第017話 肉を持ってきました
「お墓に持っていく花って、決まりがあるのか?」
青梅の花屋で、ロッカは職員にもらった霊園の案内を広げた。
十月二十六日の昼前。ヴィクターは先に立川へ戻り、ロッカとティーラは、ミカの案内で買い物に来ていた。
店員が案内に目を通す。
「こちらでしたら、お好きだったお花で大丈夫ですよ。何かお心当たりはありますか?」
ロッカは店先へ目を向けた。白い花、紫の花。その間にある黄色で、視線が止まった。
「ひまわり」
「この時期は数が少ないんですが、ご用意できますよ」
大きな花の中心へ、そっと指を近づける。
「昔、ひまわり畑に行ったんだ。俺より背の高いのが、ずっと向こうまで咲いててさ」
「お母さんと?」
ミカが尋ねた。
「父さんも。母さん、すごく喜んでた。俺の手を引っ張って、あっちも見よう、こっちもって」
自分よりも母の方が、はしゃいでいた。
花の間へ入ったら、黄色しか見えなくなった。繋いだ手を引くと、母が屈んで顔を出した。
あのときは、笑った顔がすぐ目の前にあった。
「……きれいだったなあ」
「では、ひまわりを入れて、二つお作りしましょうか」
「うん。それ、頼む」
包んでもらった花束を、ティーラが片方持った。
近くの店では、線香と煙草も買うことにした。
「お父さん、煙草を吸ってたんだね。銘柄は覚えてる?」
「マイルドヘブン。店で、いつもそう言ってた」
ミカが棚を見て、同じ名前の箱を見つけてくれた。
ロッカは受け取り、手の中で裏返した。箱の形は少し違ったが、名前は同じだった。
「やめなよって、俺も言ったことあるんだ。体に悪いんでしょって。母さんのまねしてさ」
父は困った顔で笑った。
『お前にとっての恐竜くらい、父さんはこれが大好きなんだ。だから、もう少しだけ吸わせてくれ』
「恐竜と一緒にされたら、何も言えないよな」
ロッカが笑うと、ミカも小さく笑った。
花と線香、煙草で二千四百円。最初の仕事でもらった金から、自分で払った。
バスを降り、案内の通りに坂を上ると、霊園が見えた。
「私、ここで待ってるね」
ミカは入口のベンチへ腰を下ろした。ポチも撮影を止めたまま、その横へ下がる。
ロッカはティーラと並んで石段を上った。区画の番号を確かめ、墓の列を一つずつ見ていく。
九龍家。
側面には、父と母の名前があった。
誠司。由紀。
ロッカは紙を畳み、鞄へしまった。
「……ここだ」
借りた桶の水で墓石を洗い、落ちていた葉を拾った。ティーラが花束の包みを外し、二人で花立てへ入れる。
黄色い花が、石の両側に並んだ。
線香に火をつけ、煙草の箱を供えた。
「父さん。まだ売ってたぞ、これ」
しゃがむと、墓石の文字が目の高さになった。
「母さんには、ひまわり。覚えてる? 三人で見に行ったやつ」
風に押された煙が、横へ流れた。
「俺が稼いだ金で買ったんだ。ちゃんと、仕事もできたよ」
隣にいるティーラを見た。
「この子、ティーラ。ずっと一緒にいたんだ」
ティーラもロッカの隣へしゃがんだ。
「ボクはティーラです」
膝の上で両手を重ね、墓石へ顔を向ける。
「ロッカ、お父さんとお母さんに会いたいって、何度も言ってた」
ロッカは頷いた。
「帰りたかったよ。ずっと」
けれど、帰ってきた日本に、父と母はもういなかった。
鞄から図鑑を出す。表紙を開くと、隅には薄くなった自分の名前があった。
くりゅう ろっか。
母に書いてもらった字を、指で押さえた。
「これ、なくさなかったぞ」
続けようとした声が、喉で止まった。
もう怒られない。遅くなったと謝っても、返事はない。
「……遅くなって、ごめん」
図鑑へ顔を伏せた。土の上へ涙が落ちる。
背中に、小さな手が触れた。
とん、とん、とん。
ロッカは息を吸い、袖で顔を拭った。
「でも、一人じゃなかったから」
ティーラの手へ、自分の手を重ねる。
「ちゃんと食って、寝て、笑ってた。こいつがいたから、三十年、生きてこられた」
顔を上げ、父と母の名前を見た。
「ただいま」
線香が短くなるまで、二人でそこにいた。
帰り際、ロッカは煙草の箱を鞄へ戻した。
「また来るよ。今度は、仕事の話もするから」
墓石の前で、ティーラと一緒に頭を下げた。
その日の夕方、立川のミナトへ戻ると、入口で颯太と祖父が待っていた。
「肉を持ってきました!」
颯太が両手で保冷袋を差し出す。受け取ったロッカが中を見ると、赤い肉の並んだ包みが二つ入っていた。
「こんなに。いいのか?」
「はい。おじいちゃんと選びました」
「せっかくだから、皆でいただきましょう」
リラが店の奥から顔を出した。
「お店を閉めたら、庭で焼かない? 野菜とパンは私が出すわ」
「肉なら、俺も買ってきたぞ!」
ヴィクターが別の袋を持ち上げた。
「今日は足りねえとは言わせねえ!」
店が閉まるのを待つ間、ミカがカインへ端末を見せていた。昨日の救助で、現地の表示とアプリの時刻が違っていた件だ。
「協会から、情報を更新した時刻が違うのかもしれないって。返事が来てました」
「元の映像と一緒に、返事も残しておけ」
「はい。保存してます」
日が暮れる頃には、裏庭に二台の焼き台が並んでいた。
ロッカとヴィクターが運んだテーブルへ、皿と飲み物が次々に置かれる。リラが明かりをつけ、カインも店内から椅子を持って出てきた。
「カインさん、いつもの椅子なんですね」
「俺の席だ」
座った途端に、肉を待つ皿を置いた。
ヴィクターは肉の袋のほかに、小さな鍋と、まだ色の薄いコーヒー豆も出した。
「今日は、炭火で豆から焼くぞ。食後の一杯も俺に任せろ!」
「肉と一緒に焼くんですか?」
「こっちの端を使うんだよ!」
鍋を網の端へ置き、何度か揺すったところで、隣の肉から大きな音がした。
脂が炭へ落ち、いい匂いが庭へ広がる。
「よし。焼けたぞ!」
ヴィクターが切り分け、皆の皿へ載せていった。
「皆、飲み物ある?」
ミカが周りを見た。
「ある」
「じゃあ、皆の無事と、これからの私たちに。乾杯!」
八つのコップが持ち上がった。
ロッカは肉を一口食べた。噛むと、脂がじゅっと出てくる。
「うまいな、これ!」
隣のティーラも、もう二口目を食べていた。
「うん。すごく」
「まだあるからな。どんどん食え!」
ヴィクターが肉を配って回った。
颯太の皿にも、大きな一枚が載る。
「熱いから、気をつけて食えよ!」
「はい!」
何皿か平らげた頃、鍋から黒い煙が上がった。
「ヴィクターさん、豆!」
「おっと!」
慌てて鍋を火から下ろす。中のコーヒー豆は、真っ黒だった。
「……ちょっと深く焼けたな」
「ちょっとですか?」
「飲んでから言え。食後は、これだ!」
ヴィクターはリラに借りた道具で豆を挽き、紙のフィルターへ移した。湯を注ぐと、黒いコーヒーが落ちていく。
リラが小さなカップを並べた。颯太の分には牛乳をたっぷり入れ、砂糖とミルクもテーブルへ置く。
ロッカは、まずそのまま一口飲んだ。
「……苦っ」
ティーラも口をつけ、すぐにカップを下ろした。
「肉の方が、おいしい」
「俺は、この苦みが好きなんだよ!」
ヴィクターが自分の分をあおった。
飲み込み、しばらく黙る。
「……牛乳、回してくれ」
颯太が吹き出した。祖父も笑い、リラが牛乳を渡した。
カインは一口飲んだきり、砂糖を足している。
「カインさん、何杯入れるんですか」
「甘くなるまでだ」
「コーヒーの量、超えません?」
ロッカもミルクを入れ、もう一口飲んだ。さっきよりは飲めた。
「肉、もう少し食えるな」
「そうだろ!」
「褒められてないですからね?」
ミカも笑いながら、自分のカップへミルクを足した。
「次は、もっとうまく淹れてやる!」
「次もヴィクターさんがやるんですか?」
「当たり前だ。またここで焼くんだろ?」
ミカはカップを見て、肩を揺らした。
「じゃあ次は、豆もちゃんと見ててください」
隣では、ティーラが颯太にミルクを渡していた。ロッカは温かいカップを両手で包んだ。
「なあ。また一緒に仕事、行こうな」
ミカが顔を上げた。
「うん。私も、この五人で番組をやりたい」
「任せろ。次も俺が運んでやる!」
「ボクも行く」
「仕事は探しておく」
カインも答えた。
ロッカは空を見上げた。塀と店の屋根の間に、細く夜空が見える。
「飛ぶ車に乗って、行けるところがいいな」
「……条件が増えたな」
カインが端末を引き寄せると、ミカが笑った。
「明日にしません? 今、冷めちゃいますよ」
ロッカも空の皿を持って立ち上がった。
「ヴィクター、俺にももう一枚くれ」
「おう! でかいの、いくぞ!」
差し出した皿へ、熱い肉が載った。
第一章、ここで一区切りとなります!
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次章は、空へ。
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