第010話 ボス部屋で腕相撲
「ついでに、金も稼いでこい」
カインが端末をロッカたちへ向けた。
喫茶店ミナトの窓際で、ロッカは食べ終えた皿を寄せた。ダンジョンの地図に重なって、金属の箱が三つ映っている。
「さっきの機材回収だ。運ぶ人間がそろったと送ったら、返事が来た」
「カインさん、いつの間に?」
「お前らが食っている間だ。冷蔵庫の映像も添えた」
ミカが、自分の端末を見直した。
「あれ、仕事を取るのに使えたんですね」
「使えるようにした。三箱で二百四十キロ。持てるな?」
「任せろ!」
ヴィクターが胸を叩く。ティーラも、最後のパンを飲み込んで頷いた。
二〇五六年十月二十四日の午後。四人はミナトを出て十分ほど歩き、立川市内のダンジョン管理棟へ着いた。
入口には『蒼天探索社』と書かれた看板があった。その下には、所属探索者の写真が並んでいる。
「ここ、協会の建物じゃないのか?」
「このダンジョンの権利を持ってる会社だよ。儲かる場所は、大きな会社やS級の人たちが押さえてるの」
「中へ入れる人も、そいつらが決めるのか?」
「うん。協会の偉い人が、会社の役員もやってたりするから。等級だけじゃ決まらないところがあるの」
ミカが受付で四人分の探索者証を出した。
「カイン・タチバナさんが申し込んだ、機材回収の班です」
女性が証を読み取り、画面へ目を向けた。
「……F級の方もいらっしゃいますね」
ミカの背筋が伸びた。
女性は別の画面を開き、少しして頷いた。
「担当者の承認がありますね。会社依頼の作業サポーターとして受け付けます。こちらへ署名をお願いします」
用紙を四枚出され、ミカがロッカにも読んでくれた。
「探索中の負傷や死亡について、会社からの補償はありません、だって」
「怪我は自分で何とかするってことか」
「うん。民間は大体、入場料を払って、これに名前を書くの。普通は一人一万円だけど、今回は会社の仕事だから向こう持ち」
「協会の方も金がいるのか?」
「そっちは適正ランクなら無料。ただ、取った素材は協会に売る決まり。ここは売り先も自分で選べるよ」
ロッカは用紙へ名前を書いた。隣では、ヴィクターも太い指でペンを持っている。
「ヴィクターは、なんでF級なんだ? ずっと前から戦ってたんだろ」
「アメリカの免許を取られたんだよ。魔物ごと壁を殴り抜いて、隣の採掘場まで潰してな」
「怪我人は?」
「いなかった。運がよかっただけだ。弁償はしたが、免許は戻ってねえ」
ヴィクターは書き終えた用紙を置いた。
「日本は別の資格だから、こっちで取り直した。向こうの等級は引き継げねえから新人と同じ、F級からだ」
「じゃあ、日本では普通に仕事を受けられるんですね」
「おう。ただ、F級じゃ受けられる依頼が少ねえんだ」
「それで、運ぶ仕事を探してたのか」
「おう。今度は壊す前に、場所を確かめる!」
「腕相撲もするんだろ?」
「もちろんだ。そっちは絶対に勝つ!」
ロッカが笑うと、ヴィクターも笑った。四枚の用紙を、ミカがまとめて受付へ渡す。
ミカが採取用の小刀と手袋を借りたところへ、作業着の若い男が来た。
「回収担当の相原です。保管庫までご案内します」
管理棟の裏には、青いゲートが一つあった。ロッカの槍と牙斧は青梅へ預けたままなので、肩には図鑑の入った鞄だけだ。
ミカは門の中継機へポチをつなぎ、許可をもらった配信を始めた。
「今日は蒼天探索社さんのダンジョンへ。カインさんは、ミナトから参加です」
『聞こえている。相原、よろしく頼む』
「こちらこそ」
「カインさん、さっきF級って言われた時、止められるかと思いました」
『普通の探索入場なら止められたな。だから回収の担当へ直接話した』
「サポーターなら、いいんですか?」
『向こうは今日中に箱を出したい。俺たちは中へ入りたい。運べる証拠も見せた。あとは担当が受け入れの欄へ名前を書けば通る』
ロッカは、さっきの受付を振り返った。
「同じF級でも、入り方で違うんだな」
『権利を持っているのはあっちだ。等級だけ見て順番を待っても、入れる場所は増えない』
「じゃあ、広間の使用は?」
『今、そっちも話している。相原、保管庫まで案内してくれ』
「分かりました」
相原を先頭に、四人も光をくぐった。向こうは照明のついた石の通路だった。少し歩き、入口に近い保管庫へ入る。
写真と同じ箱が三つ並んでいた。
「これを管理棟へ運んでいただければ、完了です」
「帰りに持とうぜ。先に広いところだ」
ヴィクターが、通路の奥へ顔を向けた。
「待ってください。その先には、B級相当のボスがいます」
「硬いこと言うなよ。広い場所が必要なんだ」
「何をするんですか?」
「腕相撲」
相原がミカを見た。ミカは頷いた。
「私も、最初は聞き間違いかと思いました」
『動くな。奥を使う許可の返事が来る』
カインの声で、ロッカも足を止めた。ほどなく相原の端末が鳴り、本人が二度、画面を読み直す。
「……許可が出ました。討伐も、中央の岩場を砕くのも構わないそうです。壁と通路、それから照明には触らないでください」
『中央は訓練用だ。そこの補修も使用のうちだとさ。場所を間違えるな、ヴィクター』
『相原は入口で待機だ。中の様子を確認してくれ』
「承知しました。あの、本当に腕相撲なんですよね?」
「おう!」
ヴィクターが、今日一番のいい返事をした。
通路の突き当たりに、大きな扉があった。開いた先は体育館ほどの広間で、奥に腰の高さの平たい岩がある。
その手前で、熊に似た魔物が起き上がった。立ち上がるとヴィクターより頭が高く、前脚の爪が床へ食い込む。
『大爪熊。ここのボスだ』
「ボクがやる」
ロッカが鞄を下ろそうとすると、ティーラが先へ出た。
「二人の勝負、早く見たい」
「分かった。頼む」
「待っ、素手で行くんですか!?」
相原の声と一緒に、熊が走ってきた。
ティーラも広間へ踏み込む。振り下ろされた前脚の脇へ入り、熊の腹へ拳を打ち込んだ。
巨体が止まった。頭が下がる。
ティーラは足を踏み替え、その顎を下から殴り上げた。
熊が後ろへ倒れ、床が揺れた。
彼女はすぐには近づかなかった。爪も胸も動かなくなったのを見届け、こちらへ振り向く。
「空いたよ」
相原は、開いた扉を押さえたまま立っていた。
「……もう?」
ミカがポチを見た。
「ポチ、撮れた?」
「記録できています。コメントです。『場所取りのために倒されたボス』」
ロッカも熊の首元を確かめ、周囲にほかの魔物がいないことを見た。
「ボスを倒しても、外へ戻されないんだな」
「ここは通常型ですから。帰る時は、自分たちでゲートへ戻ります。次のボスが現れるのも、早くて明日です」
相原が、ようやく扉から手を離した。
ロッカは入口寄りの壁際へ鞄を置き、平たい岩の前へ行った。向かいにヴィクターが立つ。
二人は右肘を岩へ載せ、手を組んだ。ロッカは左手で岩の縁をつかむ。
「頼むぞ、ミカ。俺の勝つところだ!」
「まだ分からないだろ」
ロッカが笑うと、太い指に力が入った。握り返すだけで、肩まで張る。
ミカとポチが岩から離れ、ティーラが横へ立った。
『始めろ』
ロッカは一気に押した。
動かない。
森で岩を持ち上げるときより、腕に力を込めた。ヴィクターの肘は、岩に貼りついたようにずれない。
「いいぞ、ロッカ!」
「お前も、本気で来いよ!」
握った手が、自分の方へ傾き始めた。ロッカは歯を食いしばり、踏ん張る足を開いた。
靴の下で、岩床が割れた。
「足元、足元!」
ミカの声に、相原の声が重なる。
「台もです!」
二人の肘の間を、亀裂が走っていた。
『止めろ。手を離せ』
二人はすぐに手を離し、岩から離れた。
その直後、台が真ん中から崩れた。砕けた石が落ち、土煙が広がる。
ロッカは自分の右腕を擦った。
「……いいところだったのにな」
「別の台を探すか」
ヴィクターが広間を見回した。ティーラは崩れた岩から離れ、平らな床へ腰を下ろす。
「ボクが台でいいよ」
「どうやって?」
彼女は仰向けになり、腰を床につけたまま両脚を上げた。二つの靴底が、天井へ向く。
「ここに肘を乗せて。足は動かさないから」
「その体勢で!?」
ミカが声を上げた。
「腕じゃなくて、脚なら支えやすいよ」
『二人とも膝をつけ。台に体重を預けず、今度は腕だけでやれ』
ロッカとヴィクターはティーラの左右に膝をついた。それぞれ片方の靴底へ右肘を載せ、もう一度手を組む。
左手は自分の腿へ置いた。押してみても、肘の下は動かない。
「ちょっと痛いや。早く終わらせて」
「悪い。すぐ決める!」
「俺の台詞だ、ロッカ!」
ミカが二人の横へ回った。
「手の甲が自分の肘の高さまで下がったら負け。肘は動かさないでください。いきますよ、始め!」
ロッカは腕へ力を込めた。
ヴィクターの手が、わずかに傾く。もう少し押せば――。
「おおっ!」
太い腕が押し返してきた。
ロッカの手が戻され、そのまま自分の側へ倒れていく。腕に力を込めても止まらない。
ついに、手の甲が肘と同じ高さまで下がった。
「ヴィクターさんの勝ち!」
ロッカは手を離し、肘を引いた。思い切り息を吐いて、震える腕を見下ろす。
「……負けたあ」
「はっは! 強かったぞ、お前!」
ヴィクターも肘を引いた。ティーラが脚を下ろし、床へ両手をついて起き上がる。
「もう一回やりたいな。力には自信あったんだけどな」
ロッカが笑うと、ヴィクターも大きく笑った。
「何回でも来い!」
「次は、台も強いところにして」
ティーラが片足の靴を押さえた。ロッカは慌てて、その隣へしゃがむ。
「悪かった。怪我は?」
「してない。もう痛くないよ」
端末に、コメントが続いた。
〈竜を止めた人が負けたぞ〉
〈台になってる子もおかしいだろ〉
〈人間台座草〉
〈ボスより腕相撲の方が被害大きくてワロタ〉
〈この配信チーム、全員頭のネジ飛んでるだろww〉
入口の相原が、砕けた岩を見ていた。
「ボスと戦ったときより、ひどいんですけど……」
ミカがポチを二人へ向け直す。
「負けた方が、こんなに嬉しそうなんですよ」
ロッカは立ち上がり、ヴィクターと握手した。今度は力比べをせず、普通に握った。
帰る前に、相原と一緒に割れた場所を確かめた。壁も通路も無事だったが、岩場の床には長い亀裂が残っていた。
「補修班へ伝えます。……原因、腕相撲って書くんですよね」
「すみません。それで合ってます」
ミカが頭を下げ、それから借りていた小刀と手袋を取り出した。
「ロッカ、魔核も回収しよう。魔物の胸にある石。売れるんだよ」
「へえ。あっちじゃ見なかったな」
場所を教わり、小刀を受け取った。肉を切り分けるのは慣れている。胸から青い石を取り出すと、ティーラが採取袋を広げて待っていた。
袋はミカへ渡し、ロッカは壁際から自分の鞄を取った。帰りに保管庫へ寄り、三人で箱を一つずつ持つ。
相原と四人は同じゲートから戻り、機材と借りた道具を返したところで、ミカは配信を終えた。
「……え? 大爪熊、倒しちゃったんですか?」
袋の中の魔核を見て、受付の女性が顔を上げた。
「はい。ティーラが」
ミカが映像を見せる。拳が二度入り、熊が倒れる。
「今日、登録されたばかりですよね……?」
「うん」
ティーラが頷いた。
「帰りの荷物も、もう?」
「持ってきたぞ!」
ヴィクターが三つの箱を指さした。
隣で相原が、端末の通話をつないでいた。
「お疲れさまです。回収班、戻りました。ボス討伐の報告もあります」
『青梅の帰還者が倒したのか?』
「いえ。一緒に来た女性が、素手で。帰還者の方は、そのあと腕相撲で負けました」
『……誰に?』
「もう一人の男性です」
少し間があった。
『カインさんの班か。映像をこっちにも送ってくれ』
ミカが横から、ポチの記録を相原へ送った。
魔核はその場で買い取ってもらえた。機材回収が二万五千円、魔核が三万五千円。ミナトへ戻ると、ミカはカインの前で六万円の明細を広げた。
「五人で分けて、一人一万二千円。ティーラも、それでいい?」
「うん。ボクだけじゃ、ここまで来られなかったから」
ロッカの前にも、一万円札が一枚と、千円札が二枚置かれた。
隣でティーラが、自分の分を両手で持っている。
「これで、今度は俺たちが飯を頼めるな」
「うん。またあれ、食べたい」
「いいね。次も稼ごう」
ミカが笑うと、水を運んできたリラも頷いた。
「また来てくれるの、楽しみにしてるわ。それで、二人はこれからどこに住むつもり?」
ロッカは顔を上げた。
そこまでは、まだ決めていなかった。
8m 41s考えました
**今回は、フックを強めて短い★のお願いも添える形が合います。**初報酬の喜びから、「二人が帰ってくる場所を作る」という次の楽しみにつなげます。
末尾は、こう差し替えました。
ミカが笑うと、水を運んできたリラも頷いた。
「また来てくれるの、楽しみにしてるわ。それで、二人はこれからどこに住むつもり?」
ロッカは顔を上げた。
窓の向こうには、昼に冷蔵庫を運んだ庭が見えた。
「なあ、リラ。庭、少し借りられないか?」
「庭? 何をするの?」
「俺たちが住むところを作りたい」
ミカがカップを置いた。
「……ここに?」
「ボク、ここがいい」
ティーラも頷き、窓の外を見た。
「ここに帰ってきたい」
「俺もだ」
ミカは二人と庭を見比べた。
「……喫茶店の庭で暮らす気!?」
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