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第63話 汚染地帯 6


 朝霧が、洞窟の入口を包んでいた。


 死の青白い光は、夜明けとともに薄れ、岩肌は、ただの石へと戻っていく。


 洞窟の一族は、静かに動き始めていた。


 荷は少ない。持ち出せるものも、ほとんどない。


 それでも、誰一人として、洞窟へ戻ろうとはしなかった。


 老人が、振り返り、洞窟を見つめる。


 祈るようでもあり、別れを告げるようでもある。


 だが、その表情に、迷いはなかった。


「……ここは、神の場所ではなかった」


 誰に向けた言葉でもない。


 自分自身への確認だった。


 別荘へ戻る車中で、阿羅業は、x3000予備機のケースを抱えていた。


 ケースの表面は、まだ温かい。


 あの洞窟で、確かに“使われた”証だった。


 別荘の作業場では龍雅が待っていた。


 阿羅業から、x3000の予備機を受け取って、龍雅は、まず電源を入れた。


 慎重に、一つ一つ、確認する。


 起動音。

 冷却ファン。

 制御ランプ。


 入念に、遺伝子の修復履歴記録《ログ》に眼を通す。


 エラーを吐き出してないか、解析修復プログラムにプログラムミス《バグ》が無いか何度も見直す。


 すべて、正常。


 x3000は、応えていた。


 龍雅は、その場で、大きく息を吐いた。


「……よかった」


 それは、成功への安堵ではない。


 治療した少年の修復後のゲノムが“壊れていなかった”ことへの感謝だった。


 阿羅業が、横で腕を組んだ。


「一応……現場では使えた。それで十分か?」


 炎琳は、端末を閉じながら、短く言う。


「……神じゃない」


 龍雅は、頷いた。


「……医療です。x3000はx2000、x2500のような超人を創る器械じゃない。地下で軟禁されて、x2000を弄ってた時、超常力をもつ化け物を創る意味に、疑問を感じていた……」


 それでいい。傷んだものを癒す。それだけで、よかった。


 別荘は、にわかに騒がしくなっていた。


 廊下に敷かれたマット。簡易ベッド。消毒液の匂い。


 漂泊の一族は、


 順番を守り、静かに診察を待っている。


 泣き声はない。


 叫び声もない。


 あるのは、生き延びたいという沈黙だけだ。


 相洲院 景山が、その様子を見下ろしていた。


 手すりに手を置き、


 少し疲れた顔で。


「……にわか診療所、だな」


 阿羅業が、

 隣に立つ。


「助けるべきものは、皆助けろ……、あんたが言った言葉だ。文句あるか」


 景山は、小さく笑った。


「いや」


 首を振る。


「あんたの言う通りだ」


「助けるべき者を助けていたら、こうなっただけのことだ」


 その声には、皮肉も、後悔もない。


 ただ、受け入れた者の軽さがあった。


「……金は、こういう時に使うもんだ」


 景山は、視線を下ろし、子供が包帯を巻かれる様子を見る。


「世界を、救うのは難しい」


 しかし、続けた。


「だが、ここにいる連中は、救える」


 阿羅業は、黙って頷いた。


 龍雅は、作業台の前で、設計図を広げていた。


 x2000。x3000。


 二つの系譜。


 神と、人。


「……親父に登らさせられた山を下りた気分だ」


 ぽつりと、呟く。


 それは、一族の話であり、自分自身の話でもあった。


 超人創造の信仰から、幻想から。


 そして、神を名乗る技術から。


 x3000のランプが、静かに点灯している。


 光は、もう眩しくない。


 だが、確かに、命を照らしていた。


 次は、世界がこちらを見つける番だ。

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