第012話 母さんの工具箱
「母さん、機械を直す仕事をしてたんです」
颯太は、広げた地図の端を押さえていた。
「家の時計も、扇風機も。壊れたら、持ってきなって」
白髪の男が、その隣へ立った。
「八月の災害で亡くなりまして。今は、私と暮らしています」
ミカは頷き、二人にも椅子を勧めた。
二〇五六年十月二十五日の朝。開店したばかりのミナトには、まだほかの客はいなかった。
「工具箱は、青梅のダンジョンにあるんですか?」
「はい。娘と同じ復旧班で働いていた方へ、私が貸したんです。使ってもらえればと思ったのですが、この子に残してやりたくなりまして」
祖父が地図の赤い丸を指した。
「この保管室に置いてあるそうです。何度か返す日が延びて、今朝、点検に入る人が持ち帰ってくれる予定だったんですが」
「……まだ、返ってきてないんですね」
「配信で、昨日の熊を見ました。あんなに強いなら、取りに行けるかなって」
颯太が顔を上げた。
「青い箱です。持つところに、黄色いテープが巻いてあります」
「分かった。まず、今どうなってるか聞いてみよう」
ミカは端末を取り出した。青梅の管理棟には、部屋の返却について連絡したばかりだ。
事情を話すと、担当者が調べてくれた。
『箱の回収は、本日の作業予定に入っています。ただ、担当の作業員が、戻る時刻を過ぎていまして』
ミカは地図から顔を上げた。
「連絡は取れてるんですか?」
『最後に、落石を避けて避難所へ向かうと。現地の班が確認に出ていますが、その先の通路へ進めずにいます』
「作業員は、一人ですか?」
『一人です。怪我の有無も、まだ確認できていません』
ミカは車の手配画面を開いた。
「こちらから四人向かいます。協力できるか、責任者の方へ確認してもらえますか」
職員が名前を聞き、ミカは四人分を答えた。
通話を終えると、隣の席からカインが手を伸ばした。
「地図を見せてくれ」
ミカが紙を寄せる。その間に、ロッカが颯太へ顔を向けた。
「箱を持ってきてくれる人、まだ中なんだな」
「……うん」
「俺たちで見に行く。颯太は、おじいちゃんと管理棟で待っていてくれ」
颯太は膝の上へ手を揃えた。
「お願いします」
ロッカが頷き、物置へ鞄を取りに立った。ティーラも、その後に続く。
「俺も行くぞ」
ヴィクターが上着を肩へ掛けた。
「岩なら俺が動かす。場所が分かったら教えてくれ」
「はい。お願いします」
ミカが答えると、カインは地図を撮って端末へ保存した。
「こっちは経路を見ておく。現地の図面も送れ」
「カインさん、連絡しますね」
ミカが車を手配していると、祖父が颯太の肩へ手を置いた。
「私たちも、あとから電車で管理棟へ向かいます。待合室で待たせてもらいますので、どうか、無理だけはなさらず」
ミカは頷き、地図を預かった。
四人を乗せたワゴンが青梅の管理棟へ着く頃には、入口前に作業車が並んでいた。
ミカが受付で名前を伝えると、職員が奥へ案内してくれた。窓の向こうには、屋根の下の青いゲートが見える。ゲートの手前で、ヘルメットをかぶった人たちが機材を下ろしていた。
「現場の担当者が戻るまで、少し時間があります。先に武器をお返ししますので、部屋の荷物も今のうちにまとめていただけますか」
「分かった。呼ばれたら、すぐ下りる」
ロッカとティーラが二階へ上がる間、ミカはヴィクターと受付で待った。
職員が用意した担架を、ヴィクターが一度広げる。留め具を確かめ、畳み直して救急袋のそばへ置いた。
ほどなく、二人が服の入った袋と鍵を持って下りてきた。鍵を返し、服の袋は帰りまで預かってもらう。
職員が奥の保管室から、長い布包みと牙斧を運んできた。
「こちらで、お間違いありませんか」
「ああ。ありがとう」
ロッカは槍の布を少し開き、穂先の根元と柄の継ぎ目を確かめた。ティーラが、その下の革紐を指す。
「そこ、少し緩んでる」
「助かる」
ロッカは紐を締め直した。牙斧の柄も一度握り、腰の革帯へ収める。最後に、槍の穂先を布で覆い直した。
職員が受け取りの用紙を片付けようとしたところで、声をかける。
「あと、ひとつ聞いてもいいか」
「はい」
「父さんと母さんの墓……どこにあるか、調べてもらえるか?」
職員は用紙を置き、ロッカへ向き直った。
「確認しておきます。お戻りになったら、お伝えしますね」
「ありがとう。ティーラも、連れていきたいんだ」
「ボクも行く」
ティーラが答えると、ロッカは小さく頷いた。
四人は受付へ探索者証を出し、案内された机へ向かった。
一階の打ち合わせ机には、ダンジョンの区画図が広げられていた。戻ってきた現場の担当者が、入口から奥へ指を動かす。
「作業員が入ったのは、復旧中のこちらの区画です。今朝、点検中に通路の一部が崩れました」
地図の赤い丸は、その手前にあった。
「箱は本人が、この保管室から回収しています。その後、落石を避けて、この先の避難所へ向かいました」
担当者が、奥の四角を指で囲んだ。
「確認に出た班が、ここで待っています。通路を塞いでいる岩を、人の手では動かせませんでした。機械を入れる準備も進めています」
ロッカが図面へ身を寄せた。
「避難所までは、つながってるのか?」
「岩の先は、道が残っているかも分かりません。避難所の中も未確認です」
担当者が胸の無線へ顔を下げた。
「確認班から、もう一度呼んでください」
雑音が続いた。ミカも、ほかの三人も黙って待った。
『応答ありません』
ロッカの指が、図面の岩の印で止まった。
「まず、ここまで行こう。岩をどかすときは、奥へ石を落とさないようにする」
「ボクも聞いてみる。近くまで行けば、人の声が聞こえるかもしれない」
ティーラは避難所までの道を、目でたどっていた。
ミカはポチを机の上へ寄せ、カインとの通信をつないだ。図面全体を映し、入口から避難所までを指でたどる。
「カインさん、見えます?」
『見えている。今、班がいる場所も映してくれ』
担当者に示してもらい、その位置も送った。
『そこまでの道順は分かる。岩の先は、現場で見てからだな』
ミカは頷き、担当者へ向き直った。
「私たちが協力する許可は、出ましたか?」
「入口側は、探索者証があれば入れます。ただ、奥の復旧区画は閉鎖中です。四人には、その区画での通路確保と救助支援を許可します。実力は、支部の記録と昨日の映像で確認しました」
担当者は四人の探索者証を返した。
「依頼は協会から出します。通路が開いたら、安否の確認をお願いします。医療班は出口で待機させます。追加の人手が必要なら、すぐ知らせてください」
「分かりました」
ミカが証を配ると、ティーラは自分の上着のポケットへしまった。
ヴィクターが、確かめておいた担架と救急袋を背負った。
「岩は手前へ引き出す。周りの壁は残す。それでいいな?」
「はい。奥に人がいる可能性があります。お願いします」
ヴィクターは頷き、背中の紐を締めた。
ミカも鞄を身体へ寄せ、ポチを肩の横へ戻した。
四人で管理棟の裏へ出る。見学用の柵の向こうでは、ゲートが青く光っていた。
ロッカが帰還した直後、ティーラを迎えに入り直した門だった。今は、その先の洞窟に作業員が残っている。
「じゃあ、迎えに行こう」
ロッカが槍を持ち直し、ゲートの前へ進んだ。
「颯太に、本人から返してもらおう」




