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第72話 動き出す世界 9

 成田行きの国際便は、偏西風に乗って北極圏上空を滑っていた。


 ユリア・フォン・ハーケンは、ビジネスクラスの座席で身じろぎもせず、窓の外を見つめていた。


 この機は、TYPE-Σの搬送機とは別ルートを辿る。


 彼女が東京へ戻るのは、MSO極東支局長としての「形式」だった。


 だが、形式をなぞるだけの女ではなかった。


 四騎士を、討てと命じられた。


 その命令は受け取った。


 四騎士が、討たれるのは仕方がない。


 ――はずだった。


 が、胸の奥に何か、釈然としない思いが残っていた。


「to ユリア・フォン・ハーケン」


 機内Wi-Fiに繋がれた端末が、通知を告げた。


   発信者は、ロシアの民間軍事会社「ズルロイ・メドベーチェ極東連絡局」


   陰謀と殺戮の渦巻く現代において、金さえ積めば、容赦なく軍事作戦を遂行する暴力組織。


 画面は黒いまま、音声通話アプリが開く。


「久しぶりだな、支局長殿」


 相手の声は、抑えた笑いを含んでいた。


「……私に何の用ですか」


「お前は、いま東京へ向かっている、ヴァルツェクご自慢のTYPE-Σの投入を承知で、四騎士を見殺しにしようとしている。都合の良い時ばかり四騎士を便利屋代わりに使っておきながら、邪魔になったら使い捨てか?」


 ユリアは、反論で返さなかった。


 闇に生きる暴力組織のは、つかみどころがないと思われがちだが、狭い世界で世界中の組織がひしめき合っている。


 相手が情報を掴んでいるのは当然といえば当然であった。


 だが、彼らが関与してくる理由が読めない。


「……MSONCGの内情に、あなた方が干渉する理由は?」


「理由?」


 声の調子が変わった。


「"人間を捨てるな"――かつてのおまえの上司がそう言っている」


 ユリアの体温が一瞬、引いた。


「……何をおっしゃりたいの?」


「御子神剛は、生きている、ということだ。そして、眼も耳も口も働いている……。そして、怒っている。かつて自らも身を置いていたMSOが、"兵器を超えた彼の子どもたち"を、そのまま"失敗作"として処理しようとしている事に――な」


 ユリアは、心の中で何かが軋むのを感じた。


「御子神剛は……十二年前に死んだはずです。山形で。事故で」


「事故は、偽装だった」


 声は冷たかったが、嘘の匂いはなかった。むしろ真実の余白だけが残っていた。


「剛は、MSOに消された。……いや、"消されたふり"をした。世界中の謀略機関が彼の頭脳を欲しがっていた、引く手あんsち。我ら、ズルロイもそうだ」


「……」


「ズルロイの技術顧問として、奴は今も生きている。そして、自分が創った子どもたちの"最期"を遠くから見守ってている」


 ユリアは、指先がわずかに震えるのを感じた。


 四騎士。 ロータ。ルカ。イザベル。ヘルマン。人間兵器として育てたはずの彼らが、命を選んだことに、剛はどう思っているのか、


「……剛は、私に何をさせたいの」


 つぶやくように言った。


 相手は笑わなかった。


「剛はお前を恨んではいない。だが、"今のままなら、お前もMSONCGに、ヴァルツェクに殺される"と警告している」


 ユリアは返せなかった。


「剛が言った言葉を、最後に伝えておく」


「"四騎士は、兵器じゃない、生きようとする人間を、今一度人間として見てやれ"――それが、剛のからの伝言だ」


 通話が切れた。


 機内は静かだった。外はまだ北極圏の夜が広がっている。


 ユリアは、背もたれに沈んだ。手が、じっと膝の上に置かれていた。


 剛が生きている?


 それが本当なら――彼女が見ていたのは、最期ではなく始まりだったのかもしれない。


 窓の外に、雲海が広がる。そこに剛の声が響いている気がした。


「お前も、まだ間に合う。成すべきことを果たせ、ユリア」と。

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