第024話 S級を倒した怪鳥、F級に引きずられる
同じ頃、ロッカは森を走っていた。
庭から離れる方へ進み、木々の間を抜けていく。後ろからは、真島の斧を持ったヴィクターがついてきていた。
「おい、ロッカ。どうすんだ?」
「ここまで呼ぶ。さっきは、足元が悪かった」
森が途切れ、岩の露出した草地へ出た。
庭からは森を挟んだ反対側で、島の縁からも離れている。大きな岩は土の奥まで続き、その周りを太い木の根が囲んでいた。
ロッカは岩を踏んだ。動かない。
枝の向こうには、白い石柱の並ぶ島が見えた。
鳥は、その柱の一本に止まっていた。片方の翼を何度も動かしている。ヴィクターの石柱が当たったところは、羽が大きく抜けていた。
「脚を止める。羽がそろってる方を頼む」
「おう。もう飛ばさねえ」
ヴィクターが木の陰へ入った。
ロッカは足元の石を拾い、鳥の止まる石柱へ投げた。端が欠け、鳥の頭がこちらを向く。
「こっちだ」
ロッカが草地へ出ると、白い鳥は翼を広げた。石柱を蹴り、二つの島の間へ飛び出してくる。
速い。
さっきは横から見ていた嘴が、今度はまっすぐこちらを向いていた。
「嘴も来るぞ!」
「見えてる」
ロッカは槍を下げた。
白い腹の下から、太い脚が伸びる。
草が寝た。風に押され、枝が大きくしなる。
鉤爪が、顔のすぐ横を抜けた。
ロッカは右手の槍を、伸びてきた二本の爪の間へ差し込んだ。刃の根元にある突起が、片方の爪の曲がったところに掛かる。
鳥が脚を引いた。
ロッカは槍でその爪を引き寄せ、根元を左手でつかんだ。岩の上で踏ん張る。
足元は、崩れなかった。
「下りろ」
全身で引いた。
鳥の身体が前へ傾き、胸から草地へ叩きつけられた。大きな嘴が、土へ深く刺さる。
すぐに翼が持ち上がった。
「うらぁッ!」
木の陰から、ヴィクターが踏み込んだ。
羽のそろった方の翼へ、真島の斧が振り下ろされる。
白い羽が弾け、翼が付け根から折れ曲がった。反対側の翼が激しく土を叩いたが、身体は浮かなかった。
鳥が首をひねった。
土をえぐった嘴が、ロッカへ迫る。
ロッカは左手で爪を押さえたまま、嘴を脇へかわした。右手の槍を爪の間から抜き、開いた顎の下へ突き上げる。
白い首が、のけぞった。
岩を踏み、もう一度押し込む。
鳥の声が止まった。
ヴィクターが斧を抜く。ロッカも槍を引き抜き、爪から手を離した。
巨体が横へ崩れた。二人は少し離れ、鳥の動きを見ていた。
胸も、翼も、爪も動かなくなる。
「……終わりか?」
「ああ」
ロッカは槍を握り直した。
柄は折れていない。刃の脇の突起にも、曲がったところはなかった。
「助かったよ、成瀬」
小さく言って、穂先の血を草で拭った。
隣ではヴィクターが、斧の刃を確かめている。
「お前、よくあの嘴の下へ入れるな」
「トリケラトプスは、避けても横から角が来たんだ。こいつは首が見えたから」
「向こうじゃ、ずっとそんなもん狩ってたのか?」
「毎日じゃないよ。食い切れないだろ」
「そっちを気にしてんのかよ」
ヴィクターが短く笑い、斧の血を拭った。
ロッカは鳥の脚を見た。
「運べるか?」
「任せろ。こいつも持ってくんだな」
「あの二人には見せてやりたい」
ロッカは、来た道へ顔を向けた。
「戻って、みんなを帰そう」
「おう。こいつを引くくらいじゃ、遅れねえよ」
ヴィクターが翼を畳み、片脚をつかんだ。引くと、草の上を白い巨体が滑った。
「槍と斧、持っててくれ」
「うん」
ロッカは斧を受け取り、森へ向き直った。
少し広い木々の間を選び、ロッカは走り出した。ヴィクターも鳥を引きずり、同じ速さでついてくる。
枝の向こうから、ポチの声が聞こえた。
庭は、静かだった。
森を抜けると、灰色の鳥が草や敷石の上に何羽も倒れている。
噴水のそばにいたティーラが、こちらを向いた。
「ロッカ」
「こっちも来たんだな」
「うん。もういないよ」
ティーラの向こうで、ミカが顔を上げた。
ロッカを見て、それから後ろの白い鳥を見る。
「……それ」
「狩ってきたぞ」
ヴィクターが噴水の手前で止まり、脚から手を離した。
白い鳥は、もう動かなかった。
ミカは木陰から立ちかけ、手元の端末を見て座り直した。負傷した紬たちのそばを離れず、ポチだけを鳥へ向ける。
「コメントです。『白いの引きずってる!?』『柱ぶつけたやつだ』『倒したところは!?』」
ロッカは、丸いカメラを見た。
「撮ってないよ。ポチ、こっちにいたろ」
「私も見たかったよ……」
ミカが言った。
ポチは白い鳥の頭から、折れた翼へレンズを動かした。
「『ほんとに動かない』『S級の人を倒したやつだよな』『あの二人、何してきたんだ』」
ロッカは借りた槍と斧を見た。
説明するより先に、返したかった。
「ミカ。みんなは?」
「大丈夫。ティーラが、一羽も通さなかった」
ロッカが顔を向けると、ティーラは自分の槍を持ち直した。
「新しく怪我した人は、いないよ」
「ありがとう。助かった」
「うん」
ポチから、カインの声がした。
『会社から連絡が来た。地上の門に、帰還可能と出ている』
ミカが端末を握り直した。
「帰れるんですね」
『ああ。外の医療班も待っている。まず紬を運べ』
ロッカは木陰へ歩いた。
「ポチ、鳥を映してて。こっちは入れないでね」
ミカの声に、カメラがその場へ残った。
紬は担架に横たわったまま、こちらを見ていた。南雲も、額に包帯を巻いた桐野も、鳥の方へ顔を向けている。
「二人とも、怪我は……」
「ないよ」
ロッカが答えると、紬の口が少し開いた。
けれど、次の声は出なかった。
ロッカはその隣へ膝をついた。
成瀬と真島は、出ていったときと同じ場所にいた。顔の上の上着も、ずれていない。
「成瀬。返すぞ」
槍を、そのそばへ戻した。
ヴィクターも斧を受け取り、真島の隣へ置いた。
「助かった。ありがとうな」
桐野が、水筒を抱えたまま二つの武器を見た。
「……二人の武器で、倒したんですか」
「ああ。使いやすかった」
ロッカが答えると、桐野は水筒を胸へ寄せた。蓋には、もう触れなかった。
榎本が斧の柄へ手を伸ばす。その布に一度触れ、手を引いた。
ポチから、航の声が聞こえた。
『姉ちゃん。帰れるって』
紬は目を閉じた。
「……うん」
『外まで来て。ちゃんと、待ってるから』
もう一度、小さく返事をした。
ロッカは立ち上がり、担架のそばへ回った。ヴィクターも反対側へ来る。
「紬。運ぶよ」
彼女の目が、隣の二人へ動いた。
「……あの二人も」
「うん」
ロッカは頷いた。
「六人とも、帰ろう」




