第66話 動き出す世界 3
円卓の上には、何もなかった。
武器も、酒も、資料もない。
あるのは、夜景の反射光と、四つの影だけだ。
イザベルの言葉が、まだ脳裏に残っている。
「……治療は可能。ただし、能力は失われる」
それは、宣告ではない。
提案でもない。
事実だった。
最初に、ルカが笑った。
乾いた、短い笑いだ。
「……なるほどな」
視界を失ったまま、
夜景の方を向く。
「つまり、生きられる代わりに、闘えなくなるってわけだ」
拳を、軽く握る。
以前なら、鋼鉄を潰せた手。
「……悪くはねぇ」
誰かを納得させるための言葉ではない。自分に言い聞かせる言葉だった。
ロータは、何も言わなかった。
胸に手を当て、静かに呼吸を数えている。
不整脈は、今夜も続いていた。
「……俺は」
やがて、低く口を開く。
「……選択肢があること自体が、羨ましい」
誰も、問い返さない。
ロータが、一番長く、一番強く、死を意識してきたことを、全員が知っている。
「……治療を受けたら、普通の身体になるんだな」
イザベルが、頷く。
「ええ」
「……それなら」
ロータは、ゆっくりと顔を上げた。
「……生きていたい」
短い言葉だった。
だが、そこに迷いはなかった。
ヘルマンは、円卓の外れに立ったまま、腕を組んでいる。
彼は、すぐには話さない。
観測者の癖だ。
「……俺は、まだ決めない」
やがて、そう言った。
「誰かが、治療を受ける間、守りに立っている必要がある。我々の敵は多い」
それは、英雄的な言葉ではない。
役割の確認だった。
イザベルは、四人の顔を見回した。
誰も、怒っていない。
誰も、叫ばない。
それが、かえって重かった。
「ヘルマン……その通りよ。一つ、問題が」
イザベルは、端末を指で叩いた。
画面が点灯する。
「MSOの上層部の内部で、4騎士"追放派"が動いている」
空気が、一段、冷える。
「……私たちは、すでに"失敗作"扱いよ」
「治療を受ければ、なおさらだ」
ルカが、低く言った。
「……世界に売れる超神兵器としての価値が、完全になくなる」
「だから、消す」
イザベルは、淡々と続ける。
「痕跡ごと」
ロータが、目を閉じた。
「……来るな」
「ええ」
イザベルは、はっきりと言った。
「必ず来る」
ヘルマンが、窓の外を見た。
夜景の向こうで、ヘリの灯りが一瞬、瞬く。
「……時間は、あまりない」
ルカが、椅子から立ち上がる。
「……凡人になる前に、片付けなきゃならねぇ仕事が増えたな」
皮肉だった。
だが、恐怖はない。
イザベルは、静かに言った。
「だからこそ、急ぐ必要がある」
「治療を受ける者を、守り切る」
「受けない者が、盾になる」
誰も、異議を唱えなかった。
それが、四騎士のやり方だった。
夜景の向こうで、世界は、いつも通りに動いている。
この部屋では――"生き延びるための戦い方"が、論じられている。
騎士でいられる時間は、もう長くない。
だからこそ、彼らは立つ。
人間として、生きるために。




