第028話 恐竜育ちの二人、五人で海へ行く
ティーラは、砂浜へ出たところで足を止めた。
木立の向こうに見えていた青が、視界いっぱいに広がっている。波打ち際は砂の粒まで透け、その先は明るい緑、もっと遠くは濃い青だった。
向こう岸がない。
白い波が崩れ、足元の砂を濡らして戻っていく。
「……海だ」
ロッカも隣に立った。しばらく二人で眺めてから、ティーラが鞄の肩紐を握り直す。
「ボク、早く入りたい」
「着替えてこよう。あっちで借りられるって」
十一月二十三日。五人は、石垣島へ来ていた。
朝、ミカがミナトの裏庭へ迎えに行くと、二人のテントはもう畳まれていた。ロッカは靴も履き終えて、門のそばで待っていた。
三日前に受け取った紺のジャンパーも、五人分揃っている。立川では首まで閉めていたが、ここでは前を開けてちょうどよかった。
ミカが浜の店で撮影を確かめ、ポチを呼んだ。
「皆さん、こんにちは! 今日は石垣島に来ています。五人、揃いました!」
レンズが海へ向き、砂浜にいる四人を順に映す。
〈海だあああ〉
〈カインさんまで来てる!〉
〈肩のFでっかw〉
「いいだろ! どこから見てもFだぞ!」
ヴィクターが肩を突き出した。その向こうで、カインは木陰に椅子を広げていた。
「もう休憩ですか」
「景色を見に来たんだ。よく見える場所に座る」
ミカも、椅子の向こうへ目をやった。
木陰から波打ち際までは、まっすぐ砂が続いている。泳ぐ場所の浮きも見えた。荷物を置いて、あとで休むのには、確かによさそうだった。
「じゃあ、鞄もお願いします。濡らしたくないもの、預けますね」
「恐竜のカップも、ここでいいか?」
ロッカが袋を持ち上げると、カインは椅子の横を示した。
「砂が入らないよう、閉じておけ」
四人は、買った水着の上に、借りたウェットスーツを着て戻ってきた。店の人に使い方を教わったマスクと、浮くためのベストもつけている。
ポチは浜に残し、水際から撮ってもらうことにした。
ティーラが、ロッカと並んで波へ足を入れた。
膝まで来た水が引くと、踵の下で砂が動く。彼女は少し足を開き、次の波を待った。
今度は、来るのに合わせて歩いた。
「これ、気持ちいいね」
ロッカは水の中の自分の足を見た。向こうに、ティーラの足も見える。波が通るたび、二人の影が砂の上で揺れた。
小さな魚が、浅瀬を横切った。
二人が同時に顔を向ける。
「捕らないでね! 今日は見るだけ!」
後ろからミカが声を掛けると、ロッカは片手を上げた。ティーラは、伸ばしかけた指を引っ込める。
〈今ちょっと手が出たぞw〉
〈水族館連れていくときも気をつけて〉
〈今日は見るだけだからな!〉
「分かってるよ。小さいし」
「大きくても駄目!」
ティーラが笑った。
浮きの内側まで進み、マスクを顔へ下ろす。水へ顔をつけると、背中が浮いた。腕で水をかき、足を動かす。
すぐ下を、さっきとは別の魚が通った。
目で追いかけているうちに、少し先まで泳いでいた。顔を上げると、ロッカが隣で待っている。
「見えたか?」
「黄色いのがいた。石の下に入ってった」
「俺は、青いやつも見たよ」
ティーラは、もう一度マスクを直した。
「次、そっちを見てくる」
今度は、顔を上げずに少し長く泳いだ。ロッカもついていく。
ミカは二人の背中を見送り、遅れて浅瀬へ来たヴィクターへ手を振った。
「ヴィクターさんも、魚を見ましょうよ」
「おう! そっちか!」
大きな腕が水をかいた。
ミカの顔まで、しぶきが来た。
「私の向こうで泳いでください!」
「悪い! ちょっと離れる!」
顔を拭っている間に、また水音がした。ミカは目を閉じたまま笑った。
ひと泳ぎして戻ると、ティーラは波打ち際へしゃがんだ。寄せてきた水に手を入れ、指の間からこぼす。
ロッカも隣へ腰を下ろした。
「足、疲れたか?」
「ううん。もうちょっと、ここにいる」
海は、座って見ても広かった。
ティーラは肩の濡れた髪を払い、遠くへ目を向けた。ロッカも何も言わず、隣で波に足を洗われていた。
ミカはポチへ合図を送り、二人から少し離れた。
夕方、着替えた五人は、浜の店のテラスで休んでいた。
持ってきた折り畳み椅子三脚に、店で借りた椅子を二脚足して、テーブルを囲んだ。風が冷たくなってきたので、紺のジャンパーもまた着た。
ロッカとティーラの前には、白い恐竜マグが並んでいる。
「よし。今度は、ちゃんと聞いて淹れたぞ」
道具を借りたヴィクターが、ポットを持って戻ってきた。
「またヴィクターさんのコーヒーなんですね」
「任せとけ。今日は火で豆を煎ってねえ!」
「そこから心配されてるの、分かってたんだ……」
ロッカが一口飲み、マグを見た。
「……前のより、飲める」
「おっ。いいぞ!」
カインは、先に牛乳を注いだ。
「おい、まだ飲んでねえだろ!」
「前回は飲んだ」
ミカが吹き出すと、ポチの向こうでもコメントが流れた。
〈前回の経験が生きてるw〉
〈コーヒーだけ毎回強敵〉
〈そのマグ、ちゃんと持ってきたんだ〉
ティーラも牛乳を足し、両手でマグを持った。横のティラノサウルスを指でなぞってから、ひと口飲む。
「これで飲めて、よかった」
「俺も。割れずに来たしな」
ロッカが自分のマグを並べた。
ミカは端末を見た。青い海の映像の横に、視聴者の言葉がいくつも重なっている。
「今日は、ここまでにします。私もちょっと、飲みながら海を見たいので。またね!」
配信を止めると、航から連絡が来ていた。
【姉ちゃんと見てました。きれいって、笑ってます】
ミカは画面をロッカへ見せた。
「紬さんも、病院から見てくれてたって」
「そっか。帰ったら、会いに行こう」
「うん。予定、聞いてみるね」
ティーラが鞄から青いノートを出した。
開いたところにある、海の文字。その横へ、ゆっくり丸をつけた。
ロッカが覗き込むと、彼女はノートを少し寄せた。
「来られたね」
「ああ。ちゃんと泳げたな」
ノートを閉じたティーラが、ロッカの手の甲を三回たたいた。
とん、とん、とん。
ロッカも三回、たたき返す。
「次、どこに行こうか」
「次は、みんなにも聞こう」
話を聞いていたヴィクターが、ポットを置いた。
「肉がうまいとこ!」
「そこは変わらないんですね」
ミカは笑いながら立ち、ポチを海側へ回した。
「その前に、写真。今日、五人でちゃんと撮ってない」
ヴィクターが肩のFをカメラへ向ける。カインはカップを置き、少し椅子を寄せた。
「ポチ。私も入れてね」
ミカが空いた椅子へ戻ると、シャッターが鳴った。
写真には、五人と、大きなFが五つ写っていた。
【第一部完結】
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
初期からレビューや感想で応援してくださった皆様、そして読み続けてくださった皆様に、心から感謝しています。
『恐竜帰還』は、私が書いてきた作品の中でも特に思い入れが強く、一番時間をかけて作ってきた物語です。
三十年間を一緒に生き抜いたロッカとティーラが、今度は五人で海へ行く。そんなところまで描けたことを、作者として嬉しく思っています。
ここで第一部は一区切りです。
ロッカとティーラには、まだ見せたい景色があります。五人で行ってほしい場所も、描きたい冒険も、まだまだたくさん残っています。
もし「この五人の続きをもっと読みたい!」と思っていただけたら、★評価や作品フォロー、感想で応援していただけると、本当に励みになります!
いただいた応援を励みに、第二部についても前向きに考えていきたいと思っています。
また、この五人と新しい冒険へ出かけられたら嬉しいです。
ここまで五人の冒険を見守っていただき、本当にありがとうございました!
レイヴ




