第49話 A.D.2000 医学の大罪 2
裏切りは、静かに始まった。
研究室で、剛、アンジュ、早乙女らが見守る、培養槽の脈動が、研究室の空気を満たしていた。
低く、重い振動。心臓の鼓動のような、規則的な律動が止むことなく続く。
培養層に眠る少年たちの身体は、もはや、神から与えられた部分は全て御子神剛の編み出した、強化ゲノムをもつ完造細胞に置きき換えられていた。
通常生物の限界値を、明らかに超えていた。
御子神剛は、制御端末の前に立ったまま、黙って数値を見ていた。
成功だった。
軍事的には、完全に。
だが、その表情は硬い。
アンジュも気が付いていた。
背後から声をかけた。
「……剛。彼らの"機能曲線"を見て」
剛は、視線を移す。
四つのグラフ。
それぞれの指標が、想定目標値を完全に凌駕し、指数関数的に飛躍的に上昇している。
「……異常ではないと思うが」
「いいえ」
アンジュは首を振った。
「以前に比べると、能力値が上がりすぎている。四個体がそれぞれ、究極の能力を目指した結果、想定外の最高点に全個体が収束しつつある」
剛の指が止まる。
早乙女は、そのやり取りを、少し離れた場所から見ていた。
『……』
剛は、アンジュの方を向いた。
「……観測を続ける」
それだけだ。
アンジュは、それ以上言わなかった。
想定範囲を遥かに超す勢いで能力を高める四人。
確かにそれを止める正当性はない。
数週間後。
四騎士は、すでに神の棲む領域にいた。
白の少年は、制御室の故障端末を一瞥しただけで、異常部分を指摘した。
赤の少年は、訓練用の鋼板を、小指で凹ませた。
黒の少女は、摂取した猛毒物を、瞬時に代謝し解毒した。
蒼の少年は、誰よりも長く、呼吸することなく動かずに立っていた。
超神兵化成功だった。誰の目にも。
だが、ある夜。
アンジュは、見てしまった。
四人の遺伝子地図。
そこに導入された、突然死遺伝子、SDG。
剛が、引き金をひけば、いつでも彼らは即死に至る。
彼女は、遺伝子地図を剛の部屋を訪ねた。
「……剛。これを見て」
剛は、画面を見つめ、長く黙った。
「……入れた」
「どうして……?」
「保険だ」
淡々とした答え。
「制御不能になった場合の」
アンジュの声が、震えた。
「それは……彼らを"殺す"ということよ」
「制御不能となった、神を超越した力をもつ者達の暴走を止めるということだ」
剛は、目を逸らさなかった。
「収拾がつかなくなった時、世界を守るためには、彼らを壊す――それも、選択枝の一つだ」
その瞬間、アンジュは理解した。
この男は、もう"他者の命をおもんぱかる思考"はない。
彼女は、告発を考えた。
だが――できなかった。
アンジュは、あまりにも、剛を、愛しすぎてしまっていたからだ。
早乙女は、その会話を、聞いていた。
扉の向こうで、静かに。
(……なるほど、四騎士の成果は本物だ。)
彼は、その夜から動き始めた。
このまま事が剛の思うままに進むのはどうも気に入らなかった。
嫉妬心といえば、その通り。
早乙女もアンジュに心を寄せていた。
だが、アンジュの心の裡に、早乙女はいない。
それも気に入らなかった。
ならば、少し彼らを痛い目に遭わせてやろうか……。
邪な考えが早乙女の裡に湧いた。
剛の予想もつかない、四騎士の突然死をプレゼントしよう……と。
突然死遺伝子・SDGの発動を、ランダムに誘発させる機能をもつ、薬物生成にとりかかった。
彼らの強化細胞の細胞分裂一周期当たり、千分の一の確率で突然死遺伝子・SDGを発現させる性質を持つ。
この薬物が発動すれば、四騎士は倒れ……剛の面目も潰れよう。
なら、生き残るのは俺だ。
それは、自分が上に行くための裏切りだった。
剛、アンジュの不在を見計らって、四騎士の眠る培養槽にそのとっておきの薬物を混入させた。
十三年後まで、幸か不幸か、四騎士の強化細胞は突然死することはなかった。
悲劇は別のところで起きた。
剛とアンジュは山形県の旧軍遺構に調査に出かけたまま、帰ってこなかった。
遺構に仕掛けられた発破が暴発したとのことであった。
そして……二十五年後、早乙女の蒔いた種が、ついに発芽を始めた。
白の騎士、ロータは、動きを止め、赤の騎士、ルカは視界を失い、黒の騎士、イザベルは異変を察知し、蒼の騎士、ヘルマンは沈黙したまま立ちつくす。




