第016話 一緒に帰れ
「戻りました! 怪我をしているのは、この方です!」
青い光を抜けたミカは、外で待っていた医療班へ手を上げた。
青梅ダンジョンのゲート前。十一時三十八分。ロッカとヴィクターが担架を運び出すと、医療班の二人がすぐに駆け寄った。
医療班の案内で、用意されていた搬送台へ浦野を移した。ロッカとヴィクターが手を離す。
ティーラも、青い工具箱を抱えて隣に立っていた。
「浦野。箱も、あるよ」
「……よかった」
浦野が顔を向けた。医療班が付き、救急車へ運んでいく。
ミカはポチを自分たちへ向けた。
「カインさん、引き渡しました。四人とも、外です」
『聞こえた。ご苦労だった』
その声を聞いて、ようやく肩が下がった。
〈帰ってきたあああ〉
〈箱も人も帰った〉
〈お疲れ! 本当にお疲れ!〉
管理棟の入口では、颯太が祖父の手を握って立っていた。
「浦野さん、大丈夫ですか」
「うん。話もできたよ。今から病院で、ちゃんと診てもらうから」
ミカが答えると、祖父が深く頭を下げた。
工具箱はいったん職員に預けた。落ち着いてから自分で渡したいという浦野の願いに、祖父も頷いた。
ヴィクターが両腕を伸ばす。
「よし。帰ったら肉だ! 今日は食べ放題にするぞ!」
「ヴィクターさんのおごりですか?」
「任せろ! 俺は働いた分だけ食う男だからな!」
ロッカが顔を向けた。
「食べ放題って、どれだけ持って帰ってもいいのか?」
「その場で食べる分だけだよ」
「そっか。冬の肉、一日で集まるかと思った」
ミカはロッカの顔を見た。本気だった。
「店の肉を、干して蓄えるつもりだったの?」
「ああ。いい店だなって」
「俺も気に入ったぞ、その店!」
「ヴィクターさんまで乗らないでください!」
〈目的が冬支度w〉
〈食べ放題の店を狩り場にするな〉
〈帰ってきたらこの会話なの安心する〉
「コメントです。『カインの分も忘れるなよ』」
『俺の分は、普通に買ってこい。干す前のやつだ』
ミカは吹き出した。笑うと、少しだけ足に力が戻った。
「皆さん、最後まで見てくれて、ありがとうございました。今日はここまで。またね!」
配信と録画を止め、ミカはポチを肩の横へ戻した。
借りた担架と救急袋、中継器を返し、預けていた皮の服の袋も受け取った。ヴィクターが袋を持ち、四人で管理棟を出る。
四人で昼食を済ませ、ミナトへ戻った。その日の夕方、病院で脚の処置を受けた浦野から、翌朝なら会えると連絡が入った。
翌二十六日の午前。ミカたちは、もう一度青梅の管理棟へ来ていた。
待合室の机の前で、浦野が車椅子に座っている。脚は固定され、片方を前へ伸ばしていた。
机の上には、青い工具箱があった。
浦野と颯太、祖父に確かめ、箱と手元、声だけを配信することにした。
ポチの映像は、ミナトにいるカインにも届いている。
〈あの青い箱だ〉
〈今日は返すところ?〉
〈受け取るところまで見たかった〉
「お待たせしました」
浦野が箱を差し出した。
颯太は両手を伸ばしたが、持ち上げずに、黄色いテープへ指を置いた。
「ここ、まだ同じだ」
「持ち手が割れたとき、お母さんが直したんだよね」
「……うん。新しい箱、買わないのって聞いたんです」
浦野が頷いた。
「俺も聞いたよ。颯太くんが選んでくれた箱だから、これがいいんだって」
颯太の指が止まった。
「重かったら、嫌かなって思ってた」
「いつも持ってきてたよ。雨の日も、この箱だった」
浦野は留め具を外し、蓋を開けた。
大きさごとに並んだ道具が見えた。昨日、ミカが使った長いレンチも、元の場所に収まっている。
〈昨日のレンチだ〉
〈全部そろって帰ってきたんだな〉
「母さん、使ったら同じところに戻せって、うるさくて」
颯太がレンチの柄に触れた。
「戻さないと、次に困る人がいるからって」
「うん。俺も何度か怒られた」
浦野が少し笑った。
颯太も笑いかけた。けれど、口元が震え、うまく笑えなかった。
ミカは何も言わずに待った。
「これ、昨日、使ってくれたんですよね」
「借りたよ」
ミカは頷いた。
「浦野さんに教えてもらって、私が。扉を開けるのに、すごく助かった」
颯太は、レンチを持ち上げた。
両手で握り、しばらく見つめてから、向きを確かめて元へ戻す。
「……ボク、使い方、分からないのもいっぱいある」
「知りたくなったら聞いて。今度は、俺が教えるから」
浦野が答えた。
颯太は蓋を閉め、一つずつ留め具を掛けた。持ち手を握って引き寄せ、胸の前で箱を抱える。
「おかえり」
小さな声だった。
机の縁に、涙が一つ落ちた。
ロッカは、颯太の手から箱が滑らないよう、底へ手を添えた。
「颯太」
少年が顔を上げる。
「今度は、一緒に帰れよ」
颯太は頷いた。箱を抱え直して、顔を伏せた。
祖父がその背中へ手を置いた。
〈おかえり〉
〈浦野さんから返せてよかった〉
〈五人とも、ありがとう〉
ミカはしばらく、箱の黄色い持ち手を映していた。
帰り際、撮影を終えてから、颯太が祖父の袖を引いた。
「おじいちゃん。お礼、お肉はどうかな」
颯太がこちらを見た。
「皆さん、お肉、好きですか」
「大好きだ!」
ヴィクターが答え、ロッカとティーラも頷いた。
『俺の分も忘れるな』
端末からカインの声がした。
颯太が、赤い目のまま少し笑った。
「じゃあ、おじいちゃん。ちょっといいやつにしよう」
颯太と祖父を見送ると、職員がロッカへ封筒を差し出した。
「ご両親のお墓の場所が分かりました。市内の霊園です。道順も入れてあります」
ロッカは紙を開いた。ティーラも隣から地図を覗き込む。
「ここに、いる?」
「ああ」
ロッカは印に指を置いたまま、しばらく動かなかった。
「花、買っていきたいな」
「うん。行く前に寄ろう。お線香もいるね」
ミカが答えると、ロッカは上着のポケットに触れた。
「俺が払うよ。働いた金、まだあるから」
紙を折り直し、図鑑の入った鞄へしまう。それから、隣にいるティーラを見た。
「父さんと母さんに、おまえを紹介したいんだ」
「ボクのこと?」
「うん。三十年、俺をひとりにしなかったやつだって」




