第007話 原始人、探索者登録
「これ、どのくらいまで耐えられる?」
ロッカが尋ねたのは、力を測る機械の頑丈さだった。
二〇五六年十月二十四日の朝。立川にある日本探索者協会東京支部の地下試験場で、ミカは隣の男を見上げた。
「そういうの先に聞くんだ。えらいね」
「壊したら悪いし」
青梅の管理棟から協会の連絡車で来た三人は、上の階で帰還者の手続きを済ませていた。
ロッカとティーラは、名前の入った仮の身分証を受け取った。そのあと探索者の窓口へ行き、今は登録試験の最中だ。
ミカは取得済みの探索者証を見せ、付き添いとして入れてもらっていた。ポチも撮影を止めて、肩の横に浮いている。
ロッカの鞄は、実技の間だけミカが預かっていた。槍と牙斧は、青梅の管理棟に置いてきている。
試験場は、学校の体育館ほどの広さがあった。入口に近い側には測定器が並び、奥には障害物と、打撃を受けるための分厚い的が置かれている。
ロッカの前にあるのは、胸の高さに二本の握り棒がついた機械だった。
「両側をつかんで、ゆっくり内側へ押してください。上限が近づいたら音が鳴りますから、そこで止めていただければ」
試験官が答えると、ロッカは頷いた。
棒を握る。
肩が少し動いたところで、機械が鳴った。
「はい、そこまで!」
ロッカが手を離す。
試験官は画面を確かめ、もう一度、本人を見た。
「……今、どのくらいの力でした?」
「まだ、あんまり」
ミカは機械へ目を向けた。画面の棒グラフは、端まで伸びたまま止まっている。
「これ、S級の人も使う機械ですよね?」
「ええ。普段は、こちらで測れます」
試験官は少し考えてから、記録に何かを書き込んだ。
「力は上限を超えていると記録します。次は、怪我人を運んでいただきます」
次は、奥の障害物がある区画へ移った。
低い梁と狭い曲がり角を組み合わせた通路の入口に、大人ほどの人形が寝かされている。
「怪我人を想定しています。この人形を、向こうの白い線まで運んでください。頭や手足を壁に当てないようにお願いします」
ロッカは人形の前へしゃがんだ。頭を支え、膝の下へ腕を入れて抱き上げる。
通路へ入る前に一度奥を覗き、身体を横にした。
人形の足先を先に曲がり角へ通す。低い梁の下では、自分が屈むより先に、人形の頭を胸元へ寄せた。
梁にも壁にも触れず、白い線の向こうへ出る。
最後は片膝をつき、人形の背中からゆっくり床へ下ろした。
試験官が手元の画面を確認する。
「接触なし。結構です」
「よし」
ロッカが人形の腕を胸の上へ戻した。
ミカは、青梅の待合室で迷子の子へ場所を空けた姿を思い出していた。
あの力で触っても、痛くないようにできる。
ティーラが隣から、通路を覗き込んだ。
「昔、ボクも運んだ」
「ああ。小さい頃はな。途中から俺の方が運ばれるようになったけど」
「ロッカ、よく落ちる」
「背中で寝ると揺れるんだよ」
ミカは二人を見比べた。
背中で、寝ようとしたんだ。
続いてティーラも人形を運び終え、二人は打撃の試験へ進んだ。
黄色い線の向こうに、三つの的が並んでいる。拳を受ける板の背後には太い金属の支えがあり、床へしっかり固定されていた。
「光った的を一度ずつ叩いてください。離れた場所へ移る速さと、打撃の強さを測ります」
ティーラは両手を開き、握り直した。
「噛まなくて、いい?」
「叩く方でお願いします」
「分かった」
ミカはロッカの隣へ下がった。
最初はゆっくりだった。
右端の的が光ると、ティーラはそこへ走り、拳を当てた。次は左端。さらに真ん中へ移る。
試験官が速さを上げた。
ティーラは追いついた。
もう一段、速くなる。
ミカが光った場所へ目を向けたときには、もう拳が入っていた。
足音が短く続き、重い音が三つ響く。
右端へ走ったはずのティーラが、次の瞬間には左端の的を押し込んでいた。
受け止める金属の支えが、深く縮む。
的の光が消えた。
ティーラは最後に叩いた板の前で止まり、試験官を振り向いた。
「もう一回?」
「……いえ。十分です」
試験官が、端末をこちらへ向けた。
反応も、打撃も、S級の基準を示す線を越えていた。
「ティーラも、こんなに……」
「俺の背中、ずっと守ってくれてたんだぞ」
ロッカは、少しも驚いていなかった。
ティーラがこちらへ戻ってくる。その途中で、一枚の床板を避けて足を置いた。
「ここ、音が違う」
試験官が頷く。
「荷重で沈む踏み板です。足元を確認する課題で使います」
「……私、試験のとき、それ踏んだ」
ミカが呟くと、ティーラが振り向いた。
「次、一緒に見る」
ミカは笑って頷いた。
「うん。お願い」
そのあとの確認も終わり、昼前には三人で一階の登録窓口へ戻った。
ロッカとティーラは、並んで椅子へ座った。ミカはその後ろに立ち、二枚の新しい探索者証が机に置かれるのを見た。
「お二人とも、登録は完了です。受けられる仕事は、まず低い等級のものからになります」
「さっきの試験でも、そこからなのか?」
「はい。力と、仕事の実績は別に記録します。今日の結果は残りますので、実績を積めば上の等級へ進めます」
ロッカは少し考え、尋ねた。
「今の俺たちでも、金をもらえる仕事はある?」
「あります。調査や荷物の運搬など、今日の試験結果に合うものをご案内できますよ」
「じゃあ、やってみたい」
「ボクも」
二人が探索者証を受け取った。
ティーラは自分の名前があるのを確かめ、紺の上着のポケットへしまった。今度は、ロッカの鞄へ預けなかった。
ミカも自分の探索者証を机へ出した。
「私の配信で、二人の調査に同行したいんです。撮影の申請も一緒にできますか?」
「できます。依頼によって撮影できる範囲が違いますので、申し込むときに確認してください」
ミカは頷き、二人へ向き直った。
「ロッカ、ティーラ。私、二人と番組を作りたい」
言ってから、少しだけ息を吸った。
「二人が探索して、私が撮る。配信で稼げた分も、ちゃんと分ける。……そういう仕事、どうかな」
ロッカはすぐに頷いた。
「いいよ。ミカも一緒に来るんだろ?」
「うん」
「じゃあ、そうしよう」
ティーラも頷いていた。
ミカは端末を持ち直した。二十三人に向かって、次の企画をどうしようかと話していたのは、つい四日前だった。
今は、その次に一緒に行く人がいる。
手続きを終え、ミカは預かっていた鞄をロッカへ返した。三人で支部の正面玄関から外へ出ると、道路の向こうには店が並び、駅へ向かう人が歩いていた。
「このあと、寄ってほしい店があるんだけど」
ミカが言うと、ロッカが顔を向けた。
「仕事の店か?」
「喫茶店。ミナトっていうの。私、よく行くんだ」
「飯も食える?」
「食べられるよ。店主のリラさんにも、二人を紹介したいし」
隣でティーラが、自分のお腹に手を当てた。
「ボクも、行く」
「昨日みたいに、いきなり三キロは頼まないでね」
ロッカが笑って頷いた。
駅前の通りから一本入ったところに、喫茶店ミナトはあった。ミカが木の扉を押すと、コーヒーの匂いがした。
「リラさん、こんにちは。今日、二人連れてきたんですけど」
「いらっしゃい。どうぞ、空いている席へ」
カウンターの向こうで、リラが顔を上げた。
窓際には、見覚えのある大男が座っていた。いつも、カップが妙に小さく見える人だ。
名前は知らない。話したことも、ほとんどなかった。
その男がロッカを見るなり、笑って立ち上がった。
「おお! あんた、あの竜のやつか!」
「ああ。見てたのか?」
「見た見た! 俺、あんたと話してみたかったんだよ!」
差し出された右手を、ロッカが握った。
離しかけたその手が、止まった。
ロッカが少し握り直す。大男の顔が、ぱっと明るくなった。
「おっ、いいな!」
「……すげえな、あんた」
「はっは! 分かるか!」
握手をしているだけなのに、二人とも楽しそうだった。
ミカはロッカの顔を覗き込んだ。
「何? どうしたの?」
ロッカは手を離し、自分の手を一度握った。それから、大男を見上げる。
「なあ。あんた、俺より力が強いのか?」




