第52話 御子神研究所 3
瓦礫の匂いが、まだ空気に残っていた。
崩れ落ちた御子神研究所の一角。
夜明け前の薄い光が、折れた梁と砕けたコンクリートを照らしている。
そこに、四人の影が並んで立っていた。
ヨハネの四騎士。
白、赤、黒、蒼。
数日前までは、神を超越する存在であった。、
現在は、何時襲い掛かるとも知れぬ死の運命に脅かされている。
対面には、担架代わりの瓦礫の上に横たわる青年がいた。
御子神龍雅だ。
左腕は固定され、顔色はまだ青白い。
だが、その目は、確かに生きている者の眼差しだった。
「……来たか」
龍雅が、かすれた声で言った。
イザベルが一歩前へ出る。
「あなたに、話がある」
龍雅は、四人を見回した。
警戒はしている。だが、恐怖はない。
それが、四騎士には分かった。
ロータが、静かに口を開いた。
「……俺たちの遺伝子は、壊れるように造られていたらしい」
事実だけを告げる声。
「最近になって、その"徴候"が、身体に出始めた。心臓が働かなくなった」
ルカが、視界のないまま、龍雅の方を向く。
「……俺は、目を失った」
風が、瓦礫を撫でる音が聞こえてきた。
龍雅は、しばらく目を閉じてから、言った。
「で……それを、俺にどうしろと?」
問いではない。逃げでもない。
ただ、彼らの願いを受け止める覚悟はある者の声だった。
イザベルは、その一言で確信した。
「……彼は、剛と違う」
彼女は、言った。
「あなたのお父さんは、私たちを作った」
「……うん」
「でも――"壊れる鍵"を入れたのは、別の人間よ。おそらくは、お父さんとも、貴方とも交わりのあった人物……」
龍雅の目が、鋭くなる。
「……早乙女か」
誰も否定しなかった。
ヘルマンが、短く続ける。
「……だが、それだけではない」
龍雅が、視線を向ける。
「……どういう意味だ」
ロータが、わずかに間を置いて言った。
「……御子神剛とアンジェリーナ・シュタイナーの死体は、まだ見つかっていないのだ」
その言葉は、静かに、しかし深く、龍雅の胸に落ちた。
龍雅は、息を呑む。
「……どういう意味だ?何が言いたい」
イザベルは、はっきりと告げた。
「あなたのお父さんは、"死んだ"とは思えない」
「……」
いつしか夜が明けていた。
瓦礫の隙間から、
朝の光が差し込んでいる。
龍雅は、半崩れの天井を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……生きている、可能性がある……。そう言いたいんだな」
イザベルは、頷いた。
「ええ」
龍雅は、しばらく黙っていた。
そして、四騎士を一人ずつ見た。
「……約束しよう」
それは、命令でも契約でもなかった。
「お前たちの命を繋ぐために、できることは、全部やってやる。その代わり――、俺にも、頼みがある」
ロータが、静かに聞いた。
「……何だ」
龍雅は、はっきりと言った。
「……親父と、アンジュを探す。生きているなら、見つけて、十二の餓鬼を放り出して、死んだふりをしていたふざけた糞親をぶん殴る」
四騎士の空気が、わずかに揺れた。
ルカが、かすかに笑った。
ヘルマンが、短く頷く。
「……十分だ」
イザベルは、初めて柔らかく言った。
「……それならば、賭ける価値はある」
瓦礫の中で、創られた者たちは、初めて同じ方向を向いた。
それは、復讐でも、救済でもない。
生き残るための同盟だった。
そしてこの同盟は、やがて遠い土地――で、また交わされることになる。
だが、今はまだ、その話を語るには、夜が短かすぎた。




