第023話 この子もF級だって、言ってなかった?
「ミカ、動かないで」
ティーラが、木陰の外を見た。
ロッカたちの姿は、もう木々に隠れている。その反対側、噴水の向こうで灰色の翼が開いた。
あの鳥だ。
入ってすぐに、仲間の手を裂いた爪。
「来る……!」
南雲が立ちかけたときには、もう目の前にいた。
鳥ではなく、ティーラが。
私たちへ迫る爪の下へ、白い刃が伸びた。胸を貫かれた鳥が、そのまま庭へ投げ出される。
次の一羽が、ティーラの右へ回った。
槍の柄が首を打ち、鳥は敷石へ転がった。立ち上がらない。
「ミカ。当たってない?」
「うん。こっちは大丈夫」
私は、二羽の鳥を見ていた。
ほんの少し前まで、また来るかもしれないと、みんなで見張っていた相手だった。
ティーラは槍を下ろさず、空を見上げた。
「まだ来るね」
木の葉の隙間を、いくつもの影が通った。
噴水の上にも、折れた柱の上にもいる。島の縁から飛び上がってくるものもいた。
十羽。もっといる。
「南雲、私の剣を……」
言いかけたところで、手が止まった。
握れたところで、私は立てない。飛ぶこともできない。この姿勢で振れば、そばにいる人に当たる。
「みんな、木のそばにいて」
ティーラが言った。
「そこまで行かせない」
額に包帯を巻いた桐野が、私たちの前へ荷物を寄せた。片手を怪我した榎本紗季も、成瀬と真島に掛けた上着を押さえている。
また守らせてしまう。
けれど、翼が重なって見えた瞬間、ティーラが庭へ駆け出した。
低く来た一羽を突き、右から迫る一羽を柄で叩き落とす。噴水の縁を蹴ってきた鳥には、槍を引き抜いた直後の蹴りが入った。
三羽とも、木陰とは逆の方へ落ちた。
私のそばでは、小石一つ跳ねなかった。
「先生、紬さんは私の端末で映します。ポチは戦っている方へ向けますね」
ミカさんの持つ端末が、私へ向いた。
『見えています。そのままで』
「外で待っている人たちにも、救援が続いていることを伝えます。ティーラの戦闘だけ、配信を再開しますね」
そう言って、丸いカメラへ顔を向けた。
「ポチ、公開する方は音声なし。こっちの姿も入れないで。カインさんたちへの中継は、そのままでね」
「承知しました」
ポチは庭へ出て、私たちへ背を向けた。ミカさんは端末を持ち、私の隣に残っている。
ほどなく、カメラから声がした。
「コメントです。『ボス二発で倒した子だ』『この子もF級なんだよな?』」
ボスを、二発。
何の話だろう。
庭では、鳥の身体がぶつかる音が続いていた。
ティーラは倒れた鳥を追わない。すぐに向きを変え、次の翼の下へ入っていく。
どうして、そっちへ。
そう思って目で追うと、その鳥の先には私たちがいた。
群れの端を抜けて、木陰へ回ろうとしていたんだ。
「『槍も使えるのか』『一羽も近づけてない』『あの刃で何羽目だよ』」
ポチが、またコメントを読んだ。
次の羽音は、頭の上から聞こえた。
庭へ下りずに、木の上を越えてくる。
「上……!」
声を出したとき、ティーラはもう跳んでいた。
私たちへ爪を向けた鳥を、槍が横から打つ。その隣でも灰色の羽が散り、二羽とも庭へ落ちた。
地面へ戻ったティーラが、横を抜けようとした鳥の首をつかむ。
一度ねじると、脚の動きが止まった。
危ない、と言いかけるたび、もう次の鳥が倒れている。
昨日は、誰かが前へ出れば、その横を別の誰かが守っていた。頭上を見れば、地上を見る人も必要だった。
この子は、それを一人でやっている。
南雲も桐野も、荷物の向こうからティーラを見ていた。
私たちが動く必要がない。
彼女の邪魔をしない場所で、待っていればいい。
「左からも来るよ!」
最後の三羽が、左右と頭上へ分かれた。
私は左の翼を追った。その陰から、もう一羽が木陰へ回ろうとしている。
顔を向けたときには、三羽とも地面に落ちていた。
まだ来るのかと思って、空を見ていた。
木の葉が揺れている。
灰色の翼は、もう見えなかった。
「……終わった?」
ミカさんが尋ねた。
「うん。今、こっちに来てるのはいないよ」
ティーラは庭を見渡し、槍についた羽を払った。
あれだけいた鳥が、敷石や草の上に落ちている。一羽も木陰には入ってこなかった。
隣の二人の上着も、ずれていない。
「コメントです。『全部落とした』『速すぎて目が追いつかん』『これでF級ってどういうこと』」
私も、同じことを考えていた。
F級だと言われた。全員、そうだと。
でも、いま目の前で見たものを、私は知らないことにはできなかった。
「先生、こちらは無事です。怪我をした人は増えてません」
ミカさんが端末へ話した。
その言葉を聞いて、ようやく自分の指が掛け物を握り締めていたことに気づいた。力を抜くと、指の節が痛かった。
「……嘘、でしょ」
声が零れた。
ティーラがこちらを見て、木陰の手前へ戻ってくる。穂先は私たちに向けず、下ろしたままだった。
「怖かった?」
頷くことも、うまくできなかった。
ミカさんが、彼女の持つ槍へ目を向けた。
「……槍、使えるんだね」
「ロッカがやるの、ずっと見てたから」
白い刃には、欠けたところも見当たらない。金属ではないようだった。
「その刃、何の牙なの?」
「ボクのだよ」
何て?
ミカさんも、ティーラを見た。
「この槍の刃、ボクの牙だったんだよ。昔、抜けたやつ」
人の歯が、あんな大きさの刃になるはずがない。
聞き間違いかと思った。でも、ミカさんは違うことを尋ねた。
「それを、ロッカが槍に?」
「うん。見つけたとき喜んでた。いい槍になるって。ボクも嬉しかった」
ミカさんは白い刃を見直していた。
私には、何の話をしているのか分からなかった。
ただ、この子を一人で残していった二人のことが、気になっていた。
「あなた、一緒に行かなくてよかったの……?」
ティーラは、二人が消えた森を見た。
「ロッカなら、平気」
少しも迷わない返事だった。
「ヴィクターもいるし。あの人、ロッカより力が強いんだ」




