第70話 動き出す世界 7
MSO正統派。
ナチスの再興、第四帝国の樹立を目指す秘密組織MSO。
その、MSO上層部は、派閥による路線の対立が続いていた。かつての三国軍事同盟を基礎に日本陸自幹部、御子神剛の分子生物遺伝学を重用する伝統派と、電子工学技術を積極的に採用すべきという、自称正統派が互いに争っていた。
一時は、剛の産み出した、ヨハネの四騎士の出現により、しばらく正統派は日陰の身であったが、十二年前の剛、「死亡」以後は、御子神の助手である早乙女の日本埼京医科大学優性医学科への転出以来、伝統派に実績は振るわず、正統派が実績を伸ばしている。更に、ここにきて四騎士のx2500奪取作戦の失態があり、正統派はこれに乗じて、MSOニュー・サイバネティック・ジェネレーション――MSONCGを名乗り、MSOの主権を握ろうとしていた。
だが、彼らは名前にさほど、興味を持たない。興味があるのは、「可能なまでの無限大の力を制御ならしめ、第四帝国の栄光を手にすること」だけだ。
ベルリン郊外のアジトで、MSO日本支局長、ユリア・フォン・ハーケンに四騎士の処分と新たな指令を下した六名は、ユリアの退出後も謀議を続けていた。
MSONCGのリーダーは、ハンス・ゲオルグ・ヴァルツェク、七十歳。スイスに隣接するミニ国家、レフティンシュタイン公国の君主でもある。レフティンシュタインの主要産業は国際金融業、ハンスが頭取を務めるヴァルツェク銀行の地下経済の取引であった。
世界中から、自国の重税を免れようとする企業家が、違法・合法を問わず稼いだ資金が流れ込み、資金洗浄されて、手数料を除いた金が、安全にヴァルツェク銀行に保管される仕組みだ。
自国の銀行に預けて莫大な所得税を国に盗られるよりは遥かに安くつく。
ハンスの私有財産は、二百億ドル。欧州の君主のなかでもトップクラスの富豪であった。
そして、今潤沢な資産の一部を投資して、科学者グループに造らせた生きた兵器、それが完造人間、TYPE-Σであった。
ハンスの秘書の男が端末を叩く。
立体ホログラムが浮かび上がる。
――x3000。
御子神龍雅の設計による、生体遺伝子再構成装置。
MSONCGはすでに、龍雅の研究の深進度を把握していたのであった。
「旧世代の遺物です」
男は、口調を変えずに言った。
「遺伝子を修復し、四騎士の突然死遺伝子(SDG)を、ナンセンス・コード化して死の淵から救うとともに、遺伝子疾患を治す。だが、その対価として四騎士は、超神能力を失う。彼らは、"兵器ではない人間であること"を選びました」
「御子神剛の目論見……それは、失敗に終わったわけだ」
周囲の者は頷いた。
超神能力の放棄。
人の感情の回復。
人間倫理への回帰。
すべてが、唾棄すべき非効率の極みだった。
会議室の奥で、ガラス張りの実験室がある。
そこに、立っている"それ"があった。
身長、190センチ。骨格は、炭素複合材とハイパーセラミクロン。
脳は、IQ270の生体ニューロンをベースに、命令優先制御型OSで強化されている。
サイバーハイブリッド兵器・TYPE-Σ《シグマ》。
開発者の女が言う。
「表情は、訓練時に抑制させました。声帯は必要ありません。性格の揺れは、命令遅延に繋がるため、人格構築自体を削除しています」
別の男が補足する。
「感情による判断のブレは、試作25件の模擬戦闘で"全例死亡"に繋がりました」
TYPE-Σは、ただ静かに、部屋の中に立っている。
まるで、人間の彫像のように。
「……x3000施術後の四騎士。そのタイミングを狙います。力を喪った四騎士ならば、必ず勝てる」
中央の男が言う。
「御子神龍雅が"人間"を作った瞬間。我々がそれを"無力"と証明し、この世から消滅させる」
会議室の空気が、一段、冷える。
「目撃者を残さず。だが、録画は確実に。全世界の民間軍事(PMC)市場に、TYPE-Σの実戦能力を見せつける」
それは、戦争ではない。まさに、ビジネスだった。
TYPE-Σが、背中のプレートを開いた。
中から、折り畳まれた超音速義肢ブレードが展開する。音はしない。
次の戦場は決まっていた。
駿河・相州景山別荘、そして、東京六本木ナマズビル。
四騎士が人間に戻った、その瞬間だ。




