第025話 日本最強の前で、F級が地面を割った
「御堂さんにまで、来ていただいているんですよ」
青い光を抜けると、男の声が聞こえた。
ロッカとヴィクターは、紬の担架を外の医療班へ渡した。南雲たちも続き、ミカが医師へ端末を差し出す。
ティーラには、成瀬と真島のそばに残ってもらっていた。すぐに戻ると約束してある。
救急車は門の右手に止まっていた。反対側では、協会の腕章をつけた男が、蒼天探索社の職員へ端末を向けている。
「別の攻略を終えて、そのまま駆けつけてくださったんです。救援の手配を変えたなら、まずこちらへ――」
「依頼書も名簿も、お送りしています」
「こちらには、まだ届いていません」
ロッカは、紬が搬送台へ移されるのを見ていた。外へ出ても、身体を支えてもらうたび、彼女は目を閉じて息を止めた。
「先行班六人のうち、四人が生存しています。亡くなった二人は、これからロッカさんたちが迎えに戻ります」
会社の職員が医療班へ伝えると、黒い上着の男が近づいてきた。肩には金色のSがある。
上着の脇が裂け、袖には乾いた血がついていた。剣の鞘にも、乾いた泥がこびりついている。
ミカが、小さく息をのんだ。
「御堂玄真さん……」
「知ってるのか?」
「日本最強って呼ばれてる、S級の人。協会に所属してるの」
御堂は医療班の進路から外れ、紬へ目を向けた。
「この班を率いていたのは、鷹宮君だな」
「……はい」
「主を倒したのは?」
「俺とヴィクターだよ」
ロッカが答えると、御堂はこちらを見た。
「君たちの等級は」
「F級です。私たち、全員」
ミカが答えた。
御堂は一度、門を振り返った。
「期限を越えれば、あの魔物が町へ出る。今も、避難先へ向かっている住民がいる」
紬が、掛け物の端を握った。
「S級の君が入るというのは、その人たちに、ここは任せろと言うことだ。君が倒れれば、ほかへ回せた戦力を、こちらへ送らなければならなくなる」
「紬、みんなを逃がそうとして飛んだんだって」
ロッカが言った。
「映像は見た。仲間を守ろうとしたことは分かる」
御堂の声は低かった。
「だが、君が倒れたあと、誰が残りの隊員を守る。君を運ぶために仲間が戻り、戦えない者が増える。あの判断でよかったのか、確かめる必要がある」
紬は御堂を見ようとしたが、顔を動かしたところで息を詰めた。
「今は、病院へ行かせてくれよ」
「搬送は続けてくれ」
御堂が医療班へ言い、道を空けた。
「鷹宮君。私が協会にいるのは、一人でも多く助けるためだ。求められれば力を尽くし、一つの現場が終われば次へ向かう」
裂けた袖の下で、御堂の手が握られた。
「君にも、S級として正しい判断が求められる。二人を失った今回の結果を、重く受け止めてもらわなければならない」
「もう、受け止めてるよ」
ロッカは紬を見た。
「会ったときから、ずっと自分を責めてた。自分も立てないのに、二人を帰してくれって、何度も頼んでたんだ」
紬の口が動いた。
「……すみません」
声が出ると、また息を止めた。
ロッカは、掛け物をつかんだ指を見ていた。あの木陰でも、同じように握っていた。
「謝るだけでは、隊長の務めは終わらない。亡くなった二人にも、残った三人にも、君は責任を――」
「分かってるって、言ってるだろ」
思ったより大きな声が出た。
医療班が通り過ぎたのを確かめ、ロッカは門の左手の広場へ歩いた。御堂も、搬送路を離れてそちらへ来た。救急車も搬送台も、近くにはなかった。
町に魔物が出ないように、鳥を倒してきた。紬も、きっとそのつもりで入ったのだ。
どうして、今、まだ謝らせるんだ。
成瀬と真島は、まだ木の下で待っている。
真島の斧の柄には布が巻いてあった。成瀬の槍も、使いやすいように手入れされていた。
借りると言っても、返すと言っても、二人は何も言わなかった。
ロッカは御堂へ踏み出しかけ、その足を止めた。前へ出す代わりに、地面へ強く踏み込んだ。
鈍い音がした。
靴の下の舗装が沈み、御堂との間に亀裂が走った。
腕章の男が後ずさった。周りの協会職員も足を引き、御堂さえ、一歩退いて鞘へ手を寄せた。
「……人間、なのか」
誰かが呟いた。
ヴィクターは、隣に立ったままだった。ミカも離れず、ロッカを見ている。
「成瀬修平。真島大吾」
ロッカは二人の名を言った。
「俺、一度も話せなかったんだよ。二人とも、俺たちが行ったときには、もう……」
声が、うまく続かなかった。
救急車の中へ、紬が運ばれていく。
「もう、ここで謝らせるなよ」
御堂はロッカを見ていた。その手が、ゆっくり鞘から離れた。
ミカの肩の横で、ポチが動く。公開配信は止めたまま、カインへの通話をつないでいた。
腕章の男が、割れた地面を見た。
「力があっても、F級にこの規模の救援を任せる判断は、確認が必要です。協会の管理外とはいえ――」
『では、送られた資料を確認してくれ』
ポチから声がした。
「……どなたですか」
『外から救援に参加したカインだ。会社が送った依頼書には、ティーラが大爪熊を倒した映像と、坑道で負傷者を連れ帰った記録が付いている』
会社の職員が端末を開いた。
「こちらです。送信した記録もあります」
『会社は、その実績を確認して四人へ正式に依頼した。そちらは、どの記録を確認した?』
「本部の窓口で受け付けたもので、ここにはまだ――」
『それなら本部へ確認しろ。協会の中で届いていない話を、依頼した会社の落ち度にするな』
腕章の男は画面へ目を落とした。
『ロッカの筋力は測定上限を超え、ティーラの反応と打撃はS級基準を超えている。そちらの東京支部に記録がある。能力と仕事の実績を別に記録すると決めた以上、等級だけで判断せず、両方を見てくれ』
御堂が、ポチへ顔を向けた。
『御堂。判断を検証する必要があるという話には、俺も賛成だ』
「ならば――」
『どの判断を誤ったのか、確かめてからだ。映像は途中で切れた。通信が切れた後のことは、本人たちに聞くしかない』
ロッカは黙って、救急車を見ていた。
『四人とも怪我をして、一晩あそこで助けを待っていた。報告を求めるなら、話せる状態になってからにしてくれ』
御堂は、搬送台を積み込む医療班へ目を向けた。
「……経緯は確認する。会社の判断も、協会の手配も含めてだ。資料を送ってくれ」
『送る。会社と俺が窓口になる』
御堂が腕章の男へ向き直った。
「まず、届いている記録を見せてくれ」
「はい。こちらへ」
二人は会社の職員から資料を受け取り、車の方へ戻っていった。
『ロッカ』
「ああ」
『航には搬送先を伝えた。先に病院へ向かわせている。紬のことは医療班に任せろ』
ミカが端末を救急車の方へ向けた。
「航くん、お姉さん、外へ出たよ。これから、そっちへ向かう」
『……分かった。ありがとう』
車内から、紬の小さな声が聞こえた。
「航。帰ってきたよ」
『うん。……病院で、待ってる』
扉が閉まった。
ロッカは救急車が動き出すまで見送った。南雲たちは門の脇の救護テントへ案内され、会社の職員が付き添った。
ロッカは門へ顔を戻した。
『二人を、迎えに行ってこい』
「うん」
ヴィクターが、隣で頷いた。
「行こうぜ」
会社の職員が、二人へ声をかけた。
「白い鳥の回収は、うちで手配します。皆さんは、成瀬さんたちを」
「ありがとう。頼む」
二人は同じ門をくぐり、橋を渡った。鳥の声は聞こえない。森を抜けると、木の下でティーラが立ち上がった。
「紬、出た?」
「ああ。もう病院へ行った」
「よかった」
彼女の足元には、二人が並んでいた。顔の上の上着も、武器も、そのままだった。
ロッカは成瀬のそばへしゃがんだ。
「待たせたな」
返事はなかった。
成瀬を抱き上げ、ずれかけた上着を直した。頭を支える腕の位置を変えてから、立ち上がる。
ヴィクターも真島を抱えていた。
「よし。帰ろうな」
ティーラが武器と荷物をまとめた。
白い鳥は、噴水の手前に横たわっていた。ロッカはその脇を通り、二人を連れて森へ入った。
橋の上では風が吹いていた。
上着の端が揺れるたびに、ロッカは成瀬の顔が出ていないか確かめた。
帰り道は、もう分かっていた。
青い門を抜けると、二台の搬送台と、会社の人たちが待っていた。
「成瀬さん」
誰かが呼んだ。
「真島さんも……」
ロッカとヴィクターは、二人をそれぞれの台へ下ろした。
ティーラが、槍と斧をそばへ置く。
桐野が救護のテントから出てきた。真島の脇へ水筒を置き、転がらないところへ寄せた。
「これも、一緒に」
迎えの職員が頷いた。
「ご家族へ、渡します」
桐野は水筒から手を離した。もう何も持っていない手を、ゆっくり下ろした。
南雲も、二台の前へ来ていた。
「……六人、帰ってきたんですね」
「うん」
ロッカは答えた。
職員が台を動かそうとすると、榎本が声をかけた。
「少し、待ってください」
成瀬の靴紐が、片方ほどけていた。
榎本がしゃがみ、布の巻かれていない手で紐を寄せる。結ぼうとして、一度、指から落とした。
「持つよ」
ロッカは隣へしゃがみ、片方の紐を押さえた。
榎本が結び直す。輪を引き、左右の長さを揃えた。
「……できました」
顔を上げないまま、言った。
ロッカは頷き、紐から手を離した。




