第008話 いつもの人たち
「おう! 力比べなら、負けた覚えがねえ!」
喫茶店ミナトの入口で、大男が自分の腕を叩いた。
ロッカが嬉しそうに笑う。
「いいなあ。今度、俺とやってくれよ」
「いつでも来い!」
「やるのは店の外でお願いね」
水を載せた盆を持って、リラがカウンターから出てきた。
「まず、座ってお話ししない?」
三人は大男と同じ、窓際の四人掛けへ座った。ロッカは図鑑の入った鞄を椅子の背へ掛け、ティーラの隣へ腰を下ろす。
ミカは大男を、改めて見た。
何度も見かけていた。カップが小さく見える人だな、とは思っていた。
その人に、ロッカが力で負けるかもしれない。
「リラさん。この人、何してる人なんですか?」
「あら。まだお名前も知らなかった?」
「会釈くらいしか、したことなくて」
「じゃあ、今日はちょうどよかったわね」
リラは水を置き、大男へ手を向けた。
「ヴィクター・ランスさん。探索者さんよ。それから、奥の席にいるのがカイン・タチバナさん。お二人とも、うちの常連さんなの」
奥の壁際で、端末を開いていた細身の男が顔を上げた。
あの人も知っている。いつも同じ席で、地図や数字ばかり見ている人だ。
「そっちの人も探索者だったんですか?」
「登録はしている」
カインは短く答え、こちらへ椅子を向けた。
「こちらはミカさん。配信をしているの。お連れのお二人も紹介してもらえる?」
「あ、はい。ロッカと、ティーラです。二人とも、さっき支部で登録してきたところで」
「九龍六歌。ロッカでいいよ」
「ボクはティーラ。よろしく」
ティーラも顔を上げた。ヴィクターが笑って頷き、カインも小さく頷く。
「私はここの店主、リラ・ミナト。どうぞよろしくね」
リラがメニューを広げると、ロッカとティーラの視線が同じ写真へ止まった。
厚いハンバーグを、パンで挟んだサンドだった。
「これ、肉か?」
「そう。熱いうちに出すわよ」
「じゃあ、これにする」
「ボクも」
ヴィクターが身を乗り出した。
「いいぞ、それ。肉がでかくてな。俺はいつも二つ食う!」
「二つ……」
ティーラが写真を見直した。
「ティーラは一つ食べてからね」
「うん。今の腹は、もう分かった」
ミカは笑いながら、自分も同じものを頼んだ。今日は打ち合わせ代として出すつもりだった。次は三人で稼いだお金で来たい。
注文を書き終えたリラが厨房へ戻ると、ヴィクターがミカの肩の横を覗き込んだ。
「それで撮ってるのか?」
「ポチです。今は止めてますよ」
「そうか! 撮るときは言ってくれ。いい顔をする!」
「今も十分、いい顔してますけど」
「はっは! そうだろう!」
本当に嬉しそうだった。
ミカは少し笑ってから、テーブルへ身を寄せた。
「ヴィクターさんは、どんな仕事してるんですか? やっぱり強い魔物とか?」
「そっちをやりたいんだがな。今は、荷物を運ぶ仕事を探してる」
「運ぶ方?」
「今は討伐の仕事を受けられなくてな。持つ、運ぶ、引っ張る。そういうのなら任せろ!」
ロッカが頷いた。
「俺たちも、それならできるって言われた」
「おっ、一緒だな!」
登録したばかりの二人と、この大男が同じ仕事を探している。
ミカが理由を尋ねようとしたところで、奥から声がした。
「運ぶ人間がいるなら、こっちの仕事もできる」
カインが端末を持ち上げた。画面には、曲がりくねった通路の地図が映っている。
「それ、ダンジョンの地図?」
「機材を回収する依頼だ。運ぶ順番と帰る道を組んでいた」
「カインも行くのか?」
ロッカに聞かれ、カインは自分の机を指で叩いた。
「俺はここだ」
「……ここ?」
「現場の映像を見て、外から指示を出す」
ミカはカインと、端末の地図を見比べた。
「そういう仕事をしてたんですね。いつも何を見てるのかなって思ってました」
「仕事を探していた。だが、依頼主に誰が運ぶのかと聞かれた」
「それで?」
「いない、と答えた」
「……そこは揃えてから応募しようよ」
「だから今、声をかけている」
カインは端末を置いた。
ロッカが、自分とヴィクターを順に指さす。
「じゃあ、俺たちが動けばいいのか」
「映像と、現場で見たことを伝えてもらう。俺には見えない場所もあるからな」
「ボクもいる」
ティーラが手を上げた。
「足元を見るの、得意」
「なら、そこも頼める」
カインの指が地図の上を動きかけた。
「ちょっと待って」
ミカが間へ入った。
「皆、もう仕事の話してるけど、まだ名前を覚えたばっかりだからね?」
「そうだな!」
ヴィクターが頷いた。
「もう少し話そうぜ。なあ、あの竜、どこを持つと一番――」
「そっちも待って。私にも分かる話にして」
ロッカが吹き出した。
ミカもつられて笑い、カインへ向き直る。
「カインさんは、戦えるんですか?」
「無理だ。だから指示を出す」
迷いのない返事だった。
「そこ、はっきり言うんだ」
「俺が殴り合いに行ってどうする。頭を使う方で働く」
「自信あるんですね」
「天才だからな」
端末を閉じながら、当然のように言った。
「……それ、自分で言う人、初めて見た」
「俺も、天才に会ったのは初めてだぞ!」
ヴィクターが嬉しそうにカインを見た。
「いけるな。俺が持って、あんたが考える!」
「まだ何を運ぶかも決まっていない」
「何だって持つ!」
ミカはポチへ目を向けた。
この人たちが一緒に働くところを撮れたら、どんな配信になるだろう。
ロッカとティーラだけでも、十分にすごい。そこへ、この二人が加わる。
怖い魔物のことより先に、撮りたい画面が浮かんだ。
「……一回、やってみません?」
四人がミカを見た。
「私とポチが撮って、カインさんが指示を出す。三人が動く。いきなり大きな仕事は無理でも、何か一つ、一緒に」
「それなら、ちょうどお願いがあるんだけど」
厨房から、リラが顔を出した。
「裏の物置にある冷蔵庫を、庭の回収場所まで運んでもらえないかしら。古いのを業者さんに引き取ってもらうの」
「任せろ!」
ヴィクターが立ち上がった。
「まだ大きさも聞いてないよ?」
「冷蔵庫なら知ってる!」
「知ってるだけで運べるなら、私だって知ってるけど」
「手伝ってくれたら、さっき注文してくれたお昼はごちそうするわ。コーヒーもつけて」
ロッカとティーラも、揃って立ち上がった。
「俺、やるよ」
「ボクも」
「……俺の分もあるか?」
カインが尋ねると、リラは笑った。
「働いてくれたらね」
カインがもう一度、端末を開いた。
「ミカ。そのカメラの映像を、こっちへ送れるか」
「できますけど」
「つないでくれ。運ぶ道を見る」
ミカはカインの端末へ、ポチの映像を送る通信をつないだ。
「せっかくだから、配信もしていいですか? 運んでるところだけ」
「店の裏だけなら、いいわよ」
リラの返事を聞き、ミカは四人も見た。
「おう、撮れ撮れ!」
ヴィクターが胸を張った。ロッカとティーラも頷く。
「俺の指示も入れろよ」
カインが端末をこちらへ向けた。
「じゃあ、裏に出たら始めますね」
ロッカは鞄を椅子へ置き直した。カインを店に残し、四人でリラについて勝手口を出る。
ミカはポチを振り向いた。
「配信と、コメントの読み上げもお願い」
「配信を開始しました」
ポチのレンズがミカへ向いた。
「こんにちは。今日はこの人たちと、冷蔵庫を運びます!」
店の脇の細い通路を抜けると、奥に物置があった。リラが扉を開ける。
中には、ミカの背より高い銀色の冷蔵庫が置かれていた。
「電源は抜いてあるわ。中も空よ」
リラは料理の準備をするために店へ戻った。ミカたちは入口の外へ下がり、ヴィクターが中へ入るのを見守る。
「よっしゃ、すぐ終わるぞ!」
ヴィクターが冷蔵庫を両側から抱えた。重そうな箱が、床からあっさり浮く。
そのまま入口へ向かい、一歩手前で止まった。
「……おい」
「どうしたの?」
冷蔵庫そのものは、扉を通る。
けれど、冷蔵庫の両側を抱えたヴィクターの腕が、入口の幅を超えている。
「俺が通らねえ」
「持つ前に気づこうよ」
「どうする? 入口広げるか?」
ロッカが冷蔵庫を指さした。
「お前、変なやつだな。もう捨てる冷蔵庫なんだろ? だったら潰せばいいじゃん」
いいことを思いついた顔で、ロッカが笑った。
ティーラが、ミカの袖を引いた。
「ミカ、肉まだ?」
「カオス!」
ミカが叫ぶと、ポチがコメントを読み上げた。
「コメントです。『ミカ、その面白い人たち誰?』」
端末の画面にも、コメントが続く。
〈会話の中身がダンジョンより怖いww〉
〈全員変w〉
手元の端末から、声がした。
『そのイカれた二択は却下だ。リラが、そのまま業者に渡す約束だと言っている。どっちも壊すな』
店に残ったカインだった。
『ミカ、入口を正面から映せ。先に、通る向きを決めるぞ』
「……いや、すぐ裏なんだから見に来ればいいじゃん」
ミカが呟くと、返事が来た。
『俺の指示だけで運べたら、この映像を次の依頼に使えるだろ』
「自分の宣伝も兼ねてる?」
『当然だ』




