第33話 暗闘 11
波多野の足が地を叩いた。
ずん──!!
足裏一枚で土壌を圧し割る、その踏み込みは、重戦車が動き始める時のキャタピラの唸りにも似て大地が揺るいだ。
そのまま、加速度をかけて、阿羅業へ突進する。
「来いよ、強化兵……!」
阿羅業は横へ跳び、手刀を波多野の頸動脈へと叩き込む。
だが波多野は首をわずかに引いて避けた。
見えてた?それに反応速度が速ぇ……!
こいつだと、猛者が三人襲い掛かっても制圧できねえ。
波多野の拳が空を裂く。
拳圧だけで木の皮が剥がれ飛び散った。
「──ッ!!」
炎琳は横から介入した。
叩きこもうとする波多野の腕を肘で受け流す。
手首を素早く波多野の肘にまいて、上腕の関節を決める。
彼女の得意な"外科解剖の角度"でへし折る体勢だ。
だが。
ガギィッ!!!
波多野の肘は逆に砕けず、
炎琳の方が弾かれて後退した。
「……骨が……太い……!!これは。人体じゃない……!カルシウム密度が異常……"骨格強化"されてるの……?」
「炎琳!そいつの腕は素手じゃ折れねぇぞ!」
「分かってる!!」
波多野が再び地面を蹴る。その瞬間、動きが消えた。
視界から"抜けた"のだった。
「上だッ……来るぞッ!」
波多野は同時に二人へ跳びかかった。
炎琳は捌いた。
阿羅業は受け、腕で衝撃を殺した。
だが、その重さは異常だった。
「ガツンときやがる……もはや人間の一撃じゃねぇ……!!このパワー、下手すりゃ鉄人級じゃねぇか!!」
「退け!!俺は御子神龍雅を殺らなきゃならねぇ!!娘が死ぬんだッ!!」
炎琳の瞳が鋭く光った。
「──なら、あなたが先に死になさい。"罪のない科学者を殺した父"を、あなたの娘は認めはしない」
波多野の顔色が変わった。
炎琳の言葉は、彼の"死ねない理由"の核へ突き刺さったのだ。
「黙れ……黙れェッ!!」
怒気の衝撃で木々がしなり、
土煙が舞い、
夜の森が揺れた。
「阿羅業、分かってるわね。あの男は……"倒す"のではなく──」
「ああ。"止める"。息を吹き返す余裕はねぇ。ここで終わらせる!」
波多野の叫びが森にこだました。
「退けエエエエ!!俺は死ねねぇッ!!娘を……助けるまではッ俺は死ねねぇッ!!」
炎琳の足が地を蹴る。阿羅業が拳を握った。
波多野の骨が歌い始めていた"。
過度に動く四肢の関節が筋肉と共に踊り、皮膚の内側で雄叫びを上げていた。
正に自身の膂力の限界を超えて、自分の身体を壊してもなお止まらぬ勢いであった。
波多野の呼吸は荒い。
だが眸はさらに深く澄んでいった。
その雄叫びの直後、
波多野の右腕が、人間ではあり得ぬ角度で曲がった。
己の自分の関節を……反転させ、関節逆位で攻撃の可動域を増やすかのように。
阿羅業が叫ぶ。
「来るぞッ、炎琳!!」
波多野が踏み込んだ。
炎琳は地面すれすれへ滑り込み、
波多野の内腿へ指を突き立てた。
爪には毒が仕込んである
波多野の走りが、一瞬だけ止まった。
全身の筋肉が痙攣した。
炎琳は手応えを感じて、指を引いた。
「効いた……!この毒は"運動神経の中枢"だけを止める……通常の兵士なら数秒で倒れるはず……!」
波多野の貌が苦痛に歪む。
「……ッ……く……!」
「よし、てめぇの動きはここまでだ──」
だが、波多野は、笑っていた。
自分が毒に勝ったことに気づいた笑い"だった。
「……悪いな……俺には……"痛がる時間"なんざ、ねぇんだよ……ッ!!!」
痙攣は数秒で収まった。
波多野は倒れない。
炎琳が呟く
「毒路が塞がれた……!そんな……ありえない……!」




