第28話 暗闘 6
高田上等陸曹が叫んだ
「ひ、ひとまず射撃――!」
高田が銃を構えたが、
蜂は弾丸よりより速かった。
「ぐあッ!!」
ヘルメットの上から貫き通す毒針――
毒腺から噴出したファルトキシン3が、
皮膚を突き破らずとも"蒸気状"に高田の体内へ浸透する。
高田は喉から声を漏らし、
その場で崩れ落ちた。
黒谷
「高田アッ!?」
高田
「あ……ッ……手が……動か……っ……神経……千切れる……」
高田の身体が痙攣し、
腕が折れたカカシのようにぶら下がる。
隊長・柿崎一佐
「防毒態勢とれ! 動かず伏せろ!!やり過ごすのだ!」
柴島一陸曹
「無理です、伏せてなんかいられねぇ!! やべえぞ、これ――!!」
柴島はこらえきれず駆けだした。そこにスズメ蜂の群が一気に襲い掛かった。
柴島の巨体が崩れ落ち、すぐに動かなくなった。
蜂群は、兵士の叫びに反応するようにさらに密度を増して迫ってくる。
とりわけ、自衛隊員の、怯えに反応する。
怯えて心拍数の高い者を優先的に襲っていた。
「背後から来てるぞ!!」
「くそ……視界が……何も見えん!」
挙句の果てには通信機に蜂が入り込み、内部回路がショートした。
通信機から炎が噴き上がる。
通信班長井出一尉が悲鳴をあげた。
「隊長ッ、無線が――!!連絡が取れません」
「うそだろ……!通信が死んだ……これじゃ指揮系統が……!」
不用意に、井出が首を上げた。
「井出! 伏せ――!」
柿崎の叫びが井出の耳に届く前だった。
井出の首筋に一本の針が刺さった。
井出
「ひ……ッ」
言葉はそこまでだった。
井出は"静かに"倒れた。
副隊長の黒谷が井出に駆け寄ろうと立ち上がる。
「馬鹿野郎ッ……! 井出ッ!!」
怒鳴り声は蜂の群れを呼び寄せた。
黒谷
「ッ――!! 来るなッ!!」
バチィッ! バチッ!
「ぐぅぁァァッ!!」
顏を何か所となく刺され、黒谷が地に崩れ、痙攣する。
一瞬のうちに気道狭窄を起こし、絶命。
(呼吸が……入らねぇ……筋肉が……全部……止……ま……る……)
黒谷の視界は白くなり、
霧と蜂の影が混ざって一瞬のうちに消えていった。
ここに来た隊員たちは訓練で磨かれた精鋭だ。
だが――相手は"訓練の想定外の敵"だった。
次々と人間の形が崩れ落ちていく。
蜂に刺される者もいれば、
毒の蒸散で呼吸を喪い"静かに沈む者"もいる。
柿崎一佐の悲痛な叫びがこだました。
「全員撤退ッ!!伏せてやり過ごしつつ生存者は後退しろ!!死ぬぞ、ここで全滅だけは――!!」
しかし、部下たちの足は動かなかった。
「う、動かねぇ!! 足が……力が……踏ん張りが!」
「俺の右腕が……!握れねぇ……!」
「なんで……俺たちが……こん……クソ虫に……押し負け……!」
蜂の群れは、もはや"毒の霧"そのものだった。
濃く、進軍は速く、一定の形を持たない毒の霧。
毒の霧に飲み込まれた隊員が次々と倒れていく。
柿崎
(……隊は……終わっちまうのか……)
柿崎は噛み締めるように唇をかみ、
銃のストックに力を込めた。
ここで蜂群は隊長の"殺意"を認識した。
向きを変えて、一斉に彼へ寄っていく。
柿崎
「なにも……できねぇのか……このまま……」
その瞬間、聞いたことのない声が森へ響いた。
「退きなさい」
女の声――。
冷たく、鋭く、静かで、しかし一切の迷いがない声。
次の瞬間、柿崎の目前に黒いコートの女が現れた。
張 炎琳。薄紅と呼ばれる煉脈連の大幹部にして殺人医師。
「この森はこれ以上……あなたたちに踏ませない」
彼女の後ろには、すでに崩れ落ちた後方の地上支援部隊が横たわっていた。
「……退きなさい。あなたたち、この戦いには、"選ばれていない"。奥へ進もうとすれば、あなたたちは"もっと簡単に死ぬ"」
蜂たちは炎琳の存在を理解したかのように、柿崎隊長を囲んでいた黒い雲がゆっくり散っていく。
柿崎
「……だれ……だ……お前……」
炎琳
「私は"薄紅"」
その名を聞いた瞬間、柿崎の鼓動がわずかに早まった。
(……殺られた……俺たちは……戦場に……辿り着いてすらいないのに……)
蜂の残滓が舞う森で、
第一空挺地上支援班は、完全に壊滅した。
踵を返し、立ち去る炎琳の後姿を見送りながら、ただ柿崎は、茫然と立ち尽くしていた。




