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恐竜ダンジョンで30年生き抜いた男、ドラゴンを素手で止めたらダンジョン配信でバズった~新人F級ですが、相棒のティラノサウルスも人間になったので一緒に無双します~  作者: レイヴ
第二章 飛べない最強、空へ行く

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第022話 S級の私が止めても、二人は振り返らない

「紬さん。聞こえますか」


 ミカさんの声が近い。


 頷こうとすると首が痛んだ。目を開けると、木の葉の向こうに青い空が見える。東屋を離れて、この木陰へ運んでもらったんだった。さっき橋が壊れた音も、ずいぶん遠くのことみたいだった。


「……聞こえてます」


「よかった。先生にも、そのまま声を聞かせてください」


 先生。外にいるお医者さん。航が呼んでくれた人たちが、私をそこへ連れていこうとしている。


 私は、まだ生きている。


 少し顔を横へ向けるだけで、二人の靴が見えた。上着を掛けてもらい、木の根元に並んでいる。


 さっきまで、あの二人の話をしていた。焼肉のことと、靴紐のこと。出発前に聞いた、何でもない会話を思い出していた。私も、そのときは笑っていた。


 六人で帰れると思っていた。


「水、まだ残ってます。使ってください」


「ありがとう。ここに置いてもらえますか」


 額に包帯を巻いた桐野悠人《きりのゆうと》が、真島の水筒の蓋を閉めた。


 みんな、よく動けるな。


 自分だって怪我をしているのに、私のそばへ来てくれる。南雲も、吊った腕をかばいながら救急袋を寄せていた。


 私は何もしていない。ここへ寝かされて、手当てをしてもらって、二人の顔に上着を掛け直してくれる手を見ているだけだ。


『姉ちゃん、聞こえる?』


「……聞こえるよ」


『さっき、返事なかったから』


 少し黙るだけで、こんな声にさせてしまう。


 昨日、最後につないだときは、もっと普通に話していた。ボスを見つければすぐ終わるからと、私が言った。


 航は気をつけてと言った。


 大丈夫だと返した。


「ごめんね、航」


『それ、帰ってきてから聞く』


 返事が早かった。


『だから、今は聞こえたら返事してよ』


「……うん」


 帰ってきてから。まだ、そう言ってくれるんだ。


 私は隣の二人を見た。こんなふうに、帰ってくるのを待っている人がいる。その人たちに、私は何と言えばいいんだろう。


 S級だから大丈夫だと、みんなに言っていたのに。


「担架、一つですよね」


 南雲の声だった。


「紬さんを運んだら、あの二人は……」


「帰れるようになったら、何回でも運ぶよ。先に紬を帰そう」


 槍を持っていた男の人が答えた。


 さっきから、ほとんど何も言わなかった人だ。木陰に並んだ二人を、じっと見ていた。


「俺もいる。二人とも、置いてはいかねえ」


 大きな男の人も言った。


 運ぶつもりなんだ。私だけじゃなく、あの二人も。でも、その前にやらなければいけないことがある。あの鳥を倒さなければ、誰も帰れない。


 私が空へ上がったとき、あの鳥はまだ仲間を狙っていた。横から斬れば、こっちを向かせられると思った。


 そこまでは、できた。


 次の一撃を避けられなかった。


 石柱にぶつかった後は、起き上がることもできなかった。仲間を逃がすために飛んだのに、倒れた私を運ぶために、みんなが戻ってきた。


 誰かを残していけないのは、みんなも同じだったんだ。


「あなたたち、等級は……?」


 ミカさんが私を見た。


「F級です。私たち、全員」


 F級。聞き間違いかと思った。でも、言い直してはくれなかった。


 あの鳥の映像を見たんでしょう。私が負けたところも。それなのに、どうして入ってきたの。


「ミカ。ここで待っててくれ」


 男の人が鞄を下ろした。


「ロッカ、二人だけで行くの?」


「うん」


 ロッカ。そう呼ばれた人は、隣にいる女の子へ顔を向けた。


「ティーラ。この小さい島、全部頼めるか」


「うん。みんな、ここにいて。鳥が来たら、ボクが止める」


 全部。この子一人に、そんなことを頼むの。


 空からも来る。森の中へ逃げても、追ってくる。夜の間も、みんな交代で見張ってくれていた。それでも、誰かが目を閉じるたびに怖かった。それを、そんな短いやり取りだけで。


「俺の槍と斧も、使っていいから」


 ロッカという人が腰の斧を渡すと、ティーラという子は足元の袋の横へ置いた。持っていた槍の布を外し、白い刃を確かめている。


「ボク、槍を使う」


「頼む」


 誰も、強がっているようには見えなかった。


 ミカさんも、二人で倒せるわけがないとは言わない。預かった鞄を脇へ置き、丸いカメラを手元へ呼び戻していた。


「ポチは、ここに残してくれ。狩りは俺たちでやる」


「カインさんと話せなくなるよ?」


「うん。こっちを見ててもらえるか」


『分かった。ミカ、何かあればすぐ知らせろ』


「はい」


 外から聞こえた男の人の声も、二人を止めなかった。


 何をするつもりなんだろう。


 あの鳥が下りてくるのを待つのか。それとも、橋の向こうまで追うのか。


 近づけば翼に打たれる。待っていても、上から襲ってくる。


 駄目だと伝えたい。私が動ければ、少なくとも一緒に行けるのに。


 少し腕をつくだけで、息が詰まった。


「鷹宮さん、動かないでください」


 ミカさんの手が肩へ添えられた。


 分かっている。いまの私は、ついていっても運んでもらう人が増えるだけだ。


 ロッカという人が、私のそばへしゃがんだ。


「名前、教えてくれないか」


 何のことか分からず、その顔を見た。


「この二人の」


 隣へ目を向けた、その声で分かった。


 名前。さっきから、頭の中で何度も呼んでいた。返事が聞こえてきそうで、でも声に出せなかった名前だ。


「……成瀬、修平」


 槍のそばに寝かされた人を見た。


「そっちは……真島大吾」


「成瀬。真島」


 ロッカが二人の名を繰り返した。


 成瀬の槍を手に取る。刃の根元にある、左右の短い突起を見ていた。


「これなら、引っ掛けられるな」


 成瀬は、その槍をいつも自分で手入れしていた。みんなの荷物を見て回ってから、自分の分を始めるから、最後まで道具を広げていることが多かった。


 昨日も、そうだった。


「成瀬。槍、借りるぞ」


 返事がないことを、分かっているはずなのに。


 大きな男の人も、真島の斧を取った。布を巻いた柄を握り、欠けた刃を見ている。


「真島。俺には、こっちを貸してくれ」


 真島なら、きっと貸す。返せよと言いながら、先に刃を拭いてやると思う。そういうところを、私は知っている。


 知っていたのに、守れなかった。


「……それ、戻してもらえますか」


 桐野の声だった。真島の水筒を抱えたまま、斧を見つめている。


「家へ、持って帰ってやりたいんです」


「おう。二人と、一緒にな」


 二人と、一緒に。この人たちは、まだ六人を連れて帰るつもりでいる。生きている人を運ぶだけでも大変なのに、二人も、使っていた道具も、何も置いていくと言わない。


「……戻ってきてね、二人とも」


 ミカさんが言った。


「ああ。迎えに戻る」


 ロッカが立ち上がった。


 成瀬の槍を肩へ担ぎ、大きな男の人と並ぶ。


「ヴィクター」


「ああ」


「狩るぞ」


 その言い方が、あまりに普通だった。あの鳥を見てきた人の声とは思えなかった。でも、笑ってもいなかった。


 二人が、木陰から歩き出した。


「無茶よ」


 やっと、それだけ言えた。


 声が届いたかどうかも分からない。二人は振り返らず、森へ向かっていく。


 戻ってきてほしかった。私たちを迎えに。あの二人に、武器を返すために。


 遠ざかる二人の背中が、あの鳥よりも大きく見えた。


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