第69話 動き出す世界 6
ドイツ、ベルリン郊外。
霧の中に沈んだ古い洋館があった。
第二次世界大戦の開戦よりも前から建っている。
だが、今も使われている。ただ、使い道だけが変わっていた。
広間の長机に、六つの影が並んでいた。
椅子のひとつに、名札も階級章もない。
だが、全員がその椅子に向かって話していた。
扉が開いた。
MSO日本支局長、ユリア・フォン・ハーケンが、姿勢を崩さずに歩み寄る。
背筋は真っ直ぐだったが、
靴音には逡巡があった。
最奥の男が言った。
「東京からご苦労だった、ユリア・フォン・ハーケン君」
低く、均された声。
「MSO総本部は、重大な決定を下した」
ユリアは立ったまま頷く。
「……四騎士の処遇に関わる件と、拝察します」
男の目が細くなった。
「彼らは、MSOの待機命令を無視し、処分対象の御子神龍雅と内通した」
ユリアは息を呑む。
失態を犯した管理責任を負わされるのか……?
日本支局長といえども、末端管理職に過ぎない。
首の挿げ替えは日常茶飯事だった。
「敵との通謀は、死刑だ。それはお前も知っているはずだ」
ユリアは、拳を握ったまま頭を下げる。
「……二度、処刑工作員を派遣しました。いずれも排除されました。私の任務遂行に、落ち度がありました。反省しております」
男は首を振った。
「仕方がない。相手は、あの四騎士だ。旧い話だとはいえ、MSOが一度は"神"とした存在だ」
他の男たちは何も言わない。その沈黙が、賛意であることを彼女は知っていた。
中央の男が続ける。
「……だからこそ、我々は新たな一歩を選んだ」
会議卓に置かれた端末が起動し、立体映像が浮かび上がる。
TYPE-Σ(シグマ)MSO ニュー・サイバネティック・ジェネレーション。生体ニューロンをベースに、命令優先制御型OSで強化されたサイバーハイブリッド兵士」
一人の幹部が言った。
「感情は排除。遺伝的揺らぎもない。忠誠は、コーディングされている。旧四騎士とは根本的に異なる」
別の声が重なる。
「我々は、神の力を飼い慣らす段階に来たのだ」
ユリアは、映像を見ていた。
それが人間かどうかの判断を、つけかねていた。
「……Σが、四騎士を?」
「始末する」
男は断言した。
「これは、MSOニュー・サイバネティック・ジェネレーションの総意だ。時代は切り替わった。
凡人になろうとする者など、もういらん」
ユリアは、拳を強く握った。だが、声は抑えた。
「……私は、ナマズ・ビルに戻るべきでしょうか」
男は、薄く笑った。
「戻ってもいい。だが、四騎士はそこには、すでに存在しない。Σが星にする」
一拍。
「Σが全員を処理した後、MSOニュー・サイバネティック・ジェネレーションの一員として、新しい命令を受けよ」
会議室は、再び静寂に包まれた。
ユリアは、何も言わず、一礼し、踵を返した。
その背には誰も声をかけない。
それが、この組織のやり方だった。
無慈悲な響きを立てて扉が閉まる。
その音が、すべてを告げていた。




