第027話 恐竜マークの店で、恐竜育ちが沼に落ちた
「ミカ。あの店、入ろう」
ロッカが足を止めた。
十一月十九日の朝。立川の通りに面した店の看板には、大きなティラノサウルスが描かれていた。短い前脚を曲げ、口を開けている。
その下に、ダイナソウの文字。
「そこが今日の一軒目だよ。キャンプ用品の専門店」
ミカが答え終える前に、ティーラも看板を見上げた。
「かわいい」
「もう、二人とも捕まってる……」
五人で中へ入ると、大きなテントがいくつも張られていた。棚には鍋やランタンが並び、奥には寝袋の入った袋が、色ごとに積まれている。
撮影の許可をもらったミカがポチを呼ぶ間に、ロッカは緑のテントへしゃがみ込んでいた。
「これ、一人で使うやつか?」
「はい。冬にも使える型です」
店員が入口を開けてくれた。
中へ手を入れたロッカは、値札へ顔を向ける。
「七万八千円。……これ、一個の値段?」
「そう。寝袋と下に敷くものは、別だよ」
ミカが言うと、ロッカはもう一度、中を覗いた。
「今のは、全部で四千円だったぞ」
「ここ、ちょっといいお店だからね」
〈恐竜マークに吸い寄せられたw〉
〈ダイナソウは危険〉
〈五十万持って来るとこがそこか〉
隣では、ティーラが青いテントの布を触っていた。
「畳んだら、どのくらいになる?」
見せてもらった袋を抱え、物置の棚へしまうときの大きさを確かめている。
ロッカも選びかけていたが、奥の売り場へ目を向け、そのまま立ち上がった。
「あれ、何するところだ?」
黒い金属の台に薪が組んであった。脇には低い椅子が二つ。その間の小さなテーブルに、マグカップが載っている。
「焚き火の道具です。椅子に座って、火を見ながら過ごしていただくんですよ」
店員が説明した。
ロッカは、小さな椅子の背を押した。
「これ、俺が座ってもいいのか?」
「どうぞ」
腰を下ろすと、足を楽に投げ出せた。背中を預け、火のついていない薪を見る。
「いいな、これ」
「料理をしなくても、火を見てるだけでいいんだよ」
ミカが言うと、ロッカは隣の椅子をティーラへ勧めた。
「座ってみろよ」
「うん」
二人が並ぶと、テーブルのマグまで手が届いた。
ティーラが片方を取り、両手で包む。白いカップの横には、看板と同じティラノサウルスがいた。
「これにも、いる」
「ほんとだ」
「ボク、この子のがいい」
ロッカも、もう片方を取った。
「俺もこれにしよう。椅子も欲しいな。あと、この台」
ミカは二人と、テーブルと、薪を順に見た。
「ああ、沼ってる……!」
「沼?」
「一個欲しくなると、ほかの道具も欲しくなるの。椅子を買ったらテーブル、テーブルを買ったらカップ、みたいに」
ロッカは手元のティラノサウルスを見た。
「……これ、抜けるの難しそうだな」
「今、抜ける気ないでしょ」
「うん」
〈即答w〉
〈恐竜マグは買うしかない〉
〈その椅子で肉食ったら帰れなくなるぞ〉
ヴィクターは小さなポットを持ち上げた。
「コーヒーにも使えるな。これ!」
「ヴィクターさん。道具が原因じゃないですからね」
「次はうまく淹れるって!」
その奥では、カインが別の椅子へ座っていた。
「海にも持っていけるか」
「はい。畳めば、この袋に入ります」
「これを一つ」
「カインさんまで!」
ロッカとティーラは緑と青のテントを選び、暖かい寝袋と、充電して使う敷きマットも買った。椅子とマグは一人ずつ。焚き火台と低いテーブルは、二人で使うことにした。
「焚き火は、今度キャンプ場に行ったときね。海へ行く分のお金も、残しておこう」
「分かった。今夜は、椅子だけ出そうかな」
「朝は、ちゃんと畳むよ」
ティーラも言った。
会計は、共用するものを半分ずつにして、一人十六万八千円だった。
大きな荷物はミナトへ届けてもらい、二人はマグの袋だけを持って店を出た。
「これで飲むの、楽しみだな」
「うん」
ティーラは袋の中を、もう一度覗いた。
次の店は、二本先の通りにあった。入口に探索者向けの武器が並び、奥には、買う前に試せる場所もある。
「手につける武器を見たいんです。爪があって、殴ることもできるもの」
ミカが伝えると、店主は棚から一組の手甲を下ろした。
手の甲に短い爪が三本。拳を覆う部分は丸く厚く、掌と指は開いている。
ティーラは左手にはめ、指を曲げた。
「もっと爪が短いの、ある?」
「こちらなら。物をつかむときも邪魔になりにくいですよ」
替えてもらうと、今度は拳を作ってから、ゆっくり開いた。
「こっちがいい」
店主の案内で、奥へ進む。
台につながった鉄の輪へ爪を掛け、引いた。重りが持ち上がる。手を開けば、すぐに離せた。
続いて、吊られた練習袋へ拳の丸い部分を当てる。揺れて戻ってきた袋を、同じ手でつかんで止めた。
「握れるね」
ティーラがロッカへ見せた。
「うん。動かしやすいか?」
「すごく」
店主は、止まった袋を見ていた。
「……お使いになる力に合わせて、留め具も確かめましょう」
調整してもらう間、ティーラは右手の分もはめた。左右の手を確かめてから、ミカを見る。
「ボク、これを買う」
「うん。気に入ったのがあって、よかった」
一組、八万八千円。ティーラは自分のお金で払い、袋に入れてもらった武器を受け取った。
ヴィクターも、大斧を一本選んでいた。
「借りたあの斧、使いやすかったからな。俺にも一本、欲しくなったんだ」
握りを合わせてもらい、試し場で短く振る。刃を止めてから、満足そうに持ち上げた。
「これにする!」
武器をしまって店を出ると、ミカは道の向こうを指した。
「次はあっち。探索者用の上着を作ってくれるお店」
防具屋の中には金属の胸当てもあったが、壁の半分は上着だった。店員が、軽くて擦れに強い生地のジャンパーを広げてくれる。
ヴィクターが袖を通し、腕を曲げた。
「おっ。これなら動くぞ」
「お客様の分は、肩と袖を少し広げましょう。五着とも、この紺色でよろしいですか?」
ミカがロッカたちを見る。ティーラは胸元に当てた上着を、鏡へ向けていた。
「ボク、これがいい」
「俺も」
「じゃあ、五人分、お願いします」
「肩に入れる文字は、こちらの大きさで?」
店員が小さなFを示すと、ヴィクターの指が伸びた。
「もっとでかく! このくらい!」
〈わざわざFを拡大する客〉
〈絶対見逃せないFになるw〉
〈五人で着たとこ撮ってくれ〉
カインも、布に置かれたFを見ていた。
「いいな」
「カインさんも、それでいいんですね」
「俺の分も同じにしろ」
五着で十二万円。一人二万四千円ずつ払い、翌日の夕方に受け取ることになった。
店を出たミカは、ポチを少し下げた。
「最後に、もう一軒」
「まだ何か要るか?」
ロッカが聞くと、ミカは端末の地図を開いた。日本の南へ画面を動かし、小さな島を指す。
「行き先、石垣島にしよう。沖縄の島。海で泳ぐなら、水着も買おうよ」
「そっちは、寒くないのか?」
「こっちより暖かいけど、十一月だからね。海の様子がいい日に、水着の上からウェットスーツを着て入ろう。向こうで借りられるって」
「海に入るときの、暖かい服?」
「そう。それの下に着るものを選ぶの」
水着の売り場へ着くと、ティーラは青いものを見つけた。肩から腰までつながった形で、背中にも細い線が入っている。
「これ、泳ぎやすい?」
「試してみよう。腕を動かして、きつくないかもね」
ミカは撮影を止め、ティーラと試着室へ向かった。
戻ってきたティーラは、選んだ水着を胸の前で持っていた。
「これにする」
「テントも青で、水着も青だな」
ロッカが言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「うん。これで泳ぐ」
ロッカも緑の水着を買った。ヴィクターは大きなサイズを探してもらい、ミカも自分の分を選ぶ。
カインは、その間、買ったばかりの椅子に座って待っていた。
「お店にも椅子、あるんですけど」
「俺のを試している」
「気に入ったんですね」
「海は、これでいい」
買い物を終えると、ティーラは武器と水着の袋を見比べ、それから恐竜マグの袋を抱え直した。
「海にも、これ持っていこう」
「ああ。使おうな」
ロッカが答えたとき、ミカの端末に予約の画面が出た。
「飛行機、五人分取れたよ。十一月二十三日、出発」
「あと四日か」
ティーラが指を四本立てた。
「寝て、起きて、四回」
「新しい寝袋から、ちゃんと出てきてね」
ミカが言うと、ロッカはマグの袋を持ち直した。
「その日は、一回で起きるよ」




