第64話 動き出す世界 1
Ⅰ 世界の側
ワシントン郊外。
地下二十階。
CIA黒組の分析官主任、ジャヴァー・ボルトは妙な報告を受けた。
モニターの光だけが、執務室を照らしている。
表示された衛星データを、無言で見つめている。
「……線量異常の、収束です」
若い分析官が、声を抑えて言った。
「日本、駿河湾北部山岳域。放射線量が、突然不自然な速度で低下しています」
ボルトは、ペンを指で転がした。
「自然現象ではないな」
「ええ。地下断層由来と見られる放射線が、"消失または移動"した形跡があります。放射線航空調査用小型無人航空機に搭載されたガンマ線スペクトロメータの放射線の転送データを解析した結果ですが」
その言葉に、室内の空気がわずかに張りつめた。
「……移動?」
「はい。現地での地殻変動はなく、この現象はコンピューターのAI分析でも説明できません」
実は放射線被ばくを帯びた漂泊者の一団が景山の別荘に移動して、除染を受けた結果だということは彼等はまだ知らない。
ボルトは、短く息を吐いた。
「……御子神、龍雅か?」
隣の席で、副官が、静かに言った。
「x2500を奪われた御子神龍雅が駿河に移動して、また何かを画策しているという情報は受けております」
「厄介だな」
ボルトは、モニターを切り替えた。
そこには、ゲーレン・ダストの名前が映っている。
「X2500は、早乙女の手で、ペシュラに渡されたはず……、ゲーレン・ダストが、東京でバイオスケープナビゲータ―は世界に二個いらんとばかりに破壊したとも聞いている。そうなると考えられるのはただ一つ。御子神がx2500に代わる器械を再び完成させたと考えてよかろう。ゲーレン・ダストは知っているのかな、ペシュラは?」
若い分析官は答えた。
「……x2500を潰したはよかったが、バイオスケープナビゲータが相変わらずポンコツで、ゲーレン・ダストの機嫌はよろしくないそうです。ペシュラにこの情報を知らせますか」
「ほっとけ。x2500がダストに渡った時点で我々の任務は終了している、だが、御子神の動きから目を離すな、と極東の担当者には伝えろ」
「了解しました、ところでゲーレンの……息子、ゴードン・ダストの容態が、悪化しているとの情報が」
ボルトは、その名を聞いて、わずかに眉を動かした。
「……神を壊した男だ、皮肉なものだな」
ゴードン・ダスト、ゲーレンの長男、二十歳。
療養中。
理由は、公式には、"実験中の事故"、だが事実はそうではない。
無公害車ペシュラ・タイプαとならぶ、ゲーレン・ダストの目玉事業、スペースOS-EX社の次世代ロケットエンジンのデモンストレーション操作中に、原子力爆発事故が発生した。
テストパイロットとして参加していたゴードンは全身の60%に三度熱傷を受傷。
高線量被曝の可能性が高いといわれている。
煉脈連から日々提供された、人間の皮膚を定期的に移植しながら療養生活を送っているらしい。
バイオスケープナビゲーターによる遺伝子修復と、拒絶反応のカバーリングはできているが、完治にはまだ程遠いといわれている。
ボルトは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「そう……神を壊した男が、息子を神に殺されかけている」
ボルトの貌に笑いはなかった。
「世界というのは、よくできている」
そして、静かに命じる。
「監視を続けろ。介入は、まだだ」
スリー・フィンガーのジャック・ダニエルを呷る。
「ダストが、どの面を下げて、どこへ頭を下げるか……それを見てからでいい」
地下二十階に、再び静寂が戻った。
CIAの黒組は、拳を振り上げる前に、計算を始めていた。
そしてその計算の中に、御子神龍雅という新しい変数が確実に組み込まれ始めていた。




