第37話 暗闘 15
森が裂けた。
風ではない。
物理的な力が裂いたのでもない。
五つの殺意が進行方向に穴を開けた。
五名は言葉もなく、ひとつの影のように研究所へ向かった。
人間の精神を何処かに捨て去った五つの怪物。
その歩みが──御子神研究所へと迫る。
奥多摩・御子神研究所 外周 200m
波多野が炎琳と阿羅業に"止められた"循環の一方で、
残り五名のレンジャーは留まることなく森を進んでいた。
何時しか、森自体が、五人の侵入と共に静かに形を変えたようであった。
風は吹いているのに葉は震えず。
土は湿っているのに軍靴は地中に沈まない。
小動物の影は絶え、鳥は息を殺したまま、まるで――森全体が彼らに「通行権」を与えているようであった。
天羽隊長は地図を見ない。見る必要がない。
耳元の無線が、ざらざらと小五月蠅い雑音を吐いている、だが、彼の歩調には影響しない。
「……北東から侵入する。本命は入口正面ではない。"地下通気口"だ」
研究所地下フロアの通風口。
外界と唯一繋がる細い管。
普通は使えない。
だが彼等なら、骨格を折り畳んででも 侵入は可能。
天羽が散開の指示を出した。
「河越、東側。香月、北側。野島、西。曽田、遊撃。俺は正面の真下へ向かう」
隊長の命令はいつも通り簡潔。
だが、残りの4名はそれで充分だった。
河越上曹 ― 東側(力で場を支配する男)。
河越は"匂い"を追っていた。
人間の足跡は踏みしめの深さで残る。
犬は嗅覚で。レンジャーは音か、熱か、河越は、「土の重さ」で、人の気配を感じることが出来る。
河越が瞑目して、気配を窺った。
「……地下に……二つの人間……気配がある。ひとつは子供、なのか……?」
紅音の足音と体重差、ケイの低重心の歩様が重なって、河越の認知を惑わす。
河越。
「……子供も守ってやがるか……?だが関係ねぇ……任務は任務だ」
河越は森の斜面を素手でかき分けた。
木の根が小さな悲鳴を上げて千切れた。
香月三曹 ― 北側(刃物の化身)
香月は笑っていた。
「御子神龍雅……か。お前の心臓、ぶった切るときはどんな音するんだ?切り裂き甲斐があるといいなあ……」
刃を六本、指の間で踊らせる。カチャ……カチャ……と、鼓膜を刺す金属音が森に溶けた。
香月は木の幹に指をかけ、音もなく木の上へかけ登った。
そこは、御子神研究所の屋根を睨み下ろす場所だった
「ここからなら……逃げる背中を真っ二つ、綺麗に裂ける」
野島二曹 ― 西側(狙撃の鬼)
野島は地面に腹ばいになり、 地中の空気を読むように呼吸をした。
「……重さ……三……いや四……人じゃないな。猫?犬……か?」
ケイの足音は、人でも犬でも野獣でもない。
"強化された異能動物の足音"は、野島の耳にも明確に映る。
「……いい……いいぞ。動物相手の狙撃は久しぶりだ……」
野島は銃を構え、照準器に映るわずかな揺らぎに狙いを合わせた。
曽田曹長 ― 遊撃(狂気)
曽田は誰よりも速く動いた。
地面を蹴るたび、落ち葉が大きく舞い上がる。
「楽しい夜になってきたな……。敵も味方も区別つかねぇ……。俺ぁ殺せれば何だっていい、最高の狩りの夜だぜ……!」
ナイフを舐めながら狂笑する。
「御子神龍雅よ……お前の悲鳴、どんな声なんだよ……直に聞きてえぜ」
曽田は研究所の裏へ回り込むと、
外壁を蹴って一気に屋根へ跳んだ。
五方向からの殺意が一点に収束する。
天羽が指示を出した。
「包囲完了。侵入開始」
その声に、五人の影が同時に動いた。
森から一斉に気配が吐き出される。
虫の羽音より静かで、獣の走りより重く、人間の歩みより冷たい。
御子神研究所は完全に、五人の死神に完全包囲された。




