第020話 飛べないなら、降りてこい
灰色の鳥が、折れた柱の陰から跳んだ。
草地で待つロッカへ翼を広げ、両脚を突き出してくる。胸へ迫る爪を避け、ロッカは左手で片方の足首をつかんだ。
そのまま下へ引く。鳥の首が横へ崩れたところに、右手の槍を突き入れた。
重い身体が草を潰す。槍を引き抜く間にも、橋の向こうから二羽が飛んできていた。
一羽はヴィクターへ。もう一羽は白い石の道へ回り込み、ミカを狙う。
ティーラがミカの前へ出た。飛び込んできた嘴を半歩でかわし、横から首を殴る。
鳥は道の脇へ叩きつけられ、脚を一度だけ跳ねさせた。
「当たってない?」
「うん。大丈夫」
ミカが答えた直後、隣の草地から鈍い音がした。
ヴィクターの拳が、三羽目を真下へ殴り落としていた。舞い上がった土を払い、橋の向こうへ声を張る。
「まだ来るか!」
枝を蹴りかけていた鳥が、翼を畳んだ。ほかの鳥も木々の奥へ引っ込んでいく。
〈二羽目ミカ狙ってたぞ〉
〈奥の群れ、戻っていってない?〉
〈あの爪が来るの見て逃げないのすごい〉
「コメントです。『登録のFって、誤字じゃないの?』」
「誤字じゃないです。私のは実力通りです」
『そこは疑っていない』
ミカが何か言いかけたとき、ポチが風に押され、彼女の肩まで下がった。
草が、一斉に寝た。
橋の下を流れていた雲が、白い筋を引いて巻き上がる。
「上!」
ティーラの声に、ロッカは槍先を上げた。
橋の向こうから、白い鳥が降りてきた。
広げた両翼の影が、道と両脇の柱を覆う。曲がった嘴の下で、二本の太い脚が伸びた。
鳥の目が、道にいるミカたちへ向いた。
「ティーラ、ミカを門の方へ!」
ティーラがミカの腕を引く。ロッカは草地から道の端へ踏み込み、二人と鳥の間へ入った。
鳥は片方の爪で、道の脇の柱を蹴った。
砕けた石が飛ぶ。
もう片方の脚が、ロッカへ伸びてきた。
ロッカは腰を落とし、鉤爪の一本、その根元を左手でつかんだ。
「捕まえた」
肩へ重みがかかった。
頭上を覆う腹が、槍の届くところまで来る。右腕を引き、突き上げようと足へ力を込めた。
靴の下で、敷石が沈んだ。
柱の根元から亀裂が走る。道の端が、土ごと外へ崩れ始めた。
「ロッカ! 離せ!」
横からヴィクターの腕が腰を支えた。
ロッカは爪を放し、彼と一緒に草地へ跳び退いた。頭のすぐ上を白い翼がかすめ、石の欠片が顔へ飛んでくる。左腕でかばい、右手の槍を草すれすれまで下げた。
鳥は道を通り抜け、島の縁から空へ出た。
「ミカ!」
「大丈夫! 二人は!?」
門へ戻る道の中央で、ミカが手を上げていた。ティーラが腰を支え、風に押されないよう一緒に踏ん張っている。
「平気だ!」
ロッカは立ち上がり、さっきまでいた場所を見た。
道の端がえぐれている。柱を支えていた岩まで、白い断面を見せて割れていた。
「……プテラノドンより、強いな」
「向こうにも、あんなのいたのか?」
「もっと小さかった。石も、ここまで割らなかったし」
『会社の資料と一致した。白い方が主、大嵐鳥だ』
「大焼鳥の間違いじゃねえか!」
ロッカは左手を開き、もう一度握った。
掴めた。指も動く。
白い鳥は橋の外側を回り、こちらへ向き直ろうとしていた。鳥の向こうには、雲しかない。
「次に下りてきたら――」
「ロッカ、わざわざ待つ必要ねぇ!」
振り向くと、ヴィクターが少し後ろの草地へ戻っていた。
そこには、さっき道から退けた石柱が横たわっている。
ヴィクターは両手を下へ差し込み、抱え上げた。長い柱の真ん中を右手で受け直し、片端を前へ向けて肩の上に載せる。
ロッカは、思わず笑った。
「それ、投げるのか!」
「おう!」
ヴィクターが左手を離した。
石柱を槍投げのように構え、空を行く鳥へ身体を向ける。
「うらぁあああッ!」
踏み込んだ靴が土へ食い込んだ。ヴィクターが右腕を振り抜くと、石柱が橋の横を抜け、鳥へ向かって空を斜めに走った。
白い鳥が首をひねった。翼を傾け、身体を逃がそうとする。
間に合わなかった。
石柱の先が、広げた翼の外側を打った。
白い羽が束になって千切れ、巨体が横へ流れる。衝突した柱は中ほどから折れ、二つの塊になって雲の中へ落ちていった。
鳥が両脚で空を掻いた。
一度、大きく高度を落とす。激しく羽ばたいて持ち直し、そのまま隣の島の向こう側へ回っていった。
「くそっ。もうちょい下だった!」
「ヴィクターさん! 今のうちに行きましょう!」
ミカがポチを橋へ向けた。
〈うちの車より長い物を投げた〉
〈どっちがモンスター!?〉
〈それでもまだ飛べるのかよ〉
『橋は残っている。森まで渡れ。鳥が戻る前に』
カインの声を聞き、ロッカは割れた道端を草地から回り込んだ。
橋の入口まで出て、三人を振り返る。
「先に六人を探そう。ミカ、走れるか?」
「走る。今なら、すごく走れる」
ティーラが彼女の隣につく。ヴィクターも、道端へ置いていた担架と救急道具を拾い、背負い直して追いついた。
ロッカを先頭に、四人で橋へ入った。
両側の低い石の柵の向こうには、雲が流れている。ミカは下を見ず、すぐ前のロッカについてきた。ティーラが隣を走り、ヴィクターが最後につく。
橋を渡りきると、白い道は木々の間へ続いていた。
太い幹の陰へ入ってから、ロッカは入口の島を見た。
三羽の鳥が倒れ、砕けた道端には土煙が残っている。ヴィクターが持ち上げた石柱は、もうどこにもなかった。
「……あれ、よく当てたな」
「俺の勝ちにしていいぞ!」
「何の勝負だよ」
ロッカは笑い、森の奥へ向き直った。
木々の向こうに、白い翼が一度だけ見えた。
まだ近くにいる。
枝の上では、灰色の鳥がこちらを見下ろしていた。槍先を向けると、幹の裏へ隠れる。
ロッカは走るのをやめた。ミカが追いつくのを待ち、四人で土の道を進む。
足元には、靴の跡が残っていた。道の脇の石には、血のついた手で触れたような汚れもある。
ミカがポチを低く下げた。
『昨日も、その道を通っています。姉たちは』
航の声だった。
木の根を避け、曲がった道の先へ出ようとしたとき、ティーラが立ち止まった。
「ロッカ。今、声がした」
風が枝を揺らしている。
ロッカも足を止めた。
「……誰か!」
聞こえた。
木々の先に、腰ほどの高さの白い石壁があった。一部が崩れ、隙間から向こうの草が見えている。
声は、その内側からだった。
「こっちだ! 動けない人がいる!」
ミカが端末を口元へ寄せた。
「航くん、人の声がした。今、そっちへ行くね」
ロッカは三人と崩れた石の手前まで進み、壁の向こうへ声を張った。
「聞こえてるぞ! 助けに来た! 何人いる!」




