第51話 御子神研究所 2
夜明け前。
四人を載せたベンツがナマズ・ビルを離れ、首都高速道路をひた走る。
往き合う車は少ない。
ステアリングを握る、ヘルマン。
助手席に、イザベル。
後部座席に、ルカとロータ。
ロータの異変は更に悪化していた。
胸元に指を当て、呼吸を整えている。
ルカは、目を閉じたまま。
視界は、戻っていない。
イザベルは、フロントガラス越しに、夜の山影を見つめている。
「二十五年前、私たちは、御子神剛によって"完成した"」
完成――それは、人間でなくなった、ということを意味していた。
「そして同時に、自分の意志とは無関係に破壊される運命も、背負わされた」
ロータが、短く息を吐いた。
避けられなかった歪み。
ヘルマンが、ハンドルを握ったまま問うた。
「……御子神のところへ戻る意味はあるか。剛は死に、今は息子しかいない」
イザベルは、即答した。
「ある」
そして、少し間を置いて続ける。
「MSOの上層部は、御子神の息子が持つ遺伝子統合器を欲しがっている……、ということは、剛の研究は息子が引き継いでいると思って間違いはない」
ルカの指が、膝の上で、強く握られた。
「奴の力で……俺たちの死を止められるのか?だいたい、奴が我々に協力すると思うのか?」
龍雅は、敵ではない。
だが、味方とも、まだ言えない。
「……会うのか」
ルカの声は、静かだった。
「会う」
イザベルは、断言した。
「彼は、私たちを助ける」
ロータが、ゆっくりと目を開いた。
「……確信か」
「直感よ」
ロータが、目を伏せたまま答える。
「息子と組むためには、MSOを裏切らなければならない。まあ、今の俺たちは上層部の一部からは戦力外扱いされているようだから、構わないのだが……」
車内に、しばらく沈黙が落ちた。
一度は忠誠を誓ったMSOを裏切る覚悟を決めるまでは、時間が必要だ。
イザベルが、小さく息を吸い、言った。
「MSOに従い、このまま、突然死を待つよりは……、還る場を失っても、私は、自分の存在意義を全うしたい……」
イザベルは、自分の胸に手を当てた。
ヘルマンは 黙ってウインカーを出した。
山道へ入る。
その先にあるのは、崩れ落ちた研究所。
ルカは、視界のないまま、前を向いた。
「……皮肉だな」
「何が」
「俺たち、上からの指令ではなく、ようやく……、自分達の意思で、向かうべき道を走っている」
イザベルは、それに答えなかった。
ただ、ゆっくりと頷いた。
ヨハネの四騎士は、自らの選択として、御子神研究所へ向かっていた。
それは、初めてのことだった。
そしてその先で、彼らは知ることになる。
創られた理由、生き残る術を。
一時間後、ベンツは目的地に到着した。
御子神研究所は、もはや形を成していなかった。
外殻は崩れ、梁は折れ、ただの瓦礫の山になっている。
それでも、粉塵の奥には、人の気配がある。
ヨハネの四騎士は、その前で車を降りた。
ヘルマンが、最初に一歩踏み出す。
瓦礫の隙間。そこは、簡易手術室が組まれていた。
無影灯。
血の匂い。
消毒液。
即席のストレッチャー。
人が手術を受けて生き延びた痕跡が残っている。
「……いた」
隙間で手術器具の手入れをしている人影を見つけたヘルマンが、低く言った。
その声を聴いて阿羅業神醫が顔を上げてこちらを見た。
血で汚れた白衣、袖は、肘までまくり上げられている。
彼は、四人を一瞥し、即座に理解した。
MSOの……噂の"ヨハネの四騎士"だと。
「何の用だ?」
端的だった。
イザベルが、一歩前へ出る。
「御子神龍雅に会いに来た」
阿羅業は、少しだけ間を置いた。
「……生きてるぜ」
それだけ言って、奥を示す。




