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第56話 出立

 夜明け前の山は、驚くほど静かだった。


 空気は冷え、土は湿り、森は何も語らない。


 闘いで倒した第一空挺団レンジャー達が物言わぬ姿で横たわっている。


 遺体から、武装は外し、識別票も、燃やして灰にした。


 整えた遺体の脇で阿羅業は、スコップを握り、黙々と穴を掘っていた。


 ここで何が起きたかを、世界に知らせる必要はない。


 失態を演じた陸自も、陸自を陰で操っていたCIAも沈黙を守るしかなかった。


 張炎琳が、無言で土を運ぶ。


 その手つきは、殺し屋のものではない。


 幾度となく、後始末に携わった者の動きだった。


「波多野には生きていて欲しかった……」


 阿羅業の一言に炎琳は、小さく頷いた。


 彼女の目は、遠くを見ている。


 弟、炎冥。


 阿羅業の胸中には、羽田美亜。


 命の期限を抱えながら、それでも、生きたいと言葉にした若者たち。


 スコップを置き、深く息を吸う。


 娘を失いかけた男の魂と、


 死が間近に迫る少女と、青年の命。


 救う理由は、


 もう、揃っていた。


 土を被せ終え、目印になるものは残さない。


 ここには、名もない死だけを残す。


 それでいい。


 少し離れた場所では、エンジン音が低く響いていた。


 ベンツ。ナマズ・ビルへ戻るための車だ。


 イザベル、ヘルマン、ロータ、ルカ。


 四騎士は、そこに乗り込む。


 行き先は同じだが、

 役割は違う。


 彼らは、


 自分たちの“終わり”を知るために戻る。


 ロータが、車に乗り込む前に、龍雅を振り返った。


「……次に会うとき、俺は、もう立っていないかもしれない」


 龍雅は、答えなかった。


 ただ、目を逸らさなかった。


 それで十分だった。


 ベンツは、霧の中へ消えていく。


 六本木、ナマズ・ビル。


 真実が眠る場所へ。


 もう一方。


 阿羅業、炎琳、龍雅、紅音、ケイ。


 そして、運転席に立つ相洲院景山の手配したリムジン。


 向かう先は、駿河の隠れ家。


 海を見下ろす山中の別荘。


 人を匿うために作られた、最後の避難所。


 ケイが、後部座席で丸くなる。


 静かな呼吸。


 紅音は、その背を、そっと撫でた。


 龍雅は、窓の外を見ていた。


 これまで、逃げることしかできなかった男が、


 初めて――立ち止まる場所を得た。


 阿羅業は、その横顔を見て、低く言った。


「……ここからだ」


 夜が明ける。


 土に還された死と、抱えられた生のあいだで――。


 車は、ゆっくりと走り出した。


 龍雅は、固定された腕をさすっていた。


 頭の中では、x2000からx3000への改造手順を、幾度も反芻していた。


 相州院景山の別荘には、既に作業に必要な物は全て準備されていると聴いている。


 しかし、事態は一刻を争っていた。


 作業が、一日遅れたから、一日寿命が縮まる、そんな甘い状況ではなかった。


 四騎士、羽田美亜、張炎冥、波多野の娘、皆、何時、死の引き金がひかれるかわからぬ状態が続いている。


 早く、作業場に着いてくれ、と祈る思いでリムジンに揺られていた。



 

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