第44話 献上 1
山梨県境の荒れ地に、コンテナ付きのエスカレードが停まった。
山嶺を切り裂くように、大型ヘリコプター、キングスタリオンが降りてきた。
ローターが唸り、土と瓦礫を巻き上げる。
機体の側面には、無機質なロゴが描かれていた。
PESHLRA――ペシュラ。
国家でも、軍でもない。
だが、世界一凶悪な大富豪、ゲーレン・ダストが率いる、国家よりも金を動かす組織の印。
早乙女は、x2500を孕んだコンテナの前に立っていた。
埃にまみれ、顔には乾いた血がついている。
だが、その目だけは、勝者の光を帯びていた。
ヘリのハッチが開く。
降りてきたのは、仕立てのいいスーツを着た男だった。
ペシュラ日本法人CEO。
肩章も、徽章もない。だが、その膝下には、忠誠を尽くすCIAと陸自の"影"が控えている。
「見事だった、早乙女教授」
男は、にこりともせずに言った。
「CIAでも、陸自でも、手を焼いた案件だ。それを単独でやり遂げた」
早乙女は、胸を張った。
「……私の自信作だ。当然の結果です」
男は、x2500のコンテナを一瞥し、興味なさそうに言う。
「国家は面目とかメンツとか、面倒なことをいう。だが、我々は違う」
一歩、近づく。
「評価されるは、成果がすべてだ」
ヘリの貨物室が開き、x2500は、静かに吸い込まれていった。
早乙女は、その光景を見ながら、初めて実感した。
(……俺は、世界の中枢に立った)
数時間後。東京。
虎ノ門、ゲーレン・タワー。
キングスタリオンは屋上に着陸した。
x2500は、人目に触れることなく、
地下の研究フロアへ運び込まれる。
壁は白い。床は磨き上げられ、靴音すら床下に吸い込まれる。
そこに、ゲーレン・ダストがいた。
だが、野獣の眼を持つ事業家。
金と時間を食って生き延びた男。
彼は、x2500の前に立ち、短く言った。
「……これが、ドクターサオトメによる、神の機械なのか」
早乙女は、即座に答える。
「はい。遺伝子修復、統合、再設計。貴社のバイオスケープ・ナビゲーターとは、次元が違います」
ダストは、ゆっくりと振り返った。
「"役に立つかどうか"を、私は聞いている」
早乙女は、わずかに言葉を詰まらせた。
だが、すぐに立て直す。
「……実演いたします」
ダストは、冷たく頷いた。
「見せろ」
「このx2500が、我々のBSN――バイオスケープ・ナビゲーターの改造に、寄与するにいたるものか」
ダストは一呼吸置いた。
「それを示せ」
早乙女は、コンソールパネルへ向かった。
指が、軽く震えている。
指摘するものはいない。
この部屋では、結果以外に価値はない。
(……動け)
早乙女は、心の中で念じた。
(……今は、俺のしもべ)
が、
x2500は、沈黙を続けた。
ファンの音もない。起動ランプも点かない。
紅音が密かに起動OSを消去していたからだ。
ただ、重い箱として、そこにある。
ダストは、その沈黙を見つめ、何も言わなかった。
だが、その無言が、早乙女の背を刺した。
「……?」
早乙女は、もう一度操作する。
反応はない。
その瞬間、彼は気づいた。
(……おかしい)
だが、まだ、認めない。
認めてはいけない。
ダストは、ゆっくりと背を向けた。
「……続けろ」
声に、怒りはない。
あるのは、判断を下す前の沈黙だけだった。
この男は、失敗を叱責しない。
失敗した存在を、不要と見なし、処断するだけだ。
虎ノ門のビル影が、ガラス越しに輝いている。
その光は、祝福ではない。
処断を待つ舞台照明だった。
早乙女は、まだ知らない。
自分が、すでに、無間の闇の崖っぷちに――立っていることを。




