第011話 テントを張れば?
「庭は貸せるけど、家を建てるのは困るわ」
リラの返事に、ロッカは少し考えた。
「雨が入らなきゃいいんだ。柱も、そんなに太いのは要らない」
「柱を立てるところからなんだ……」
喫茶店ミナトの窓際で、ミカが庭を見直した。
ティーラも、ロッカの隣から覗いた。塀のそばに木が一本あり、その下は土になっている。店の裏口から、さっき冷蔵庫を運んだ通路へ続いていた。
「テントを張れば?」
ミカが端末へ、布でできた小さな家を映した。
「これなら地面を掘らなくていいし、使わないときは畳めるよ」
「へえ。引っ越すときも持っていけるのか」
ロッカが画面へ顔を寄せた。ティーラは、入口を閉めた写真と開いた写真を見比べる。
「ボクの分も、選んでいい?」
「もちろん。まず、置く場所を見ようか」
テーブルのお金をポケットへしまい、ティーラはロッカたちとリラの後に続いた。カインは店の席に残っている。
冷蔵庫は青いシートの上に立っていた。その反対側で、リラが木の下を示す。
「ここなら、お店への出入りも邪魔にならないわ。しばらく使っていいわよ」
「いくら払えばいい?」
「場所代はいらないわ。その代わり、約束があるの」
リラが物置の扉を開け、空いている棚を示した。
「朝、お店を開ける前にテントを畳んで、ここへしまってね。庭もきれいに使うこと。それと、夜は庭の門の戸締まりをお願い。変な物音がしたら、私にも声をかけてくれる?」
「分かった。寝床の周りを見るのは、いつもやってる」
「ボクも」
ティーラは頷き、裏口の水道を指した。
「水も、使っていい?」
「ええ。トイレも裏から使えるようにするわね。お風呂は駅の向こうの銭湯、店の食事は別料金よ。困ったことがあったら、その都度相談しましょう」
「ありがとう。借りたい」
ロッカが頭を下げた。ティーラも隣で頭を下げ、お金の入ったポケットを押さえた。
次に買うものは、決まっていた。
店の仕事へ戻るリラと別れ、四人は近くの中古品の店へ向かった。
テントと寝袋、それから下に敷くマット。まとめて四千円の札がついたものを、ミカが見つけた。
「これ、一人分ずつそろってる。中も見せてもらおう」
店員が布を広げ、破れや留め具を確かめてくれる。ティーラは開いた入口へ手を入れ、反対側の窓を覗いた。
「こっちからも外が見えるんだ」
「閉めることもできますよ」
教わった通りに留め具を動かすと、窓が閉じた。
もう一度開ける。
ティーラがロッカを見ると、彼も自分の分の布を広げていた。
「俺、緑にする」
「じゃあ、ボクは青」
二人で色を選び、別々にお金を払った。ティーラは一万円札を渡し、お釣りの六千円を受け取った。
ティーラはレジの脇で、小さなノートも買った。二百円と書いてあったので、千円札をもう一枚渡す。戻ってきた硬貨は、ミカにもらった小袋へ入れた。
「何を書くんだ?」
「あとで」
テントの袋はヴィクターが持ってくれた。ティーラが自分の青い袋へ手を伸ばすと、すぐに渡してくれる。
「自分で持つか?」
「うん。ボクのだから」
ミナトへ戻ると、庭には長い影が伸びていた。風も少し冷たくなっている。
ティーラは木のそばへ立ち、頬に当たる風を確かめる。入口を風の来ない向きに置き、店の裏口が見える位置へずらした。
「ボク、ここ」
「じゃあ、俺は隣だな」
ロッカが少し間を空け、緑の袋を下ろした。二つの入口は庭へ向け、顔を出せば互いが見えるよう、少し内側へ向けた。
二人で布を広げていると、ミカの端末からカインの声がした。ポチが説明書と手元を映している。
『その長い棒を、布の筒へ通せ』
「こっちからか?」
『そうだ。両端を留めれば立つ。ヴィクター、先端だけ持っていろ』
「任せろ!」
「引っ張らないでくださいね」
「持つだけだな!」
棒を曲げると、平たかった布が持ち上がった。
ティーラは中を覗いた。床も、壁も、屋根もある。片手で運んできた袋から、ちゃんと眠れる場所ができていく。
ロッカに紐を張る位置を教わり、短い杭を土へ打った。布を引っ張っても倒れないことを確かめ、入口を開ける。
「できた」
靴を脱いで入り、マットへ膝をついた。寝袋を広げて横になると、足を伸ばしても奥の壁に当たらなかった。
「どうだ?」
隣からロッカの声がする。
「入れた」
「はは。よかったな」
ティーラは入口から顔を出した。隣でも、ロッカが布を捲ってこちらを見ていた。
ティーラが腕を伸ばすと、ロッカもこちらへ手を伸ばした。指先が届き、そのまま手を握る。
「ロッカ、もうちょっと離れててもよかった?」
「いや。こっちの方が話せるだろ」
「うん」
ティーラは自分の入口を、開けたままにした。
「二人とも。その顔、写真にしていい?」
ミカが、ポチを少し下げた。
「ボクの家も入れて」
「もちろん。ロッカのも一緒にね」
店の裏口へ出てきたリラに、ミカが撮った写真を見せる。二人の顔と、青と緑のテントが並んでいた。
「今夜から、こちらで寝る?」
「うん。もう寝るものもあるし」
ロッカが答えると、ミカが端末を出した。
「じゃあ青梅の部屋は、明日お返ししよう。荷物と武器も取りに行かないとね。私から連絡しておく」
「頼む」
ティーラは、テントの奥へ自分の袋を置いた。ポケットを確かめると、まだお金が残っている。
肉を買う分も、明日の分もあった。
靴を履いて店へ戻ると、ロッカは図鑑の入った鞄を手に取った。新しい寝床へ持っていくため、肩に掛け直している。
ティーラもノートを出し、ミカの前へ置いた。
「ミカ。『海』って書いてくれる?」
「海?」
「行ってみたい。水が、ずっと向こうまである?」
ロッカが隣から覗き込んだ。
「昔、話したやつか」
「うん。今の足で、泳いでみたい」
「いいね。行こうよ。海の配信、私もしたい」
ミカがペンを借り、一頁目に大きく『海』と書いた。その下へ『ティーラ』と名前を入れてくれる。
「ほかには?」
「俺、空飛ぶ車に乗ってみたい」
ロッカが言うと、ミカは次の行に書き足した。
「俺は、でかい肉を焼きたいぞ。五人でも食い切れねえくらいのやつ!」
「ヴィクターさん。それ、行きたい場所ですか?」
「いい肉がある場所へ行くんだよ!」
「なるほど。私は、その旅を番組にして稼ぐ、と」
ミカが自分の分も書くと、カインがカップを置いた。
「俺の欄は?」
「カインさん、何したいんですか?」
「世界中から、指名で仕事を受ける」
ミカが書き終える前に、指が伸びてきた。
「名前は、もう少し大きく書け」
「はいはい。天才のお名前ですね」
ロッカが笑い、ヴィクターも笑った。ティーラは開いたノートを手元へ戻し、いちばん上の『海』を指でなぞった。
その夜、ティーラは寝袋に入ってからも、隣へ何度か声をかけた。
ロッカは、そのたびに眠そうな返事をした。
翌朝、十月二十五日。ティーラは畳んだ青いテントを袋へ押し込み、物置の棚へ置いた。隣には、ロッカの緑の袋が並んでいる。寝袋とマットもしまうと、庭には何も残らなかった。
「増えましたよ! チャンネル登録者!」
店の方から、ミカの声がした。
ロッカと裏口から入ると、ミカが端末を掲げていた。今来たカインとヴィクターも、まだ入口に立っている。
「何人だ?」
「百二十二人です!」
「千人を超えてから喜べ」
「喜びますよ! この前まで、配信しても二十三人しか来なかったんですから!」
ロッカが画面を覗いた。
「今、百二十二人が見てるのか?」
「今は配信してないよ。次も見たいって、登録してくれた人の数!」
ミカが胸の前で端末を抱えた。
「千人になったら、もっと喜びます!」
「おう! そしたら、また祝おうぜ!」
ヴィクターが笑った。ミカも笑い、窓越しに庭を見て、顔を近づけた。
「あれ。もうテント、片付けたの?」
「店が開く前に畳む約束だろ。土も払って、棚に置いた」
ロッカが答えると、ミカはカウンターへ振り向いた。
「リラさん。庭を貸したら、片付けまでしてくれる用心棒が二人ついてきましたね」
「助かるわ。昨日も、ちゃんと門を閉めてくれたの」
「……最強のホームセキュリティじゃん」
リラは笑いながら、入口の札を『営業中』へ裏返した。
ティーラもロッカと窓際の席へ座った。ミカが向かいへ腰を下ろしたところで、入口の鈴が鳴った。
顔を上げると、男の子が立っていた。後ろにいる白髪の男が帽子を取り、リラへ頭を下げる。
「おじいちゃん、あの人だよ」
男の子はテーブルの手前まで来て、足を止めた。
「あの。ミカさん、ですか」
「はい。私?」
「配信、見ました。強い人たちも、一緒なんですね」
ロッカが頷いた。
「俺たちに、何か用か?」
男の子は後ろを見た。白髪の男が頷くと、二つ折りの紙を両手で差し出す。
「颯太っていいます。取りに行ってほしいものがあるんです」
紙を開くと、通路と部屋の絵が描かれていた。奥の部屋に、赤い丸がついている。
「ここに、工具箱があるって聞いて」
颯太の指が、その丸に触れた。
「母さんのなんです。……もう、母さんが使うことはないんですけど」




