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第43話 強奪 3

 早乙女が操るエスカレードは、夜に沈んだ峠道を下っていた。


 街灯はない。


 視界に映るのは、ヘッドライトが照らす十数メートル先の光景だけであった。


 巨体を揺らしながら、x2500を孕んだコンテナを引きずるように、走っていた。


 早乙女は、待ち人との約束に「間に合う」と信じている走りをしていた。


 その後ろを、M4 CSLが山道を削り砕きながら迫っていた。


 炎琳は、ぴったりとエスカレードの後ろにM4 CSLの車体をはりつける。


「……重いわね」


 前車の挙動を、一言で切った。


 波多野は、助手席で前を睨んでいた。


 拳を、膝の上で固めている。


「……止めるか」


「ええ」


 炎琳の声は、静かだった。


「ぶつけるわね」


 ためらいはない。


 M4 CSLがさらに加速する。


 距離を、急激に縮める。


 コンテナの後部が、 フロントガラスいっぱいに迫った。


 早乙女の貌がゆがんだ。


「……チッ」


 ハンドルを切る。


 だが、M4 CSLの回頭が勝った。


 M4 CSLが横に出て、フェンダーをエスカレードの側面にぶつけた。


 鋼鉄が、鋼鉄を殴る。


 衝撃が、ハンドルを激しくゆすぶった。


 エスカレードの車体が、大きくよろめいた。


「くそぉッ」

 

 エスカレードがフルパワーでM4 CSLを押し返した。


 M4 CSLの車体は、エスカレードの巨体に、跳ね返される形になった。


 衝突は、『車止め』にはならなかった。


 だが、エスカレードの速度が落ちた。


「タイヤが……シャフトに食い込んでる」


 M4 CSLは、もはや直進できない。


 炎琳が、歯を食いしばる。


「……くそ」


 波多野は、すでにドアに手をかけていた。


「……俺が、行く」


「待って――」


 炎琳の声を置き去りに、


 波多野は走り出した。


 道路へ。


 ヘッドライトの前。


 逃げる鋼鉄の正面へ。


 早乙女が、目を見開く。


「……正気か!?」


 ブレーキは踏まない。


 踏めば、終わることが分かっている。


 早乙女は、アクセルを踏み込んだ。


 ひき殺す気だった。


 波多野は、立ち止まらない。


 腕を広げ、正面に立つ。


 夜風が、彼の体を叩く。


 その瞬間、脳裏に映ったのは――娘の笑顔だった。


「志津子……すまん、後は彼らに任せた……」


 話終えるか否か、その際に5トンの衝撃が波多野の全身を襲った。


 鈍い音。


 波多野の体が、宙を舞う。


 だが、衝撃で、エスカレードの軌道が、わずかにズレた。


 ほんの数十センチ。


 それだけで、山道では致命的だった。


「……ッ!」


 早乙女が、ハンドルを切り損ねる。


 車体が、斜面に叩きつけられる。


 ゴンッ!!


 エスカレードが、一瞬、止まった。


 煙。


 軋む金属音。


 炎琳は、すぐにM4 CSLを降りた。


 駆け寄る。


 ドアを開けようと――その瞬間。


「動くなや」


 拳銃。


 紅音の額に、銃口が当てられている。


 早乙女だった。


 鼻血を噴き出しながら、それでも笑っていた。


「……一歩でも来たら、この娘を撃つ」


 炎琳の足が、止まる。


 紅音の目が、炎琳を見る。


 怯えではない。


 「来るな」という、静かな合図だった。


 早乙女は、その一瞬を逃さない。


 紅音を突き飛ばす。


「っ――!」


 炎琳が、反射で受け止める。


 その隙に。


 早乙女は、運転席へ戻り、エンジンを叩いた。


 高笑い。


「ぎゃは……はははは!!間に合う!!全部、私のものだ!!」


 エスカレードは、再び走り出す。


 x2500を引きずったまま、峠の彼方へと。


 炎琳は、唇を噛んで、紅音を抱きしめたまま、その背中を見送る。


 拳を震わせた。


「……逃げられた」


 山道には、波多野の血が、かつて波多野だった肉体の断片が、細く、小さく、細切れになって散っていた。


 娘を守るために立ちふさがった男の、還らざる証であった。

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