第015話 母さんの道具を借ります
『ミカ、歯車の奥を映せ』
カインの声に、ミカはポチを鉄扉の脇へ寄せた。
青梅ダンジョンの復旧区画。下りた扉の手前に、浦野を乗せた担架が置かれている。
現在、十一時二十一分。危険な区画から戻る期限の十一時四十分まで、あと十九分だった。
ミカは欠けた歯車へ明かりを向けた。奥にも何かがあるが、手前の金属に隠れて見えない。
「ここ、使ったことがあります」
担架から浦野が顔を上げた。
「手前の歯車を外せば、手で回す軸が出ます。電動の方が駄目でも、そちらなら」
『聞こえた。どれを外すか、ミカに教えてくれ』
「ただ、先に扉を支えてください。外すと、そのまま落ちます」
「俺だな!」
ヴィクターが扉の前へしゃがんだ。床との隙間へ両手を入れ、指の付け根まで差し込む。
「少し持ち上げる。枠が動いたら言ってくれ」
扉がわずかに浮いた。ロッカが壁際で、傾いた支柱を見上げる。
「そこで止めてくれ。枠は動いてない」
「よし。重さは俺が持つ!」
〈扉持つ係が決まるの早い〉
〈これでも殴るより簡単そうに言うんだな〉
〈手、挟むなよ〉
ミカの端末から、カインが続けた。
『ここから閉鎖区画の柵まで、担架で八分見ておく。十一時三十分には、この扉を抜けろ』
「九分で開けるんですね」
『抜ける時間も含めてだ。ミカ、手元を映したまま作業できるか』
「できます」
ポチの位置を決め、端末を上着のポケットへ入れた。両手を空けると、ティーラが青い工具箱を足元へ置いてくれた。救急袋も担架のそばへ下ろす。
「使っていいです。長いレンチが、上にあります」
浦野が言った。
ミカは留め具を開いた。道具が大きさごとに収まり、長く使われた柄だけが滑らかに光っていた。
「颯太くん。お母さんの道具、借りるね」
カメラへ声をかけ、レンチを取り出す。
〈あの箱、ここで使うのか〉
〈返す前にもう一仕事〉
〈ミカちゃん頼む〉
浦野に教わった留め具へ工具を掛けた。両手で引くと、固かったナットが少し回った。
ミカは息を吐いた。
「回りました」
〈回った!〉
〈ミカ、部品落とすなよ〉
「そのまま緩めてください。歯車は、抜くと落ちますから」
「こっちは俺が持つ」
ロッカが横から手を入れ、割れた歯車をつかんだ。ミカがナットを外すと、彼がゆっくり引き抜く。
残った軸には、棒を通すための穴があった。周りが金属で囲われていて、手では握れそうにない。
『ロッカ、斧の柄が使えるか』
「この穴へ通すんだな」
ロッカが外した歯車を壁際へ置き、腰の牙斧を抜いた。長い柄を穴へ差し、両側から握る。
ミカはポチで、軸の横に刻まれた矢印も映した。
『その向きへ回せ。ヴィクターは下から支えたままだ』
「おう!」
ロッカが柄を押した。軸が回り、扉につながる鎖が張る。
だが、扉は途中で止まった。
ロッカもすぐに手を止めた。壁の亀裂から、細かい砂が落ちてくる。
「まだ押せるけど、これ以上やると柄が折れるぞ」
『止めたまま待て。ミカ、扉の端を見せろ』
ポチを下げようとすると、ティーラがミカの袖を引いた。
「そこ、踏まないで」
足を出しかけた先で、床板が斜めに浮いていた。
ミカは一歩引いた。ティーラが板を押さえ、ミカの立つ場所を空ける。
「ありがとう。ポチ、下からお願い」
レンズが扉の下へ向いた。歯車の箱がある側の縁が、曲がった金具に引っかかっている。
「ここ、引っかかってます」
ミカが指で示した。
『見えた。ヴィクター、ミカのいる方の手を少し上げろ。枠へ押しつけるな』
「任せろ」
ヴィクターの腕に力が入り、扉がわずかに傾いた。引っかかっていた縁が、金具から離れる。
「抜けた!」
ミカが叫んだ。
「ロッカ、回してくれ!」
牙斧の柄が、ゆっくり下がった。鎖が巻き取られ、今度は扉も上がっていく。
ヴィクターが膝を伸ばす。大きな身体が扉の下へ入り、両腕を上へ突き出した。
〈一人で持ってる……〉
〈殴らずに開けたぞ!〉
〈まだ手を離すなよ〉
「留め棒が、横に三本あります。それを奥まで!」
浦野の声で、ティーラが扉の脇へ走った。
太い棒が三本、壁から途中まで突き出ている。ティーラが一本を押したが、扉へ届いたところで止まった。
「ロッカ、少し戻して。穴が、棒より上」
ロッカが柄をほんの少し引き戻し、ヴィクターも支える手を下げた。
棒が穴へ滑り込んだ。ティーラが二本目を押す。続いて三本目も、奥まで収まった。
「全部、入ったよ」
『ヴィクター、ゆっくり手を緩めろ。ロッカはまだ離すな』
ヴィクターの肘が下がった。扉は落ちなかった。ロッカも軸から少しずつ力を抜く。
三本の棒が、扉を支えていた。
曲がった金具は、もう引かれていない。
〈止まった!〉
〈全員通れるぞ〉
ミカは端末を取り出した。
十一時二十八分。
「通れます。三十分より前です!」
『工具を戻して、出ろ』
「コメントです。『こっちも息止めて見てた』」
ミカはレンチを元の場所へ収め、箱を閉じた。ロッカも牙斧を抜き、柄を一度確かめてから腰へ戻す。
ティーラが工具箱と救急袋を持つ。ロッカとヴィクターは、担架の頭側と足側へ戻った。
「いくぞ、浦野さん」
「……はい」
担架が持ち上がった。ティーラが先に扉をくぐり、ミカもポチを向こうへ飛ばす。
二人が足を揃え、担架を鉄扉の下へ通した。
ミカは最後に三本の棒を振り返り、扉から離れた。
帰り道の段差では、ティーラが先へ上がって待っていた。担架が傾かないよう片側を支え、その間にロッカが足を上の床へ移す。
ヴィクターも続き、浦野の脚は水平なまま越えられた。
入口側の通信につながったところで、ミカは借りた中継器を外し、鞄へしまった。カインの声も、配信も途切れていない。
大岩をどかした場所では、確認班の職員が待っていた。
「こちらへ。入口側まで、道を確かめてあります」
ミカは工事用の鉄扉が途中まで下りたことと、三本の棒で固定したことを伝えた。職員が無線で鉄扉の状態を知らせ、奥への進入を止める連絡をした。
「颯太くんとお祖父さんも、管理棟に着いていますよ」
「ありがとうございます。もうすぐ戻ります」
閉鎖区画の柵が見えた。
担架が越え、ロッカ、ヴィクター、ティーラ、最後にミカも閉鎖区画の外へ出る。まだ洞窟の中だが、その先は探索者のいる、照明の点いた通路だった。
十一時三十五分。
〈全員出た?〉
〈工具箱もある〉
〈よかったあああ〉
『四人とも、返事しろ』
「俺はいる」
「おう!」
「ボクも」
「私もいます。浦野さんも、一緒です」
ミカが答えると、端末の向こうで息を吐く音がした。
『よし。医療班が門の外で待っている。そのまま行け』
ティーラが工具箱を持ち直した。ミカは、その黄色い持ち手に一度触れた。
「ありがとう。道具、全部戻したよ」
担架の上から、浦野がこちらを見た。
「あの子に、自分で渡せますね」
ミカは頷いた。
「はい。颯太くん、もう待ってますよ」




