第021話 この島、動いてないか?
「六人! 四人は、生きてる!」
石壁の向こうから、男の声が返ってきた。
ミカは端末を見た。画面には、崩れた壁とロッカの背中が映っている。
〈いた!〉
〈四人って……〉
〈紬さんは?〉
「皆さん、ここからは救助に入ります。配信をいったん止めますね」
公開を止め、ポチへ声をかける。
「カインさんと航くんへの中継は、そのままでお願い」
「承知しました」
ロッカに続いて壁の切れ目を抜けると、木々の間に石造りの庭があった。
正面には、水の枯れた丸い噴水。割れ目から薄紫の花が伸びている。右手には屋根の半分が落ちた東屋があり、左手には太い木が立っていた。
庭の奥からは別の石橋が延び、白い柱の並ぶ島へつながっている。向こうの島の方が、少し高かった。
東屋の柱につかまっていた男が、片手を上げた。
「こっちだ。紬さんが動けない」
片腕を布で吊っている。
その足元に、紺の上着を着た女性が横たわっていた。肩には金色のSの印。朝、映像で見た顔だった。
額に包帯を巻いた男性と、片手を布で覆った女性が、そのそばにしゃがんでいる。
四人。
ミカは左の木陰を見た。
根元に、二人が寝かされていた。顔には上着が掛けられ、靴が同じ方へ揃えられている。脇には長い槍と斧が置かれていた。
「南雲です」
腕を吊った男が名乗った。
「あの二人は、昨夜……。助けられなかった」
ミカは口を開いたが、何も出てこなかった。
ロッカが木陰へ目を向けた。ヴィクターは担架と救急道具を下ろし、留め具を外していた。
「ここで広げよう。歩ける人は、少し空けてくれ」
「……お願いします」
ミカは東屋へ膝をついた。
「鷹宮さん。聞こえますか。航くんに頼まれて来ました」
紬の目が動いた。
「……航が?」
「はい。私、ミカです」
端末を口元へ寄せた。
「航くん。六人、見つかった。生きてるのは四人。二人は、亡くなったって」
喫茶店で向かいに座っていた少年の顔が浮かんだ。
「お姉さん、見つけた。話せるよ」
『姉ちゃん?』
返事は、すぐに来た。
『姉ちゃん、聞こえる?』
ミカは端末を紬へ近づけた。
「聞こえる。……大きい、声」
『ずっと呼んでたんだよ。昨日から、何度も』
「うん」
『何度も、何度も……』
紬が、端末へ手を伸ばそうとした。その腕は途中で止まり、指先だけが動いた。
ミカは端末をもう少し近づけた。
「助け、呼んでくれたんだね」
『……うん』
「ありがとう、航」
端末の向こうで、息を詰まらせる音がした。
ミカが端末を持ち直すと、紬の指先が、ミカの袖に触れた。
「まだ、つながってる?」
「つながってます。切りませんよ」
紬は目を閉じたが、ミカが呼ぶと、薄く開いた。
「カインさん、医療班につないでもらえますか」
『もう呼んでいる。紬さんの様子を、先生に見せてくれ』
ミカはポチを低く下げた。
入口の外で待つ医療班の声が届く。ミカは呼びかけへの反応と、見える怪我の様子を伝えた。ティーラも紬のそばへ膝をつく。
ロッカは槍に覆いを掛け、東屋の外へ置いた。
「立たなくていい。担架があるから」
紬は顔をこちらへ向けた。
「あの二人も、連れて帰って……」
「うん。置いていかないよ」
ロッカが答えた。
紬は木陰を見ようとしたが、顔を少し動かしただけで息を詰めた。
「……私が、死ねばよかったのに」
南雲が、担架へ伸ばしかけた手を止めた。
「紬さん」
「S級だから、大丈夫って。私が……」
ミカは救急袋を開いた。医療班の声に合わせて包みを取り出す間も、紬は木陰の方を見ていた。
「何がS級よ。二人も、帰せなくて」
「紬さんが引きつけてくれなかったら、俺たちも死んでました」
「でも……あの二人は、帰ってこないじゃない」
南雲は何も言わなかった。
『姉ちゃん』
端末から、航の声がした。
『俺、待ってるから。帰ってきてよ』
紬の指が、ミカの袖をつかんだまま縮まった。
ヴィクターは広げた担架を横へ寄せ、ロッカと一緒に持ち手を確かめている。ミカも医療班へ返事をし、必要なものを手元へ並べた。
額に包帯を巻いた男性は、水筒の蓋を何度も開け閉めしていた。ヴィクターに呼ばれると、それを置いて担架の端を押さえる。
「これ、あいつのなんです」
男性が、水筒へ目を落とした。
「帰ったら焼肉だって。俺の分まで勝手に決めて。……いつも、牛ばっかり頼むんですよ」
「お前は鶏がいいって、毎回言うからな」
南雲が答えた。
「そうですよ。昨日も、帰ったら文句言おうと思ってたのに」
男性は水筒を荷物へしまった。
隣の女性が、片手で自分の靴紐に触れた。
「もう一人は、出発前になると、みんなの荷物を見て回るんです。私の靴紐まで結び直そうとして」
紐は、左右で同じ長さに揃っていた。
「自分でできますって、昨日も言ったんです。……いつも、そう言ってたから」
女性は紐から指を離し、紬のそばへ戻った。
その袖は、肘の下で大きく破れていた。布で覆った手には、血が滲んでいる。
「入口に、上着の切れ端があったんです。血も」
「ああ……私です。入ってすぐ、小さい鳥にやられて。袖で押さえたんですけど」
女性は、自分の手を見た。
「そのあと、橋を渡って。あの白いのが来て……」
言葉が止まった。
南雲が、東屋の外を見た。
「紬さんが引きつけてくれたんだ。俺たちを先に逃がして、自分は柱に叩きつけられて。それでも、起きようとしてた」
ミカは、紬の上着についた石の粉を見た。
朝の映像の、倒れた柱を思い出した。
「中継機も、あいつに潰された。どうやっても外につながらなくてな」
南雲が吊った腕を押さえた。
「ここまで運んで、交代で見張ってた。夜が明けても、誰も来ないから……」
ティーラが、女性の隣へ手当ての道具を寄せた。
「手の分もあるよ」
「……ありがとう」
女性は空いた方の手で受け取り、そばへ置いた。それから、紬の髪についた葉を一枚取った。
ロッカたちは医療班の指示に合わせ、紬の身体を支えた。ミカも担架がずれないよう押さえる。
紬が、短く息を止めた。
「鷹宮さん、聞こえますか」
「……聞こえてる」
担架へ移し終えるまで、ミカはそばを離れなかった。
ティーラは残る三人にも声をかけた。南雲は自分で立ち、歩けると答える。額に包帯を巻いた男性と、手を負傷した女性も、荷物を持って立てた。
そのとき、足の裏へ小さな揺れが来た。
東屋の柱から、白い粉が落ちる。
ティーラが顔を上げた。
「ここ、出よう。屋根がずれてる」
『ミカ、上を映せ』
ポチのレンズが動く。残った屋根の端と、柱の間に隙間ができていた。
小石が一つ、紬の足元へ落ちた。
「ヴィクター、そっち持ってくれ」
ロッカが担架の頭側へ回り、ヴィクターが足側を持つ。
ミカはポチを前へ出し、東屋から木陰までの足元を映した。担架が通れる幅を確かめてから、二人の先へ回る。
「こっち。噴水の左は、石が崩れてません」
担架が持ち上がった。
ティーラが肩の食料袋を掛け直し、ロッカの槍と救急道具を拾った。軽傷の二人を先に通し、南雲が柱の脇を通り抜けるのを見届けてから、その後ろへつく。
ミカは振り返り、三人とも担架の後から来ていることを確かめた。
木の根を避け、平らな場所へ担架を下ろす。
すぐ脇には、上着を掛けられた二人がいた。
「ここで一緒に待っててくれ」
ロッカが、四人へ言った。
ミカが人数を数え直していると、東屋の屋根から大きな石が落ちた。
誰もいなくなった床へぶつかり、欠片が噴水の縁まで飛んだ。
ミカは紬の担架へ手を置いた。
ついさっきまで、あそこにいた。
「……この島、動いてないか?」
ロッカの声に、顔を上げた。
彼が見ていたのは、庭の奥の橋だった。自分たちが渡ってきた、入口へ戻る橋とは別のものだ。
その先の白い柱の向こうへ、大きな翼が下りていくのが見えた。
その島が、ゆっくり横へずれている。
最初に見たときより、高くもなっていた。橋の先が持ち上がり、石の柵が斜めに傾いていく。
ミカはポチを庭の奥へ向けた。
「カインさん、橋が……」
石の擦れる音が、庭まで響いた。
二つの島をつなぐ橋の真ん中で、白い柵が弾けた。




