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第50話 御子神研究所 1

 早乙女が、災厄の種を、ヨハネの四騎士に植え付けて二十五年後……。


 ナマズ・ビルの最上階の一室は、異様に静かであった。


 遮音材の壁。


 無音に近い空気。


 ベッドの上で、


 ルカが横たわっている。


 眠ってはいない。


 意識を保ったまま、視界だけを失っている。


 イザベルは、その脇の椅子に腰掛け、ルカのライフ・モニターを見つめていた。


 心拍数。


 血中酸素飽和度。


 神経伝達速度。


 どれも、致命的な数値ではない。


 だが、ルカの状態は「尋常」ではなかった。


「……違う」


 イザベルは、誰にともなく呟いた。


「彼は病人じゃない」


 ヘルマンが、部屋の隅に立ったまま、短く答える。


「発現……おそらく噂の、SDGだ……」


「ええ、突然死遺伝子。確かに噂でしかなかった」


 イザベルは、指先でモニターを切り替えた。


 赤の騎士。


 筋力促進係数、戦闘能力係数、神経伝達速度。


 すべてが、最高値にある。


「ロータとルカの異変は、……偶然じゃない」


 イザベルは、自分の胸元を、無意識に押さえた。


 息が、一瞬、詰まった。


 おそらく、きっと私にも、ヘルマンにも、いつか起こる……。


「……私たちは……」


 言葉が、喉で止まった。


 ヘルマンの表情が、わずかに歪む。


 イザベルは、はっきりと言った。


「私たちは……最初から、壊れるように作られていた」


 ヘルマンの目が、初めて揺れた。


「そのようにしたのは……誰だ、御子神剛か?」


 イザベルは、すぐには答えなかった。


 イザベルは、 静かに言った。


「御子神は確かに、私たちの体にSDGをセットしたと聴いている。だが、それは御子神が我々の制御不能に陥った時に作動させる目的だったという。ランダムに発動する仕掛けは、御子神にとってはマイナス要因にしかならない。そうなると、最も疑わしいのは、御子神を疎ましく思っていた人物」


 その名は、声もなく落ちた。


 早乙女……。


 ヘルマンは、天を仰いだ。


「……早乙女は、御子神に代わって上の地位に上がりたかった」


「ええ」


 イザベルは、モニターを閉じた。


「御子神剛は、"止める選択"を未来の自己に委ねた」


「……だが」


「早乙女は、権力を自分の手に握りたかった」。


 イザベルは、ゆっくり立ち上がった。


「上層部の指令を……待っていても、そのうち私たちは死ぬ」


 ヘルマンが、短く頷く。


「……行く」


「御子神の研究所へ」


 イザベルの声は、冷えていた。


「そこにしか、SDGを止める鍵はない」


 ベッドの上で、ルカが、小さく息を吐いた。


「俺は……まだ……戦えるのか……?」


 イザベルは、その声に、ほんの一瞬だけ、柔らかく答えた。


「いいえ、今は……」


 そして、はっきりと言った。


「まずは……、生き延びるために、行く。戦える身体に戻るために」


 黒の騎士は、その夜、初めて"上層部からの命令に拠らぬ行動の選択"をした。


 過去と現在が、一本の線で、静かに繋がった。

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