第013話 四人で入る、五人で戦う
「少し浮かせるぞ。上を見ててくれ」
ヴィクターが、通路を塞いだ岩の下へ指をかけた。
ミカの背より高い岩だった。壁と壁の間に挟まり、その上にも大小の石が積み重なっている。奥の道は、どこにも見えなかった。
青梅のゲートをくぐってから、ここまでは歩いて来られた。入口近くには探索者もいたが、復旧区画の柵を越えると、ほかの探索者の姿はなくなった。
落石の手前に残っていたのは、確認班の職員二人だけだ。
借りた担架と救急袋は、少し戻った通路の脇へ置いてある。ロッカもその隣へ鞄と槍を預け、岩の前へ来ていた。
ミカは少し離れ、ポチに岩と三人の手元を映させた。協会の許可をもらった配信は、入口から続いている。
〈昨日の腕相撲の人たちだ〉 〈今日は岩を運ぶの?〉 〈人よりでかいんだけど〉
ヴィクターが膝を伸ばす。大岩がほんの少し持ち上がり、上から小石が落ちた。ロッカが手で受け、足元へ置く。
「止めて。上のやつが落ちそうだ」
「分かった」
ヴィクターの腕が止まった。
ミカはポチを上へ動かした。岩の上に隙間ができ、その奥で、別の石が傾いている。
「カインさん、見えます?」
『見える。画面をそこに固定しろ』
映像は、ミナトにいるカインにも届いている。端末から、声が続いた。
『大きいのを抜くと、その石が奥へ落ちる。先に取れるか』
「ボクが持つ」
ティーラが岩の横へ身体を寄せた。隙間から両手を入れ、胸ほどもある石を押さえる。
「ロッカ。こっちに動かして」
「ああ」
ロッカが反対側から手を添えた。二人で石を傾け、手前へずらす。ティーラが胸元へ抱き取り、通路の端へ下ろした。
顔にかかった砂を、ロッカが袖で払った。
「もう少し。上の小さいのも取ろう」
ヴィクターは、大岩を持ったままだった。
岩の下へ入れた指は、第二関節までしか隠れていない。ミカは自分の手元を見た。端末を握るだけの指にまで、力が入っていた。
「ヴィクターさん、大丈夫ですか?」
「ああ。まだ持てる。二人の手元を見ててやれ」
返事をする間も、岩は動かなかった。
〈ずっと持ってるじゃん〉 〈指だけで支えてない?〉 〈この人に腕相撲挑んだ人がいるらしい〉
『ミカ、今度は下だ。ヴィクターの足元も入れろ』
「はい」
ポチを下げる。ロッカが残る石を取り除き、ティーラも横へ離れた。
「こっちはいいぞ」
『ヴィクター、そのまま手前へ引け。ゆっくりだ』
「おう」
太い腕が曲がった。岩の底が床を擦り、重い音が続く。ヴィクターが一歩下がると、大岩も同じだけ前へ出た。
壁との隙間が開く。
ロッカはそこを覗き込み、上を見た。
「止まって。まだ引っかかってる」
ヴィクターが足を止める。
ロッカが隙間へ手を伸ばした。挟まっていた細長い石を引き抜くと、上から砂がぱらぱらと落ちた。
ミカは壁を見た。照明も、壁に通った管も動いていない。
「よし、いける」
ヴィクターが、もう一歩下がった。
大岩が抜けた。
奥まで続く道が、ようやく見えた。
「どこへ置く?」
「こっち、空いてる」
ティーラが手前の窪みを指した。ヴィクターは岩を少し浮かせたまま向きを変え、そこへ運んだ。
ゆっくり膝を曲げる。岩が床へ触れ、指が抜かれた。
職員が開いた道へ近づき、天井を照らした。残る石を確かめ、壁際の表示器にも目を落とす。
「今のところ、新しい動きはありません。通るときも頭上に注意してください」
それから、無線へ顔を寄せた。
「通れます。岩、どかしてもらえました」
言い終えてから、もう一度、開いた道を見た。
「……ありがとうございます」
「まだだ。中の人を出してからな」
ヴィクターが両手の砂を払った。
ミカも息を吐いた。壁を壊さずに、道だけが開いていた。
〈道が開いた!〉 〈重機が来る前に終わったぞ〉 〈誰も壁殴らなかったな〉
「コメントです。『五人とも仕事違うの、いいな』」
ポチの声に、ミカはレンズへ一度だけ顔を向けた。
「カインさんも、店から一緒に働いてますよ。じゃあ、奥へ進みます」
ロッカが槍と鞄を取りに戻る。ヴィクターも担架と救急袋を背負い直した。
職員が、通路の横についた表示器の時刻を指した。
「奥の支柱に、まだ負担がかかっています。撤退期限は十一時四十分。更新があれば、すぐ連絡します」
ミカはポチで、表示と時刻を一緒に撮った。
「カインさん、送りました」
表示は十一時四十分。手元の時計は十一時八分だった。
『受け取った。そこを過ぎて作業を続けるな。帰る分の時間も残せ』
「はい」
四人が先へ進む間、職員は開いた通路を見張り、後続の班を呼ぶことになった。
落石の向こうは、照明が何本か消えていた。
ロッカを先頭に、ティーラ、ミカ、ヴィクターの順で歩く。ミカは協会から借りた中継器を、通路に残った通信線へつないだ。
「カインさん、聞こえます?」
『聞こえる。その先の曲がり角を見せてくれ』
ポチの明かりが、折れた管と床の亀裂を照らした。
『地図では、あと三つ曲がれば避難所だ。足元を見て進め』
最初の角を曲がったところで、ロッカが止まった。
床を横切る亀裂があった。片側が沈み、向こうの床との間に、膝ほどの段差ができている。
「ミカ、手を出して」
先に渡ったティーラが、こちらへ手を伸ばしていた。
ミカはその手を握り、段差を下りた。靴が砂で滑ったが、握る手は動かなかった。
「ありがとう」
「うん」
〈ミカちゃん転ぶなよ〉 〈ティーラちゃん手貸してくれるの好き〉
ヴィクターも段差を越え、後ろを振り向いた。帰りに人を乗せて通れるか、背中の担架と通路の幅を見比べている。
二つ目の角で、ティーラが顔を上げた。
「……今、聞こえた」
全員が止まった。
ミカも足を揃えた。ポチが近くで低く唸っているほかは、何も聞こえない。
「もう一回、呼んでみて」
ティーラがロッカを見る。
「助けに来た! 聞こえるか!」
ロッカの声が、暗い通路の奥へ響いた。
ミカは息を止めた。
遠くで、かすかに何かが擦れた。
「……いる」
ティーラが最後の角を指した。
「あの向こう。人の声」
「聞こえたぞ! 今そっちへ行く!」
ロッカが歩き出した。
角を曲がると、少し広い作業場へ出た。向かいの壁に『避難所』の札があり、鉄の扉が半分だけ開いている。
「こっち、です……!」
声がした。
今度は、ミカにも聞こえた。
「カインさん、いました。生きてます」
言いながら、端末を持ち直した。指が震えて、画面が少し揺れた。
〈返事した!〉 〈よかった、生きてた〉 〈あと帰るだけだぞ。頼む〉
『聞こえている。ポチを扉へ向けろ』
ミカはポチを低く飛ばし、扉と足元を映した。明かりの届いた先で、作業着の男が片手を上げる。扉の内側に座り、片脚を投げ出していた。
その脇には、青い箱が置かれていた。持ち手に、黄色いテープが巻いてある。
「足を……挟まれて。もう抜けたんですけど、立てなくて」
「担架があります。歩かなくて大丈夫ですからね」
ミカが声をかけると、男の手が少し下がった。
「……よかった」
「分かった。そこにいてくれ」
ロッカが、作業場の横へ顔を向けた。
「……何か来る」
槍の穂先から布を外し、鞄へしまう。暗い穴の奥で石が転がり、ミカもポチをそちらへ向けた。
ティーラがミカの前へ入る。
「ミカ、下がって」
黒い脚が、穴の縁へかかった。
続いて、丸い甲羅が出てきた。作業台を押し倒しながら、六本の脚で床を掻く。頭だけでも、ミカの胴より大きい。
〈でかいでかい〉 〈扉の方に行ってる!〉 〈そこ人いるって!〉
『甲殻獣だ。そいつを避難所へ行かせるな』
カインの声と一緒に、男が扉の奥へ身を引いた。
甲殻獣は、その動きに頭を向けた。
ロッカが床の石を拾い、投げた。甲羅に当たり、石が砕ける。六本の脚が止まった。
「ヴィクター。あの人を運ぶ前に、こっちだ」
「おう」
ヴィクターが担架と救急袋を、ミカの後ろへ下ろした。
甲殻獣が向き直る。低く頭を下げ、ロッカへ突っ込んできた。
ロッカが作業場の真ん中へ出る。槍を左手へ持ち替え、空いた右手を伸ばした。
甲羅の縁をつかむ。重い音が響いた。ロッカの靴が砂を削り、そこで止まった。
六本の脚が床を掻く。甲殻獣が頭を振っても、右手は離れない。
避難所の男が、扉の隙間から目を見開いていた。
〈片手!?〉 〈槍まだ使ってないのかよ〉 〈昨日はこの人が負けたんだよな……〉
「ヴィクター、横から押さえてくれ!」
ヴィクターが甲殻獣の横へ回った。すぐには手を出さず、避難所の扉を確かめる。
ミカはティーラの脇から、ポチを低い位置へ動かした。甲羅の下で踏ん張る脚と、床を一緒に映す。
「カインさん、足元も入れました」
「殴ると、あの壁まで飛ぶぞ」
『なら、飛ばさずに倒せ。そいつの足元を見ろ』
カインの声に、ヴィクターが拳を開いた。
「よし。転がすぞ、ロッカ!」




