なんでいるのよ粘着男!乙女の自室に入ってるんじゃないわよ変態!」

 「来られて困るようなことがあるのか?ん?んん??」

 「うわうっざ!クソウザ!」

 「はいはい、―――で?」

 「………わ、わたしのせいじゃないわよ…」

 「フランツが非常に、ひじょーうに、疲労している。エリオンもだ」

 「わたしわるくないわ…えりおんが、えりおんがわるいの…」

 「ああうん、そうだな。お前が規格違いに体力が有り余っているんだよな。だからやんちゃして周りを疲弊させるだけなんだよな。うん、お前はちょっと遊び足りないだけなんだよな」

 「な、何よ…」

 「フランツから伝言だ、―――『セリアはちょっと、体力削られるといいと思うよ』」

 「お兄様っ…!?」

 「さあ楽しく二人で運動会しようか。花火だとかの後始末を丸投げにした咎だ。保護者から了承は得ているし、―――逃 げ る な よ ?」

 「っ…!」

 「…ん?やけに素直だな…、っ!?」

 「……いいわ、それがお兄様のお望みなら、喜んでかなえてあげようじゃない。でも、―――明日、立てると思わないことね…?」

 「…っは、上等だ。明日は枕から離れられると思うな」

 「口だけは達者ね。その虚勢がいつまで続くか、楽しみだわ」

 「それはこっちの台詞だな…」




 「………ねーちゃん」

 「まあエリオン、素敵な負け犬姿ね」

 「……あのさ、『新政府作ったから前の政権のやつらがやったことはチャラ』は、反則じゃない…?」

 「そうかしら?一つの手段だと思うわよ?便利でいいじゃない」

 「実際にあんまり交戦してなかったからいいけどさー、損害あんまり出てないからいいけどさー、賠償金も責任者の首もないって反則すぎない?無駄足どころじゃないよね?」

 「エリオン、大人の世界ではよくあることよ。いきなり締切が明朝って言われて徹夜して仕上げた書類が、『あ、やっぱそれなしで』の一言でゴミになるの。これで一つ大人の階段登ったわね」

 「もー、ねーちゃんと戦争するのやだー、無駄に疲れるー。そっちも利益出てないのに、損失度外視で楽しみに来られるの、ちょー困るー。マジうざいー。敵陣営の後始末がなんでか全部こっちに回ってくるしぃー」

 「失礼ね、ちゃんと利益は出てるわ」

 「そこ?ツッコミはそこなの?」

 「そこよ。…戦争ってのはね、巨大市場なの。国民の士気も高まるし、意識統一も図れるし、ストレス発散にもなるの。引き際を間違えなければ結構良いものなのよ。実際、こっちの損害もあんまりないでしょう?重火器も出てこないようなお子ちゃまな戦争で、人的被害を続出させるほど、無能な指揮官じゃないわ」

 「へーえ?」

 「あの国は小国で、経済的に困窮していたわ。遠からずどこぞの国に侵略されていたでしょう。だから、国民も立ち上がったのよ。背水の陣を敷いてる集団は強いわ。やけっぱちなんだもの」

 「まあそれは同感。自滅に巻き込まれたほうはいい迷惑だけどさ」

 「そうね、お疲れ様」

 「あんたのせいなんだよ?」

 「あらあらまあまあ、そうだったの?」

 「うわーい、あとで覚えてろよー?」

 「ふふっ、喜んで受けて立つわ」

 「そういやさ」

 「何よ」

 「あんた負けるぐらいなら死ぬっつー馬鹿だけど」

 「違うわ、勝つまでやるのよ。たとえ死んでもね」

 「……あんた死ぬまで勝ちに拘る馬鹿だけど、端から負けなんて見てない強情張りだけど、それって身分が上の俺相手でもそうなの?」

 「さすがにそんなことはないわよ。格下のジオルクに負けるのはありえないけれど、格上のあなたに負けるのなら普通のことじゃない。実際、頭脳じゃどうあがいても勝てないと思ってるもの」

 「へー…」

 「だから、どこからでもかかってきなさい?格下相手に負けるような矜持で、私の上に立っているわけじゃないでしょう?」

 「…あれ?待って?何で俺の死亡フラグが立ってんの?」

 「そういう話でしょう?これでも、あなたのことは私より上だって認めてるのよ?―――認めてるから、もし格下に負けるようなことがあれば斬り伏せるわ。私の上に立つんだもの、そのぐらい覚悟して立っているんでしょう?」

 「あ、あれー?じゃあ、今の国王とかあんたの兄とかは?」

 「お兄様は尊敬してるわ。お兄様を尊敬しないで誰を尊敬するのよ。陛下とは、…直接対峙したことがないからなんとも言えないわね」

 「ね、ねーちゃん、俺たち仲良しだよね?同陣営だよね?」

 「エリオンったらどうしたの?―――私如きに負けるような人間が私の上に立とうなんておこがましい。私なんてねじ伏せてごらんなさいな」

 「…駄目だ…格上相手なら負けても大丈夫か確認したかっただけなのに…」

 「その確認をするってことは、勝つ自信があるってことでしょう?期待してるわよ?」

 「いやいやいや、俺まだ未熟だし…」

 「その未熟なあなたを認めてるの。別に喧嘩とかじゃなくてあなたの得意分野、策略謀略の世界じゃないの。負ける道理でもあるの?」

 「相手があんたなところが怖いんだよ」

 「買い被りよ」




 「おい、好戦女」

 「何よ、ヘタレ男」

 「デートしないか?」

 「……でーと?」

 「ああ、デートだ」

 「エリオンの差し金?それともお兄様?」

 「両方と、さすがに宰相と陛下からも命じられている。お前、遊びすぎだ」

 「で、じゃじゃ馬に首輪つけて来いって?」

 「いいや、喧嘩して来いと」

 「あら」

 「ガチファイトしてぶん殴って来いと言われた」

 「サンドバックっていう人身御供になったのね。ご愁傷様」

 「だからデートに行こう」

 「どこかに決闘しやすい場所でもあるの?」

 「いや、天気が良いからピクニックに行きたくなった。なんか適当に外でつまめるものでも作ってくれ」

 「…はあ?」

 「骨の一本でも貰ってやるつもりで来たが、あんまり天気がいいから出かけたくなったんだ。好きな帽子でも買ってやるから付き合え」

 「…喧嘩はいいのかしら?」

 「後回しで良い。どうせ俺が倍以上ボコられる想定で送り出してきたんだからな。やること全部終わらせて、数か月何もしなくてもいいような状態で来させたんだぞ?この忙しい状況で。殺気立ってたときならともかく、気が抜けた今では馬鹿らしくなった」

 「ふうん、あなたも大変ね。サンドイッチと紅茶でいい?」

 「甘くなければ何でもいい。…最近お前のせいで忙しくて大変だった。労われ」

 「そういえばちょっと間開いたわね。忙しかったの?」

 「ああ。おかげでプレシアも拗ねて皮肉ばかり投げてきてうっとうしい」

 「楽しそうじゃない。あ、これから包丁使うから離れてくれる?暇ならそっちでバスケットの用意してて」

 「ん、わかった。手拭きもいるか?」

 「お願い。行先は近くの公園で良い?」

 「お前とならどこでもいい」

 「私相手にそんなこと言っていいのかしら?」

 「どうせ喧嘩しなかったからと、帰ったら小言ばかり言われる羽目になるんだ。癒させろ」

 「ま、本当にお疲れね。そんなに?」

 「自分の行いを思い返してみろ」

 「そんなにね。じゃあ喧嘩したことにしとく?どうせ喧嘩なんていつもしてるじゃない」

 「そのあたりの小細工が通じるような相手だと思うか?大人しく小言を受けることにする」

 「あらそう。じゃあ頑張ってね」

 「ん…。…もう一回キスしてくれたら喧嘩する気力も湧く気がする」

 「ならやめておくわ。私も今、ピクニックの気分なの」

 「俺はもう少しこうしていたい気分だ」

 「誘ったのはあなたでしょう?行きたくないの?」

 「…そういうわけでもない」

 「じゃあ行きましょう、ほら」

 「ああ」




 「絶好調ですねねーちゃん!」

 「ええ、そりゃあもう」

 「何なの社会主義って!わけわかんねーよ!」

 「社会主義っていうのは、簡単に言えば自由と競争がない代わりに平等と安定がある社会制度のことよ。皆で働いて、出来たお金は皆で分配して、一部だけが富んだり病んだりするのはなしにしましょうって制度」

 「ん…それって、でもやっぱり規律するトップが必要だよな?自由がないなら独裁になんない?」

 「あら、ろくに説明してないのにそこに行きつくなんて、さすがね。そこは確かに問題だけれど、封建制度も似たようなものじゃない。貴族のいない王制って感じよ」

 「そこはカースト上位が足引っ張りあうことで均衡取れてるだろ。独裁とは違う」

 「気にするもんじゃないわよ、そのぐらい。実際、長らく身分とかに縛られていたら魅力的に見えるのよ?決められた通りに働くから、見通しがたつもの。明日もわからなかった身なら、一年後が保障されてるってのは良いものなんでしょうね」

 「で?」

 「で?」

 「その独裁者のお名前は?」

 「あらいやだ、独裁者なんていないわよ。そういうのが出てくるのはある程度平穏になってからよ」

 「はいはい。じゃあそういう計画仕切ってるトップのお名前は?そのトップを操ってる黒幕さんのお名前は?」

 「ふふっ…」

 「そういうもんを自然に思いつけるようなら、もっと状況も変わってるだろ。どーせあんたが黒幕なんだろ?ビョードーとかアンテーとか、耳触りの良い理想で王制蹂躙されたくなかったらなんかしろっつーんだろ?」

 「そんなことないわよ。私も特級階級だし、王制支持派よ。……ただね、社会主義の弱点って何だと思う?」

 「はあ?…だから、独裁者が出てくる、内部組織の腐敗だろ?」

 「それだけじゃないわよ。…競争がないってことはね、進歩もないの。停滞して、取り残されることが、何よりも弱点なのよ」

 「…ちょっと、ちょっと待て」

 「察しが良いわね、さすがエリオン。―――逆に言えば、その弱点補強してあげれば都合の良い私兵が出来上がるわよね?影の独裁者を作ることで表立っての平等を守り、奇想天外なアイディアで技術進める他国の技術者囲ったりすることで、ね」

 「…ね、ねーちゃん、俺たち友達だよな…?」

 「エリオン、あなた、王族よね?私より格上の、王族よね?」

 「待ってマジ待って!無理!それは無理!ねーちゃんは軽々しく切れるほど安い駒じゃないし、迂闊に切ったら損害やばいことになるし、仕損じでもすればどうなるか…。っマジ無理だから!」

 「大丈夫よ、別に祖国に剣を向ける気はないもの。ただ家出先に確保しておくだけよ」

 「…ならいいけどさ…あんた、そんなにあいつのこと嫌なの?」

 「………え?」

 「は?…だから、家出先って、あいつに無理やり婚姻された時に逃げる先って意味じゃ…。…あー、はいはい、ごちそうさま」

 「何勝手に勘違いして早合点してるのよ。違うわよ。これからあなたを推していくから、その対抗手段よ」

 「ふーん?」

 「その目、やめてくれる?不愉快よ」

 「だってあんた、ジオルクのこと嫌じゃないんでしょ?」

 「嫌なら一緒にいないわよ。なあに?そういうことに興味が出てきたの?筆おろしに付き合ってあげましょうか?」

 「ノーセンキュー。んなことしたら嫉妬深い誰かさんに殺される」

 「殺されるタマでもないくせに」

 「つーか、あんたマジでご機嫌だったな。少しでも兵力そぐためにジオルク囮にだしたのに、逆に和んでたみたいだから大人しくなるかと思ったのに、効果なしとかさ」

 「あら、そうでもないわよ。久しぶりに恋人とデートしたら、機嫌もよくなるものでしょう?」

 「ふー…っえ!?」

 「意欲を削ぎたいなら、今度はもっと乙女心を研究してからになさいな。じゃあね」

 「ちょ、ちょっと待って!恋人!?あんた今恋人っつった!?ちょっとねーちゃあん!?」




 「………おい」

 「あら、不機嫌そうね。せっかく会いに来てあげたのに」

 「この前、エリオンを閨に誘ったそうだな」

 「ええ、夜伽しましょって誘ったわ。悪い?」

 「悪い。…浮気するな」

 「付き合ってないから浮気じゃないわ。それに、どうせしないんだからいいじゃない」

 「エリオンが誘いに乗ったらするんだろう?」

 「乗るわけないじゃない、あの子が。私みたいな性格悪い女を好むのはあなたぐらいよ」

 「そういう問題じゃない。乗ってきたらどうするつもりだ」

 「万が一にもないけれど、もし乗ってきたら、…どうしてあげようかしらね?」

 「…悪い顔で笑うな…たまに、お前みたいな女と関係を持っている自分がとんでもない無謀者に思える」

 「まあ嫌だ、こんなか弱い女の子に対して失礼よ」

 「はいはい。…想像もできないのはわかったが、気を付けろ。お前は見た目だけは、いい女だからな」

 「見た目だけ?」

 「内面も好む悪食は俺ぐらいなんだろう?」

 「ええ、そうね。ふふふ、そうね」

 「…ん。せっかく来たんだし、どこか行くか?」

 「地元で何をしろって言うの?いいわよ、気を遣わなくても。疲れてるんでしょう?何か美味しいものでも作るわ」

 「悪い…。ついでに、イイコトもしたいな?」

 「あら、イイコトって?」

 「しばらく会えなかった愛しい女とすることと言えば、一つしかないだろう?」

 「疲れてるんじゃないの?」

 「別腹だ。だから―――喧嘩しよう」

 「そんなことだろうとは思ったわ」

 「ウィルと手合せもするが、どうにも滾らん。本気で殺しに行けないし、本気で殺しに来ない。つまらん。憎々しさが足りない。ねじ伏せたいと強く思わない。地べたを這いずりまわさせたいと思わない。やはり喧嘩は宿敵とに限る」

 「どうせ負けるくせにね。存分に啼くと良いわ」

 「お前がな」




 「っ俺の!服を隠すな!」

 「きゃー、へんたーい」

 「風呂に入ってる間に勝手に服を隠すお前のほうが変態だ!出せ!」

 「やだー、ジオルクったらそんな格好でー」

 「心底楽しそうにはしゃぐな痴女!お前も裸にするぞ!?」

 「きもーい、うざーい」

 「いいから出せ!さっさと出さないと裸でないとできないことをするからな!」

 「あら、入浴?」

 「カマトトぶるな、夜伽だ!」

 「夜伽は服着てても出来るわよ。要は突っ込めばいいんだから」

 「女がそういうことを言うな!それを実際にやられたら痛いのはお前だろうが!」

 「は?私がいつ私が突っ込まれる側だって言ったのよ。尻から手ぇ突っ込んで奥歯がたがた言わせてあげるからいらっしゃい」

 「……引いた」

 「貧弱ね。だからモテないのよ」

 「お前に好かれるためにはそこまで矜持を捨てる必要があるのか?プライドがないやつは好かないくせに」

 「まあ、そんなことないわよ。だからプライドのないあなたのことも大好きよ」

 「…皮肉なんだろうがそれでも好きと言われて嬉しい自分が情けない」

 「そういうあなたが好きよ。ほら、服返してあげるから着てらっしゃい。風邪引くわよ」

 「誰のせいだと思っている」

 「私のせいね。だから風邪引いたら看病してあげるわ」

 「……さっきからデレの大量放出をしているが、どうしたんだ?酒でも飲んだのか?」

 「わからないならいいわ。だからあなた、モテないのよ」

 「……なんなんだ一体…」




 「というわけで、絶賛やり返し計画考え中だ。どうしたらいいと思う?」

 「あんたらさぁ、馬鹿なの?」


 エリオンに相談したら、端的に返された。何なんだ。


 「お前の目的ってなんだよ」

 「やられたからやり返す」

 「発端は?」

 「…なんだったか…」


 セリアを見る。


 「それより机の上は拭いてくれたの?終わってるならこっちを手伝って頂戴」

 「話し中だ。客人をもてなすのも仕事だろう」

 「ならもっと楽しめる話題でも提供なさいな。あと、どうせ身内の集まりじゃない。エリオンは多少放置しててもいいから運ぶの手伝いなさい。ウィルのほうがよほど気が利くわよ」

 「…む」

 「そりゃご主人、俺は使用人のフリだとかで潜入もするから。お坊ちゃんと比べてやんなよ」

 「…教えろ。俺もやる」

 「もうあらかた終わってるわ。いいからさっさと運びなさい」

 「………」

 「ウィルー、これ何ー?」

 「知らねぇわ。ご主人に聞け」

 「ただのシュークリームよ。ロシアンルーレットシューだけれど」

 「「ろしあんるーれっとしゅー?」」

 「声揃えて首かしげてんじゃないわよ可愛いわね。シュークリームは、前に食べさせたことがあるから知ってるわね?今日はカスタードクリームを入れてるんだけれど、この中のいくつかに、わさびを練りこんだクリームを入れてあるの。だからロシアンルーレットシューよ」

 「わさび!?あのつーんってするやつ!?」

 「おいご主人、俺らあんたに騙されて食わされてからアレ苦手なンだけどよぉ!」

 「ジオルクは好きよね?」

 「ああ、美味いよな」

 「問題なし」

 「あるよねーちゃん!そんなありえないほど辛いもの好きのフランツを信奉してるやつの味覚なんか信用しないで!」

 「っつか、仮にわさびが好きでも菓子に入れるモンじゃねぇだろ!」

 「あら、私なんかお兄様信奉者にして実の妹よ?私の味覚のほうが手遅れなんじゃない?」

 「それに、菓子に入れたほうがお前らが嫌がって面白いだろうが」

 「ってめえ共犯者か!?」

 「違う。が、俺に害はなさそうだから乗った」

 「死にさらせ」

 「地獄に落ちろ」

 「そう褒めるな。照れるだろうが」

 「はいはい、仲良しはそこまでよ。それで?エリオンは何の用があってわざわざ他国にいる私のところにまで来たのかしら?」

 「や、ふっつーに遊びに来ただけだけど。和平交渉ももう終わってるし」

 「あらそう。で?」

 「…マジで丁度出れる用があったから来ただけだよ。まず他国とか行けないから、チャンスがあったら来たいだけ」

 「それはわかってるわ。ついでに何を釣っていきたいのかって聞いてるの」

 「…あー、マジであんたと戦いたくねーわー…。ちゃっちゃと身を固めて欲しくって、その後押し兼様子見に来たんだよ」

 「ちょっと待て」


 そう言われたら黙ってはいられない。会話に割り込んででもストップをかける。


 「様子見ではなく後押しが先に来たということは、俺が駄目そうなら切って別のやつとくっつける気だな?俺のところにセリアを嫁がせたら勢力が強くなりすぎるし、セリア的にも条件が良いのは他にもいるから、ここで何もできなければ俺を切るつもりで来たな?」

 「それもいいかとは考えてる。けど、なんだかんだ言ってねーちゃんはちゃんとあんたに絆されてるから今んとこまだまだあんたが第一候補。結婚煽るだけだっての」

 「確実性がない。正直、いつ振られるか戦々恐々としているぐらいの仲だ。お前がそんな頼りないもので良しとするわけがない。セリアが断らないような利権と勢力争いでがちがちに固まった政略結婚を持って来るんだろう。こいつの性格的にも、遊ぶのは認めても結婚はさらっと好条件のところと政略結婚しそうだ。どこのどいつだ。言え」

 「俺王族なのに脅された?王族なのに命令された?」

 「殿下の御身のためにも、素直に教えていただけるとありがたいのですが?」

 「脅しだ。丁寧になっただけで完全に脅しになった」

 「大体だな、こんな女を名家にやれば、まず乗っ取って面倒なことになるに決まっているだろう。そんなことをすれば勢力争いが激化するだけだ。貞操も保たれてないし、娶る家があるわけがない」

 「ざんねーん、国内に『名家ではあるけど家長が馬鹿』って家もあるんだなー。ネーヴィアこそ好例じゃん。当主は馬鹿だけど周りがバックアップして功績だしてる。勢力にしても、無能な味方より優秀な敵のほうがマシ。実家があるんだから国のために悪いことにはしないし、野放しにしててもどっからか横っ腹にぶち込んでくるんだけデショ?今回みたいに。つーか俺の目的は『セリア・ネーヴィアを国内に縛り付けること』だかんな?国内が荒れることじゃなくて、国外に脅威が出来ることを危険視してるの。アンダスタン?」

 「まさかそれでうまくいくと思っているのか?だとしたら失笑ものだな。馬鹿でも有能でも、爆弾を自ら内に入れるような愚を犯すわけがないだろう。馬鹿でも、馬鹿だからこそセリアの起爆性を恐れる。あいつを御しきれるのはそれこそフランツぐらいだ」

 「はい論破ー。実家以外にねーちゃんを御せないなら、そもそもどこやっても同じ。つーかねーちゃんは爆弾だけど、それでも有能なことに変わりない。だから俺が流出しないようにしてんじゃん。国で囲うって決めた以上、自分で内に爆弾抱え込むのと同じ。後はどこに設置するかって問題だっつの」

 「その設置場所がないんだろう。セリアの評判を知らない国外ならともかく、国内でセリアを囲う貴族などいないな。実際、俺でも断る。あんな爆弾招き入れたら、最初はいいかもしれないが、次の代か、悪くて当代の間に破滅する」

 「それ、俺を揶揄してるわけ?国家反逆罪いっちゃう?」

 「国で囲うという判断は反対しない。ただ、嫁がせることで縛るのには賛成しかねる。国家なら、一貴族が消えるぐらいのリスクならリターンのほうが大きいだろうから良いが、実際にそのリスクを被るのはごめんだ。国家のために一族揃って殉死しろと言っているようなものだろう」

 「それはねーちゃんを上手く利用できないその家の責任だし。そこまで面倒みてやれねーよ。つーか貴族ならお国のために死ね。そのための特級階級だろ。まず国の利益が優先。特権与えてんのは国。そこんとこはき違えるなよ」

 「しかし実際に受けたいかと言われれば、否だろう?こいつは名家でないと収まらないが、そのぐらいの名家を強制することが出来るのか?下手すれば反乱起こされるぞ?」

 「言いくるめればいいだけっしょ?あんたじゃねーんだから、そんぐらい余裕ですしー?」

 「妨害が起きてもか?」

 「あれー?国家の判断に逆らう気?全面戦争する?」

 「国に逆らうなんてとんでもない。ただ、振られた腹いせや、好いた女を奪われた恨みで暴走しても、それは個人的なことだよな?」

 「それこそ破滅まっしぐらじゃん。馬鹿なの?」

 「あいつが他の男に鞍替えするなら斬る。せめて心変わりなら一考ぐらいするが、打算ならそのままキレて斬りかかっても許されると思う」

 「で、ねーちゃんに決闘申し込んで殺されるんですねー。いいよ、じゃあ。面倒だし死んで来い」

 「はあ?先に毒を盛るなり寝込みを襲うなり醜聞を言いふらすなりするに決まっているだろう。なんでこんな物理特化女に真正面から挑まなければならないんだ。心変わりならそれだろうが、打算ならそんなお綺麗な方法をとるわけがないだろう。自殺志願か?」

 「今回俺がねーちゃんに散々振り回されたこと知ってて言ってんのなら殴るけど?」

 「捨て身の攻撃と防戦は根本的に違う。規模も、国家対国家と個人対個人でまるで違う。一緒にするな」

 「じゃ、そこに国家が出てきたら?先に言っとくけど、王家の血を引く家で候補のとこもあるからな?」

 「逆に聞くが、この女が特攻しないと思うのか?そこで御せるなら、そもそもこの議論はいらないだろう」

 「今現在、手綱握ってるネーヴィア家のこと忘れてない?フランツはどうするだろうね?宰相も、孫の命かかってるならマジで来るよな?両陛下もマジになると思うけど?」

 「…ちっ、わかった。そうされる前に、前もって寝込みを狙って殺すことにする」

 「じゃあ今からねーちゃん確保すれば打つ手なしってことですねー。そもそもこの会話聞いてるねーちゃんが警戒しないわけねーよな?」

 「セリアなどどうでもいい。とりあえずお前に負けたくない」

 「本末転倒じゃん。そもそも何の話だったか覚えてる?」

 「セリアをどう始末するか、だったよな…?」

 「ちげーよ。もうこいつ駄目だ」


 エリオンが大きく息を吐いた。

 何だこいつは、とセリアを見ると、なんとも不機嫌になっていた。


 「どうした、爆弾」

 「誰が爆弾よ。あなたもエリオンも、私の扱いどうなってるのよ。怒るわよ?」

 「違うのか?」

 「違うわよ。…もういいわ。国外に嫁ぐわ。古来から女一人に国家が乗っ取られる例は多くあるけれど、それを見せてあげようじゃない。傾国と称賛するといいわ」

 「待って待ってねーちゃん待って!俺悪くない!悪いの全部ジオルクの馬鹿!」

 「…俺が悪いのか?そんなに爆弾扱いが気に食わなかったのか?」

 「わーい気付いてねーや!もういいよじゃあ!娶る貴族がないなら王族が娶るから!他国特攻されるぐらいなら俺が嫁にして王家の規律で締め上げたほうが良い!」

 「っはあ!?…いや、確かにエリオンならセリアとも対等だし…王族になれば行動も規制されるし…」

 「ねーちゃん、そういうわけだから、こいつ捨てたら嫁に来て」

 「婿になら行ってあげるわ。独り身でもいいけれど、パートナーがいるのもいいかと思っていたところだもの」

 「っふざけるな!浮気したら斬るぞ!」

 「いいじゃない、あなただって当主で結婚する必要があるんだし。何も問題ないわ」

 「問題しかない!なんで急に…!」


 憤っていると、「…あのさァ」と呆れた様子のウィルが声をかけて来た。


 「ご主人を娶る貴族なンていねぇンなら、あんたもご主人と結婚する気ねぇってぇことだよなァ?」

 「………」


 セリアを見た。不機嫌そうだ。

 エリオンを見た。呆れてるというより疲れている。

 ………。


 「………そのことは考えていなかった」

 「デスヨネー」

 「だと思ったわァ」

 「あっそう」

 「あ、いや、自分以外というか、俺以外娶らないだろうと言うことを言いたくてだな…」

 「へー。私ってそんなに条件の悪い女だったかしら」

 「そこに怒っていたのか?条件が良すぎて逆に呑まれるというか、すぐに決闘しようとするお前と付き合えるのは俺ぐらいだろう?勝利しか見ていないし、普通に女に負けることを了承する男は少ないと思うし、俺もいつかお前に勝つつもりだし」

 「そのいつか、が来世でないといいわね。それに、あなたでも、爆弾を内に入れるのは断るんじゃなかったかしら?」

 「まともに考えたら嫌だろう。昔から腐れ縁で、お前の爆発っぷりは間近で見ているんだぞ?お前を伴侶にしたら確実に負け続けだし、裏でこそこそ何かやっているし、自分の知らない間に勝手に事態が進行しているし、敵対しないようにしつつも近づきたくないタイプだ。フランツやレイヴァンのことで腐れ縁が続いていたが、おかげで被害をまともに食らい続けているだろう。フランツは今も大変な思いをしているし…」

 「あっそう」

 「…事実だろうが。怒るな」

 「別に怒ってないわ。でも、あなたが私を殺そうと考えているなら関係も考え直そうかと思ってるだけよ。ただの遊びだものね」

 「……エリオンか?それとも他にいいやつがいるのか?」

 「他にいるからあなたを切ろうとしてるわけじゃないわ。殺されるのも、愛人もまっぴらってことよ」

 「はあ?他に作らなければ殺しはしないと…心変わりなら決闘で腕一本もらって行くぐらいで済ませるし…何故殺されるか愛人なんだ?」

 「エリオン」


 セリアがエリオンを呼び、不機嫌のままウィルがさっと差し出した菓子をつまんだ。まるで二人を配下として侍らせているように見える。セリアの女主人っぷりが板につきすぎている。

 指名されたエリオンは、ほとほと疲れたような顔をしていた。


 「…簡単に言う。まずあんたは妻を取らないといけない立場にある。ねーちゃんは独身でもいいけど、家継いだあんたは結婚しないといけない。じゃあ、その先は、別れるか、結婚するか、あんたは結婚してねーちゃんを愛人として囲うって三つがある」

 「…ああ」

 「心変わりでなら決闘、打算なら殺すってあんたは言ってる。つまり別れる気はない」

 「当たり前だ。どれだけかけてやっと捕まえたと思っているんだ。別れるなら決闘ぐらいさせてもらう」

 「それに関しては置いとく。で、そこであんたが『結婚する気はない』宣言した。じゃあ、別れるか愛人しかねーじゃん。俺はねーちゃんを国内の誰かと結婚させたいから、そのあたりも厳しくなる。それに耐えてまで二号さんに収まる、なんてありえない。だったら殺される前にさっさと切るってねーちゃんは判断したわけ」

 「…俺もセリアを愛人になんてするつもりはない。というかそもそも、情夫にされそうなのは俺のほうだろう?セリアのことだから本命が出来ればすっぱり切ってきそうだし、二番で収まっているようなタマではないし、二の次で何とか出来るような女じゃない。かかりきりでも振り回されているのに…」

 「はいはい。で?」

 「…で?……愛人にするぐらいなら、さっさと家督をプレシアに譲って後ろから操るなり、プレシアを結婚させて生まれた子を養子に取るなりするが…」

 「そこじゃない。ねーちゃんと結婚する気はあるのかどうかだ」

 「……一応俺は、セリアに求婚しているんだが…」

 「さっききっぱり結婚したくないって言ったやつが言うな」

 「一般的な貴族の話だろう?好きでもなければ国外に行って縁が切れるいい機会なのにわざわざ足を運ばないし、求婚もしない。お前だってただの一貴族なら、セリアなんて…いや、お前は御せるんだな。王族ではなく貴族である仮定なんてありえないぐらい、骨の髄まで王族だから…」

 「まーね。だからさっさとねーちゃん口説いて来い。様子見じゃなくて、背中押しに来たんだから」

 「…は?それはどういう…」


 問いただす前に、セリアと目が合った。

 不機嫌そうな青い双眸。迂闊に目をそらしたらやられる。


 「…愛人になど、なる女じゃないだろう。そういうつもりで言ったわけじゃない。侮辱するつもりはなかった」

 「ふーん」

 「王太子が婚約者で自分よりハイスペックで人脈もコネも持ってる女を、なんとか求婚するまでに持ってきたんだ。逃がすつもりはないし、お前以外もいらない」

 「わざわざ苦労して爆弾招き入れなくていいのよ?」

 「いや、あれはエリオンが他の男を連れてこないようにするために言っただけで、お前がもたらす利益も多い。少なくとも俺にとっては、ネーヴィアの娘でフランツの妹で才色兼備というだけでもう十二分に価値がある。親戚が厄介だし、お前の頑固さも悪くない。昔からの腐れ縁で政略に見えないところも良い。政略だとするとあからさまに権力を集めすぎているから、悪目立ちして、下手すればエリオンに狩られる。喧嘩相手になるし、加虐心も満たされるし、爆弾であるのも、爆破される前にエリオンとフランツに告げ口して最小限に収めさせれば、そう問題にはならない。だから結婚してくれ」

 「あなたは、一度女性の気持ちを考えてみたら良いと思うわ」


 笑顔で返された。駄目だったらしい。

 ぴりぴりしているセリアは心臓に悪いので、「なんで怒っているかはわからないが、悪かった、性格ブス」と言って、そのまま口喧嘩に移行した。ぴりぴりされているよりは喧嘩して吐き出した方が面白い。

 話が二転三転して、そろそろナイフとフォークで仕留めるかとお互いに思い始めたところでエリオンとウィルが止めて来た。それまで二人はのんびり菓子を食っていた。優雅なことだ。




 だが、今回も結局なんともできなかった。

 しかしエリオンに取られても業腹なので、仕方なく、周りの意見を聞くことにした。


 プレシアは「喧嘩するのをやめたらいいんじゃないですか?」と言ってきた。喧嘩しないというのは無理だ。

 エリオンとウィルは「ノーコメント」で、フランツと宰相は「セリアが嫌なら駄目だよ」と笑顔で脅してきた。レイヴァンは意外に目の付け所が良いから聞きたかったが、今の状況でそれは得策とは言えないのでやめた。あの馬鹿も、話していて疲れるから却下。カマ野郎は今現在忙しいようで、プレシアにそれとなく頼んでみたが断られた。

 そうするともう話を聞ける相手が残っていなかった。俺の知り合いが少ないのかあいつの知り合いが少ないのか共通の知人が少ないのか。もう手詰まりだ。

 やはり危険を承知でレイヴァンに特攻すべきか、と考えていたとき、


 「あれ、先輩の彼氏さん?」


 あいつの後輩に出会った。


 あいつの後輩は、妙にあいつと仲が良く、その割に利があるわけでも気が合うわけでもなく、何故親しくしているのかわからないようなやつだ。そもそも初対面から最悪だった。あいつなら潰しているだろうに、何故親しくしているのだろうか。

 しかし、親しいならそれなりにあいつのこともわかっているだろう。話を聞いてみた。

 こいつはプレシアを狙っているから、プレシアの兄である俺にはそれなりの対応をする。下手をすればセリアより俺のほうが対応がいいぐらいだ。それでも若干だし無礼ではあるが、あの馬鹿と比べると無礼でも何でもないぐらいなので気にしないことにしている。何故あいつはプライドが高いくせに無礼なやつとも仲がいいのか、本気で理解に苦しむ。


 「え?先輩の攻略法ですか?」


 聞いたところ、後輩はそう言い、


 「そりゃまあ、王道でしょう!」


 妙にきっぱり言い切った。


 「王道、か…?」

 「はい、王道です。先輩はあれでロマンチックなところもあると思うんですよ!三十で乙女ゲーするぐらいだし!」

 「さんじゅう?おとめげー?」

 「愉快犯なところがありますけど、だからこそ逆に正攻法には弱いっていうか、ちょっとはぐらつくと思うんです。好みのタイプも、王道王子様系のフランツ様とかモロ王子様のレイヴァン殿下とか、あるいは天使ちゃんみたいなヒロイン系ですから。やっぱり王道こそ正義ですよ!」

 「……つまり、フランツの真似をすればいいのか…?確かにあいつはフランツが好きだし、レイヴァンやプレシアを保護していたが…」

 「真似って言うより王道です!臭いぐらい口説いてしまえばいいんです!先輩、そういうの好きそうですから!」

 「…笑っていたが。大笑いされた気がするが」

 「喜んでいたでしょう?」

 「…そう、なのか…?馬鹿にされている感じではなかったが、口説かれた女の反応とはとても思えなかったが…」

 「あ、俺次の授業あるんで行きますねー」


 後輩はしれっと去って行った。学園内で見かけただけなので、確かにそれはそうなのだが、肩透かしを食らった気分と言うか、拍子抜けしてしまうのは何故だろう。さすがあいつの後輩、ということなのだろうか。


 俺も授業に急ぎつつ、王道、というものを次会ったときに試してみることにした。




 「セリア」

 「…どうしたの、真剣な顔しちゃって」

 「…セリアは、いい子だよな。とても可愛い」


 フランツの真似と言っても、セリアはフランツに言われたことは大概喜ぶし、あの神々しさを人間が真似することなど不可能なので、せめて喜ぶ言葉を言ってみたが、…我ながら何を言っているんだ、と思う。

 セリアも同様に感じたようで、怪訝そうな顔をした。


 「…どうしたの?頭大丈夫?」

 「大丈夫だ。えーと、…心配してくれてありがとう」

 「ねえ本当に大丈夫なの?頭でも打ったの?」


 フランツらしいことを言うと、あからさまに心配された。普通ならここで喧嘩になるところだから当然だ。でも、心配そうに額に触れてきて、じっと見つめられるのは、…悪い気はしなかった。


 「ありがとう。だが大丈夫だ。心配するな」

 「…気持ち悪いからやめてくれる?調子狂うのよ」

 「そう言われると傷つくな…。俺はお前のことが好きなんだが、お前は嫌いか?」

 「………」


 セリアはなんとも言えない顔で俺を見て、一歩下がった。


 「気持ち悪いから本気でやめてくれる?熱とかじゃないなら、態度を改めるまで近づかないで頂戴。気味が悪くて近づく気になれないわ」

 「……喧嘩しないように努力したのに、そこまで言うのか」


 本気で言っていたので、顔をしかめてフランツを参考にすることはやめた。


 「口説きたいからフランツの言動でも参考にしていればお前に好かれるかと思った。が、全然だな」

 「どこの世界に実の兄をそういう意味で好く妹がいるのよ。いえ、いるかもしれないけれど私は違うわ。あなただって私がお兄様の言動を参考に動いたら調子狂って嫌でしょう?」

 「そもそも想像できないから何とも。だが劣化版フランツを見るのは苛立つと思うし、お前が変に優しければ罠を疑うな。とりあえず警戒する」

 「私も同じよ。気持ち悪いわ」

 「なるほど。じゃあこの作戦は失敗か」

 「ええ、失敗よ。気持ち悪いからもうしないで頂戴」


 セリアが半歩こちらに近づいてきたので、俺も半歩歩み寄り、ついでにそのまま手を取った。


 「わかった。ならセリア」

 「何よ」

 「好きだから結婚してくれ」


 軽く手を引くと、セリアはあっけなくこちらに引き寄せられ、ぽすっと胸の中に納まった。

 照れるのを隠すように抱きしめ、続ける。


 「お前のことが好きだ。誰にも渡したくない。エリオンには劣るし、お前は遊びのつもりでしかないのかもしれないが、…すきなんだ。結婚して、ください…」


 どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。

 今まで何度も求婚してきたが、『好きだから』と素直に言ったことは少ない。後付けの理由をべたべたと貼って、虚栄を保っていた。

 好きという気持ちをぶつけて、それを受け取ってもらえなかったときに、痛すぎるから、逃げていた。

 好きだと告白したことに対しても、セリアからの返事は現在まで、ない。

 嫌いではないようだし、情夫と言えるぐらいの仲ではあると自負しているが、恋人とは言い難い。

 断られるかもしれない。

 好きだからずっと一緒にいたい、とか、そんな幼稚な求婚、笑い飛ばされるかもしれない。

 そしてセリアに笑い飛ばされたら、もう、壊れて戻らないかもしれない。

 ぎゅ、と唇を引き結んだ。


 「………」


 セリアは黙り、それから、ふふっと笑った。


 「あなた、心臓の音すごいわよ。どれだけ緊張してるのよ」

 「…五月蠅い」

 「それで?誰に入れ知恵されたの?」


 楽しそうに顔を埋めてくる。少しくすぐったいが、ふくふくと笑っているので、あえて退けるわけにも行かない。


 「…お前の後輩。学校で出会って駄目元で聞いたら、お前なら王道がいいだろう、と」

 「まあ、さすが後輩、的確ね。やっぱり王道よ。邪道もいいけれど、主人公が全部ぶん殴って超理論と感情論で突っ走って、そのまま完走してゴールしちゃうのが好きだわ。一番わかりやすいもの」

 「……俺は邪道か?」


 どうひいき目に見ても、自分を王道とは思えない。それで王道が好みと言うのなら、俺は好みではないということで、…遠まわしな断りにも聞こえる。

 ひどい顔をしていたようで、セリアは俺を見てぷっと吹き出した。


 「私は、喧嘩ばかりの幼馴染とくっつくのは、もう王道すぎる王道だと思うわよ?それに正統派や王道系を見るのが好きってだけで、自分の恋愛は別よ」

 「……そうか?」

 「ええ、そうよ。……心配なら、確かめてみる…?」


 上目遣いで、ことさら誘うように見つめてくるセリア。さりげなくその形の良い胸を押し付けてきている。

 無意味にこういう駆け引きが上手いやつだな、こいつ。人のアプローチには一切気付かなかったくせに、いざとなればノリノリすぎるだろう。


 まあ、そんなやつに惚れているんだから仕方ない。


 「喜んで、と言いたいところだが、その右薬指に指輪ぐらい贈らせて欲しい」


 頬に唇を寄せて言うと、くすくすと楽しそうな笑みを返された。駆け引きというか煽るのは上手いが、それより求められることが好きなやつだということはわかっている。だから下手に出て愛を囁くのは意外と効果がある。おだてられるのに弱い、ともいえる。

 まあ、―――効果があるのは、俺だけだろうが。


 「贈り物なら、素敵なのじゃないと嫌よ。安物だったら捨ててリトライさせるわよ?」

 「お眼鏡に適うようなものを探す。『良し』が出るまで挑戦するつもりだから、精々覚悟しておくんだな」

 「あなたこそ、資金切れにならないように気をつけなさいな。一度きりのことなんだから、妥協する気はないわよ」

 「わかっている」


 セリアが首に腕を回してきたので、こっちも腰に腕を回して耳にキスをする。耳はくすぐったいらしく、今回もセリアは笑った。


 セリアやエリオンほどではないとはいえ、俺も俺でプライドが高い方だ。セリアはいつか下してやると思っているし、エリオンは直接やりあったことがないせいか、負ける気はしない。

 勝てないのは、負けるのはセリアにだけだ。

 だからなおさらむかつく。エリオンは『負けてはいない』と思っているから適当に服従するが、セリアは決闘馬鹿で血の気が多いから、はっきり勝敗を突き付けてくる。その負けた悔しさで、ますます反発する。


 そう考えると、真正面からやりあわず適当にいなし、味方でいるうちは勝敗をつけず、油断させつつ体よく従わせているエリオンは、やはりすごいのだろう。爆弾と称したが、セリアのそういう、はっきり敵は敵、味方は味方と線を引くところが危うく、安定性に欠ける。為政者向きの性格ではない。ならばまだ、能力はセリアに劣るフランツや、レイヴァンのほうがよほど向いている。俺も向いてはいないが、セリアよりはマシだろう。

 かといって、側近にするには危うい。能力が無駄に有り余っているからだ。エリオンぐらいの化け物でないと食われる。

 じゃあその突飛なアイディアを作戦役にでもして生かすかといえば、それも危うい。確かにセリアは暗躍が得意だが、得意だからこそ、命じた人間の裏をかかれるかもしれない。ちゃんと従う保証がない。無理やり従えるには力がありすぎる。

 ならば特攻でもさせる捨て駒に、ということも出来ない。捨てようとしたら、その瞬間こちらを見限り、相手に寝返るに決まっているからだ。最悪第三勢力を作り上げて漁夫の利を奪っていく。特攻で大人しく死んでくれるような奴じゃない。


 エリオンから、プレシアはセリアを『王に据えるには人望がなく、王妃に置くには強大すぎ、参謀と為すには信用がなく、騎士と捨てるには聡すぎる』と称したと聞いたことがあるが、確かにその通りだ。

 切りどころがない切り札、実際に行使されることはない抑止力。そういうものだ。

 だから保管場所に困っている。

 確実に自国で確保しておきたいが、あえて爆心地になりたくはない。


 話が盛大に逸れたので戻す。このあたりの脱線癖はプレシアと同じだ。あいつもよく脱線している。脱線したままぶっ飛んでいくようにみせかけて何故か帰ってくるセリアや、脱線と見せかけた別方面からの揺さぶりでしかないエリオンよりは全然マシだが。


 セリアには負けても良い、というか、セリアにだけは負けるのも認めている。

 むかつくむかつくライバルに傅いて寵を乞うぐらい、こいつのことが欲しくて、そのぐらい好きだ。

 どうやったら、上手く伝わるんだろうか。

 もう駆け引きとかはいらない。そんなもの、こいつ相手に考えていたら命取りになる。だから加虐心も抑え気味にしているぐらいだ。

 厄介な爆弾だと思っているのも、それでもなお利益が出るのも事実だ。

 でもそんな、利権でがんじがらめになったもので欲しているわけじゃなくて。

 ただ、好きなだけで。

 積り募ってあふれ出た好意をなんとかしたいだけなんだ。


 「…ジオルク?考え事?」


 セリアが少し身を離した。

 その分抱き寄せて、愛情表現。黙らせたいときに便利だ。


 「…好きというのが、どうすれば伝わるか考えていた」

 「あなた、意外と乙女よね。そんなもの、どうあがいても伝わるわけないじゃない。伝えようと思うだけ無駄よ」

 「…お前は本当にばっさり切るよな…」

 「馬鹿なこと言うからよ。でも、嫌いな相手と好き好んでぎっこんばったんはしないから、嫌いじゃないってことはわかるんじゃない?」

 「そういうものか?嫌いでも、相性が良ければとか金でとかあるんじゃないのか?」

 「対価がないとやらないってことでしょう。相性も、憎からず思ってるってことじゃないの?ていうかやることやってりゃそのうち情も湧くわよ。子供でも出来れば家族になれるんじゃないの?たとえ好きな相手とじゃなくてもね」

 「…それを俺に言うところがお前だな」

 「私だもの。で、やるの?やらないの?雰囲気的にやりそうだと思ってたんだけれど、気が入らないようならやめるわよ」

 「お前には情緒とかないのか」

 「雰囲気を壊したのはあなたよ。女と抱き合っていちゃついていながら考え事なんて、馬鹿にしてるの?」

 「だから、婚約指輪も贈れることになったし、どうやったら好きだと伝えられるか考えて…」

 「全裸で家を三周して来たら、ああ好きなんだなあって思うわ」

 「お前にも同じことさせるぞ」

 「あ、私はそこまで好きなわけじゃないから。そんなこと要求する人は好きになれないから」

 「ずいぶんと良い教育を受けているようだな、くたばれ」

 「ええ、そうやって変質者は追い払えって習ったわ。通報するわね」

 「誰が―――…、いや、喧嘩を始めたら切りがないからやめよう。こういうときぐらい喧嘩したくない。黙ってろ」

 「あ、結局やることはやるのね」

 「黙れ」

 「黙らせたら?」


 挑発だとはわかっているが、あまりにむかつくのでその挑発に乗った。セリアも、俺が黙らせたいときに実力行使していることはわかっているんだろうが、逆にセリアが俺を黙らせたいときも有効なので、お互いさまなんだろう。


 「…ふふっ、好きならやるときぐらいしっかり見なさいよ、甲斐性なし」


 セリアははにかんで首に回していた腕に力を籠め引き寄せて来た。婚約がほぼ決まり、上機嫌なのもお互いさまらしい。

 反論はそれなりに浮かんだが、飲み込み、「悪い」と瞼にキスすることで代わりにした。

 セリアは、やはり嬉しそうに笑っていた。




 その後、三回のリトライの末にやっと婚約指輪を受け取ってもらえた。

 セリアの指を飾るその指輪は、俺の知る限り結婚するその日まで、ずっと鎮座し続けていた。




            ***





 「ついに年貢の納め時ってことね。私が、ジオルクと結婚するなんて」

 「他に収める場所ねーだろねーちゃんには」

 「ご主人が今更やめるとか言ったら、ジオルクの旦那もキレると思いますよ?」

 「大丈夫よ、ジオルクがキレるのはいつものことだから。私だってしょっちゅうキレてるじゃない」

 「…そういえばあんたら喧嘩仲間だったな…」

 「すげぇンだぜぇ、こいつら。不機嫌なときに会ったら、開口一番『ストレス発散に殺らせろ。もしくは犯らせろ』とか言いやがンだ。ご主人でもこれだぜ?」

 「うわっ」

 「……二人とも、殺られたいの?それとも犯られたいの?好きな方選ばせてあげるわよ?」

 「遠慮しますサーセンっした!」

 「俺聞いてただけで関係ないから逃げる」

 「…まったくもう…」


 逃げ出した二人にため息をつき、鏡に映る花嫁姿の自分を眺めた。


 ―――さ、これで実家とは縁が切れるわね。


 これから何をしても、家を出た私は関係ない。私はもうウェーバーの人間だから、咎はウェーバーに行く。

 ばれるつもりなんて毛頭ないけど、保険はかけておいて損はないものね。


 もうねえ、いい加減、目障りなのよねえ。あの、ゴミ。


 私の上に立つなんて、身の程を知らないにもほどがあるわ。


 実家はこれで縁が切れた。当主のお兄様は、むしろ二人の庇護者筆頭だ。これで実家に罪を問うのは難しいし、そもそもここまで強化したネーヴィアを、すでに外に出した娘のことで、しかも家自体は親第一王子派筆頭で、咎められるわけがない。お父様の名前で商会も広げて、娼館も使って庶民にも浸透させているのに、留学とかで国外にも手を広げているのに、うかうか潰したらそのほうが被害が大きいでしょう。エリオンが本気になって後始末も何も考えなければ潰せそうだけれど、それって商会だけだものね。

 家自体は、商会なんて私が十数年程度で作ったものだし、なくても一向に困らないのよ。エリオンが商会を潰せても、そこから『ネーヴィア家』を相手取ることは出来ない。


 ウィルが暗殺するのも無理。ウィルはもう私の手下だもの。しっかり取り込ませてもらったわ。情をかけて、たっぷり甘やかして、餌付けして、自由も楽しみも使命も与えて、乗っ取った。今のウィルは、いざどちらかと問われたら、苦しみはするでしょうけど、私を選ぶわ。ビジネスで雇用でって、そこだけはしっかり線引きしてたもの。それ以外はとことん甘くして、代わりにそこだけは順守するように躾けたもの。先生とレイヴァンのことがあるから、もう躾に失敗はしないわよ?


 他に人質になりそうなぐらい親しい相手と言えば、スカイとプレシアと、精々後輩ぐらいだけれど、スカイもプレシアも商会の人材。私サイドじゃなくてネーヴィアサイドの人間。皆すぐに敵にするなって言うけど、私の場合、味方でいられるよりも敵にしたほうが安全なのよね。


 後輩は、正直に言うと、むしろ始末してくれたほうがありがたいぐらいね。私の知らない情報を持っていて、しかも私は隠しキャラとしての『ミステリーな後輩』の情報しか知らない。エリオンみたいに実際に会ってみたほうがわかりやすいキャラクターもいるのに、後輩はまるで素性が知れない。今の、転生して乗っ取った後の後輩しかわからない。裏設定も何もわからない。あんな謎で怪しい人物なのに。今は友好的だからむしろそれを利用しているけど、前世トークで盛り上がる貴重な相手だけど、殺してくれるならそれはそれでありがたいわ。不穏分子はとりあえず処すべきよ。死人に口なし。


 ああ、あと、私が処刑を中断させてまで生かしたヴィオラが、一応入るかしら。でもあの子、いろいろぶっ飛びすぎてて、たぶん誰にも御せないのよねえ。誰かあの子を人質に出来たらすごいわ。万が一捕まって人質にされても、友達でもないし、普通に見捨てるつもりだし。あの時処刑されなかった分ってだけじゃない。最前列でかぶりつきで見学するわよ。楽しみだわ。誰かやらないかしら?あの子、無駄に運がいいから、普通に無理だと思うけど。


 残りの、最後の人質になりそうなぐらい親しい人間といえばジオルクだけど、私以外に捕まるような柔な男じゃないし、人質になったら死ねばいいわ。むしろ殺される前に私が殺してあげるわ。長年の引導をついに渡す日が来たのね。ていうか、普段から八割ぐらいは本気で殺し合ってるのに、今更『殺すぞ』とか脅されてもねえ…。

 私の行動でウェーバーが面倒なことになっても、まあ上手くやるでしょう。上手くやれなきゃ死ねばいいわ。まあ、十中八九私を切ってくるでしょうけど、私は国外に逃げるだけだもの。そのために国外に家出先を用意したんじゃない。攻め込めるものならかかってこい、よ。


 いっそエリオンが主犯じゃなくて、別の誰かに人質に取られるってことも極少なくだけど可能性があるわね。

 その時こそ、死ね、の一言よ。

 エリオンは私より上なんだから、そう認めてるんだから、格下の私に助けなんて求めさせないし、求めるような人間なら上に立つ価値なんてないわ。そんなどうでもいい人間、好きに殺せばいい。ウィルも同じ。危険な職を望んでやっているんだから、もしものときは死ぬ分もお手当の中に入ってるわ。この二人に関しては、もう本当にありえないでしょうけど。


 そういうわけだから、もう一切問題ないのよね。

 私が何しても、枷はないのよねえ。


 私が王族偽装を持ちだしたのは、レイヴァン殿下に頼まれたから。

 頼みに応えてあげるたのは私の善意。そうよね?ジオルクが、そう捏造したものね?その後の態度で見えなかったって言っても、事実助けて、そう言いくるめられるぐらい、昔から一緒にいて私の性格もわかってるレイヴァンが一時的にでも言いくるめられるぐらい、材料がそろってたのよね?それってつまり、それが真実でも良いってことよね?


 その『善意』で『王太子様の頼みごとを聞いてあげた』私が、さらに善意で、リリーの本当の母親見つけ出してあげるのは、もう何の悪意も見えないわね。


 リリーの母親、ローズを連れてきてもいいし、一見普通のキノコと間違えそうな毒キノコを料理に混入させても『悪意のない事故』だし、エリオン派を煽ってレイヴァンを引きずり降ろしても『私がそんなことをするわけがない』し、よしんば私がそんなことしても『弟のように可愛がっているエリオンが可愛くてやったことで、レイヴァンたちのことを悪く思ってやったわけじゃない』わ。

 だって、二人の婚約を一番後押ししたのは私なのよ?

 私がわざわざ体裁整えて、なんとかできるようにしてあげたのよ?

 反対なら何もしなければよかっただけじゃない。

 私の立場なら、リリーを不敬罪でそのまま処罰することも出来たのに。


 だから、あれは完全な『善意』からの行動。


 ブラコンと名高い私が大好きなお兄様の意向に背く真似をするわけがないし。

 昔からレイヴァンの庇護者として立ち回っていて、婚約解消が決まった後も仲良くしていたし。

 今の今まで、私は二人に『何もしていない』し。


 まさか私が疑われるわけがないわよね?


 『善意』で『結婚出来るよう後押しした』後、私は留学に行ったりジオルクやエリオンと遊んでいて、二人にはほぼほぼ触れていない。

 『敵対行動は何一つしていない』んだから、これで疑うのはただの言いがかりだ。

 エリオンが参入してきたら危ういけど、身内の防御はしっかりしているし、ジオルクに後始末全部任せて国外脱出するだけだわ。私はウェーバーの人間なんだから、咎はウェーバーに行く。ネーヴィアは守れるし、ウェーバーにしても、あの連綿と続く家がこの程度で崩れるわけがない。過去にはそれ以上の危機もあったし、当主はジオルクだし、相手がエリオンでも上手く捌くだろう。


 ぬるいのよねえ、エリオンは。

 破綻するまで待つ?するわけないじゃない、破綻なんて。お兄様が背後にいるのよ?

 レイヴァンもリリーも、世間知らずなだけで馬鹿じゃない。すぐに破綻しなければ、そのままずっと現状を保つだろう。そのぐらいの学習能力はある。お兄様の庇護があればなおさらだ。

 エリオンは当初の予定通りこのまま待つみたいだけど、私とエリオンじゃ立場が違うのよ。


 エリオンは二人と対等かそれ以上だけど、私はあの二人の下なのよ。

 いつまでも、平民風情の足を見ているなんて、許さない。


 まさかお兄様が味方に付いたとはいえ、上の人間がほぼ事実を知っているのに黙らせていられるなんて、予想外だったわ。国外で宣戦布告したりして煽ったつもりなんだけど、逆効果だったかしら。中々上手くいかないものね。

 私は人望がないし、あの宣戦布告で『爆弾』と思われたなら、私の敵にはならなくても、私の味方にもなりそうにない。舐めていたつもりはなかったけど、ここはエリオンたちが上手だったってことね。素直に認めましょう。

 素直に認めて、爆発するわ。


 カードは揃っている。自分を守る盾も厳重に設置して、何重にも糸を張り巡らせて、その奥で大砲構えた爆弾が待っている。

 誰にも邪魔はさせない。

 あんな平民が私の上にいるというのも許せないし、待望の主人公じゃなかったことも腹立たしい。

 昔から仲良くしていたからレイヴァンはあえて追撃せず、落ちるのを見るだけに済ませてあげるけど、とにかく、壊さないと気が済まない。

 ずっと、十二年間仕込んできたのに、あっけなく裏切られて、たとえそれが自分のせいでも許容なんて出来ない。

 八つ当たりして、全部壊して、木端微塵に、粉砕しつくさないと溜飲を落とせない。

 お兄様に守られてのうのうと生きるなんて、出来るとは思わないことね。


 「―――セリア様、あの、そろそろ…」


 そろりとドアの向こうからプレシアが声をかけて来た。

 あのドS男はどんな顔をするかしら?これで「馬子にも衣装だな」とか言ったら、もう殴っても良いと思うの。


 ま、私の容姿は本気で好みみたいだから、精々見惚れてくれるでしょう。


 「今行くわ」


 返事をして、ドアから出て行く。



 ―――爆弾は、導火線に火をつけたらすぐに爆発するのよ?

 それまでに、逃げられればいいわねえ。




 花嫁はとびっきりの笑顔で花婿のもとに向かった。


















 とある世界のとある国のとある貴族の娘の話



 かつて、ある貴族の娘がいた。

 その娘はプライドがたいそう高く、類まれな美貌と優れた頭脳を持ち、誰にも敗北したことがないと謳われるほどの力と行動力を備えていた。

 娘の生涯は波乱万丈で、いろいろなものを壊し、いろいろなものを作り、多くの者に恨まれ、多くの者に感謝された。

 しかしあまりに飛びぬけた娘だったため、その功績は伝説や誇張とされ、後世ではその存在すらお伽話とされている。




 ―――娘のしたことは完全に闇に葬り去られ、真実を知る者は、もう誰もいない。


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