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恐竜ダンジョンで30年生き抜いた男、ドラゴンを素手で止めたらダンジョン配信でバズった~新人F級ですが、相棒のティラノサウルスも人間になったので一緒に無双します~  作者: レイヴ
第一章 帰ってきた原始人

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第005話 三回、たたいた

 ロッカが一階へ下りると、受付の職員が裏の広場へ駆けていくところだった。


 窓の向こうで、青梅ゲートが白く輝いていた。


 あそこから、ティーラが出てくる。


 ロッカは管理棟を飛び出し、黄色い見学柵の前まで走った。けれど、ゲートを覆っていた光は、もう薄れ始めていた。


 屋根の下に、巨大な恐竜の姿はなかった。


「誰か、出てきたのか!」


 柵の内側にいた職員が振り向いた。


「女性が一人。今、建物の中へお連れしました」


「女の人?」


「はい。奥の保護室です」


 ロッカは光の輪を見た。


 また、違ったのか。


 それでも、森から来た人なら、ティーラを見たかもしれない。


「その人と、話せるか?」


「確認します。中へお戻りください」


 管理棟へ戻り、受付の前で待った。ほどなく、先ほどの職員が奥の部屋から出てくる。


「お会いできそうです。こちらへ」


 案内されたのは、一階の廊下の突き当たりにある保護室だった。


 開けられた扉の向こうに、若い女が座っていた。


 二十歳くらいだろうか。暗い茶色の髪が肩へ落ち、大きめの灰色の上着を着ている。袖からは指の先しか出ていなかった。


 借りた服らしく、ズボンの裾も折り返してある。


 女はロッカを見ると、椅子から立った。


 金色に近い目が、大きく開く。


「あんた、森から来たのか?」


 女は頷いた。


「そこに、ティラノサウルスがいただろ。でかいやつ。ティーラっていうんだ」


 言いながら、女の顔を見た。


 妙に近い。


 返事を待つ間にも、彼女はまっすぐ歩いてきた。ロッカの前で止まり、片手を持ち上げる。


「……どうした?」


 指が、ロッカの手の甲に触れた。


 とん、とん、とん。


 ロッカは動かなかった。


 女はもう片方の手で、彼の服をつかんだ。それから少し背伸びをして、額を胸へ押しつけてくる。


 顔を寄せて、返事を待つ。


 狩りから戻ったときも、ロッカが熱を出したときも。邪魔だと言っても、鼻先を押しつけて離れなかった。


 その頭を、いつも両手で押し返していた。


「……ティーラ?」


 女が顔を上げた。


 口を開く。何かを言おうとして、息だけが漏れた。


 一度唇を閉じ、もう一度、ゆっくり開く。


「ロッカ」


 知らない声だった。


 それなのに、名前を呼んだあと、褒めてほしそうに少し首を傾ける。その顔を、ロッカは知っていた。


「おまえ……」


 肩へ手を置いた。


 小さかった。


 両手でも抱えきれなかった首も、寄りかかられると倒れそうになる頭も、ここにはない。


 けれど、服をつかむ指は離れなかった。


「ティーラなのか」


 彼女は何度も頷いた。


「ボク、ティーラ」


 ロッカは抱き寄せた。


 腕の中に、すっぽり収まった。


「……帰ってきたのか」


 ティーラの両腕が背中へ回る。上着の袖が引っかかり、一度もぞもぞと動いてから、ぎゅっと抱きついてきた。


 ロッカは目を閉じた。


 光の壁の向こうで、届かなかった鼻先を思い出す。


 何度も手を伸ばした。


 最後まで、何にも触れなかった。


「迎えに行くって、言ったのにな」


 背中を抱く手に、力がこもった。


「戻れなくて……悪かった」


 ティーラが身体を少し離し、ロッカを見上げた。


 眉を寄せている。


 その顔にも、覚えがあった。怪我をしたロッカが、平気だと言って立ち上がろうとするときの顔だ。


 頬へ手が伸びてきた。


 目の下を拭おうとして、指が髭に引っかかる。ティーラは一瞬だけ手を止めたが、もう一度、今度はそっと触れてくれた。


「ロッカ」


「……うん」


「だいじょうぶ」


 声が、少し震えていた。


 ロッカはまた彼女を抱いた。


「ああ。おかえり、ティーラ」


 胸元へ顔を埋めたまま、ティーラが小さく答えた。


「ただいま」


 やがて、ロッカはティーラを抱いていた腕を緩めた。二人で壁際の長椅子に腰を下ろすと、職員が水を運んできてくれた。


 落ち着いてから身体の検査をするので、今はここで待っていてほしいと言われた。


 職員が部屋を出て、静かに扉を閉めた。


 彼女はロッカの片手を、両手で挟んでいる。


 ロッカはその指を見ていた。人間の指が五本。爪も、小さく丸い。


「……本当に、人間になったんだな」


 ティーラは頷き、自分の手を開いてみせた。


 それから、またロッカの手をつかむ。


「どうやって来たんだよ。おまえ、光のところで弾かれてただろ」


「ロッカと……いっしょ」


 ティーラは途中で言葉を切り、喉へ指を当てた。思うように声が出ないらしい。


 それでも、握った手を持ち上げて、もう一度言う。


「いっしょに、行く」


「……そのために、こうなったのか」


 頷く顔を、ロッカは見つめた。


 自分を追って、ここまで来た。


 ロッカはその手を握り返した。


「よく来てくれたな」


 ティーラが笑った。唇の隙間から、少し尖った犬歯が見えた。


 ロッカも笑おうとしたが、思い出して口を閉じた。


「ティーラ。母さんたちのことなんだけどさ」


 彼女が首を傾げる。


「もう、いないんだって。俺がいなくなった日に、二人とも」


 ティーラの手が止まった。


「会わせたかったな」


 ティーラは俯いたロッカの肩へ、額を寄せた。


 しばらく、そうしていた。


 ロッカは、彼女の髪へ頬をつけた。


 少しして様子を見に来た職員に、ロッカはミカへの連絡を頼んだ。


 三十分ほど経ったころ、廊下から足音が近づいてきた。


「ロッカ、ゲートがまた――」


 保護室の入口で、言葉が止まった。


 長椅子に座るロッカと、その手を握っている女を見比べる。


「……お知り合い?」


「ティーラだよ」


「うん。……え?」


 ミカは一度扉の外へ目を向け、それから戻した。


「ティラノサウルスの?」


「ああ」


「……人だよね?」


「俺も、さっき同じこと思った」


 ティーラがミカを見た。


「ミカだ。俺がこっちへ帰ってから、ずっと手を貸してくれたんだ」


 ティーラはロッカの手をそっと放し、立ち上がった。


 ミカの前へ行き、両手で彼女の手を握る。


「ありがと、ミカ」


 ミカは目を丸くしたまま、頷いた。


「……うん。どういたしまして」


 足元のポチが、レンズを伏せたまま声を出した。


「ミカさん、お部屋の入口を塞いでいます」


「あ、ごめん」


 ミカが中へ入り、扉を閉めた。ティーラがポチを目で追う。


「それ、食い物じゃないぞ」


 ロッカが言うと、彼女は少し不満そうに振り向いた。


「……知ってる」


「分かってるならいいんだ。前、俺の水筒もかじったから」


 ティーラがロッカの腕を軽く叩いた。


 叩かれたところを押さえながら、ロッカは笑った。


 今のも、何度もあったやり取りだ。


 ミカが空いている椅子を引き寄せた。


「よかったね、ロッカ」


「……うん」


 隣へ戻ってきたティーラを見て、頷いた。


「帰ってきた」


 そのとき、ぐうう、と大きな音がした。


 三人とも、黙った。


 ティーラが自分の腹を見下ろしている。


「腹、減ったか?」


 すぐに頷いた。


「何が食いたい?」


「肉」


 今までで一番、はっきりした声だった。


「そこは変わらないんだなあ」


 ロッカが笑うと、ティーラも笑った。


 ミカが端末を出した。


「検査が終わったら、食べに行こうか。近くにお店あるから。それと、ロッカ」


「ん?」


「出かける前に、その髭、剃ろう。服も用意しようよ。二人の分」


 ロッカは顎を撫でた。そういえば、さっきティーラの指に引っかかっていた。


「そうだな。ちゃんとするか」


 ティーラが、握った手を少し引いた。


「ボクも、行ける?」


「もちろん。おまえの好きな肉を食いに行くんだから」


 ティーラは部屋の扉を見た。


 人が二人、並べるくらいの幅だった。


「おまえも通れるよ」


 ロッカは手を握ったまま、立ち上がった。


「今度は、一緒に行こうな」

ここまで、二人の再会を見届けてくださって、ありがとうございます。


ロッカとティーラのこれからも読みたいと思っていただけたら、★評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


次回、第006話「人間の初日、肉三キロ」。

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