第46話 廃棄処分
虎ノ門ゲーレン・タワー地下。
x2500は、その中央にあった。
巨大な外殻。
沈黙のまま、何も語らない神。
ゲーレン・ダストは、装置から一歩離れ、壁際に立った。
その背中に、迷いはない。
「……予定通りに」
短い一言だった。
研究員たちは、すでに理解している。
議論は不要。説得も不要。
役に立たないものの、存在意義はない。
床のラインが赤く光り、隔壁シャッターが静かに閉じ始める。
爆破準備開始。
ダストは、x2500を一度だけ見た。
「……美しいな」
褒め言葉ではなかった。
完成した廃棄物への、形式的な確認だった。
カウントダウンが、進む。
ダストは、振り返らなかった。
別室。
早乙女は、椅子に座らされていた。
拘束はない。逃げる必要が、もうないからだ。
スーツは乱れ、額には汗。
だが、まだ自分が処分対象になるとは、思っていない。
扉が、静かに開いた。
ダストが、入ってきた。
護衛は一人もいない。
「……ミスター・ダスト……」
声が、わずかに上ずる。
「x2500は、まだ使えます。OSは消えましたが――再構築できます」
「使える?」
ダストは、椅子の前で立ち止まり、早乙女を見下ろした。
「あなたは、自分のx2500といったが、実際の“設計者”ではない」
早乙女は、反論しようとして、言葉を失った。
「設計者がいない装置を、再構築できると?」
早乙女は沈黙した。
ダストは、淡々と続ける。
「あなたは、x2500は、価値を“持っている”と、思い込んでいた。だが、価値は結果だ。可能性ではない」
早乙女の喉が、鳴った。
「……私が、ここまで――」
「やった?」
ダストは、初めて言葉を遮った。
「あなたは、盗んで“運んだ”だけだ」
その一言で、すべてが終わった。
早乙女は、理解した。
自分は、パートナーではなかった。
単なる運び屋だった。
「……約束が――」
「約束?何の?」
ダストは、首を傾げた。
「私は、“使えるものなら評価する”と言った」
目を細める。
「x2500は、使えなかった。それだけだ」
ダストは、端末を操作した。
表示されたのは、早乙女の研究履歴、資産、通信記録。
ダストが指を滑らした瞬間、すべてが、同時に消去される。
「……ま、待ってください」
声が、初めて震えた。
「私は――私は、必要な存在です」
ダストは、扉の方を向いたまま、言った。
「必要だと自称していた。それも、過去形だ」
早乙女は、叫ばなかった。
泣かなかった。
ただ、理解した。
この男にとって、自分は――、使い捨てだった。
静かに扉が閉まる。
地下で、x2500の爆破処置が始まった。
50センチの鋼鉄の内壁の内側の衝撃は、外へ漏れない。
虎ノ門の地上は、いつも通りの日常を迎える。
一人の大学教授が無間の闇の中に消えたというニュースは流れない。
記録も残らない。
公的には、何も起きていない。
ダストは、高層階の窓から、空を仰ぎ、東京の街を見下ろした。
「……神は、不要だ」
そう呟き、コーヒーに口をつける。
だが、その男は、まだ知らない。
神を否定した者が、やがて泣いて神に救いを乞う日が来る、ということを……。




