第45話 献上 2
早乙女は、三度目の操作を終えた。
反応は、なかった。
起動音も、冷却ファンの微振動も、内部演算開始を示すLEDも、皆無。
「……おかしい」
誰に向けた言葉でもない。
早乙女は、額に滲んだ汗を拭い、端末を再確認した。
電源は来ている。外部接続も正常。センサー類はすべて“待機”状態。
だが――中枢が、眠っている。
ゲーレン・ダストは、少し離れた場所で、その様子を眺めていた。
腕を組み、表情を変えず、ただ“時間”を測っている。
「……説明を」
短い声。
責める調子ではない。だが、猶予が終わった合図だった。
早乙女は、喉を鳴らした。
「……システム自体は、完全です物理的破損もない」
「では、なぜ動かない」
「……」
答えは、もう分かっていた。
だが、認めたくなかった。
早乙女は、ログの深層を開く。
通常、起動時に最初に走るはずのOS管理層。
そこが、空白だった。
「OSが……消えている……?」
早乙女の声が、かすれる。
ダストの眉が、ほんのわずかに動いた。
「“消えている”とは?」
「……中枢制御OSが、存在しない」
信じがたい言葉。
x2500は、ただのハードウェアではない。
自己学習型のOSがあって初めて、神のような挙動を示す。
それが――存在しない。
「……誰が、そんなことを?」
その問いに、早乙女は答えなかった。
答えられなかったのではない。
答えが、ひとつしかないからだ。
――岬紅音。
あの女。
ショットガンの銃口を向けながら、引き金を引けなかった女。
だが、引き金よりも深いところに、手を突っ込んでいた。
ダストは、静かに言った。
「つまり……この装置は、起動できない神、ということか」
早乙女は、声を絞り出す。
「……一時的なもので、OSを再インストールすれば――」
ダストは、首を振った。
「再インストール?」
その語感を、噛みしめるように。
「設計者のいないOSを、誰が“再インストール”する?」
沈黙。
白い空間に、絶望の音が落ちる。
ダストは、ゆっくりとx2500に近づいた。
掌で、冷たい外殻に触れる。
「……なるほど」
その声に、怒りはなかった。
早乙女の背筋が、
凍る。
「確かに……あなたは言った」
ダストは、早乙女を見た。
「これは“使える”と」
早乙女は、もはや反論できない。
紅音の仕込みは、完璧だった。
ハードは無傷
証拠も残らない
だが、起動の“魂”だけが抜かれている
x2500は、奪われたのではない。
“拒否した”のだ。
ダストは、背を向けた。
「……よい」
その一言で、研究員たちが動く。
爆破準備にとりかかった。
最初の計画に、戻っただけだ。
競合技術は、存在してはならない。
早乙女は、震える声で言った。
「……私に、時間を」
ダストは、立ち止まらない。
「時間は、最も貴重で高価な資源だ」
振り返りもせず、言い捨てる。
「無駄にする者は、不要だ」
白い研究区画に、カウントダウンの光が走る。
x2500は、最後まで沈黙していた。
それは、故障ではない。
選択だった。
紅音は、神を殺さなかった。
ただ、神であることを拒否させた。
それだけで、すべては終わっていた。




