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第27話 暗闘 5

 夜の奥多摩に、巨象のような山並み、そのものがその息を潜めて横たわっている。


 夜の闇が地表に貼り付き、森の影が"動かない四肢"のように延ばしている。


 薄い濁った霧が、地面を這うように流れている。


 表土は湿気を帯びているのに、何故か、空気は乾いていた。


 この不可解な"気"の変化を、煉脈連の生物戦将校《ホーネット・ハンドラー》の厳 翔武《ゲン・ショウウ》は肌で感じ取っていた。


 翔武は、山中に配置された斥候観測員からの無線に耳を集中させる。


「……き、来ました……!装甲車三、トラック五……陸自地上支援部隊と思われます……!」


「数は?」


「四十……いえ、五十近く。拡大中……!」


「いよいよ来たか……。ま、流石に陸自の連中が可哀そうになってきたぜ。CIAの連中に、部隊丸ごと、使い捨てにされるなんてよぉ」


 翔武はしゃがみ込み、背後の黒いコンテナにそっと触れた。


 コンテナには無数の小さな穴が穿たれ、"巨大な虫"の翅《はね》が擦れる音が、内側からじりじりと漏れていた。


 大型巣箱《ケージ》。


 煉脈連が誇る 、戦闘昆虫部隊《バトルホーネッツ》 の格納箱だ。


 "早く開けろ"――。


 箱の内側で黒い群れが蠢く音は、そう言っているように、聞こえてくる。


「……薄紅様が指揮を執るとなれば、俺たちの役目も決まっている」


 陸自車輛部隊のサーチライトの光が見えた。


 スズメ蜂の忌避剤をコーティングした特殊ラテックスのグローブをしっかりはめる。


 翔武は、そっと巣箱の固定ロックに手を掛けた。


「銭、金じゃねえ。俺も薄紅様も、掛け替えのないものの為に戦ってんだ……。ここで怯む理由なんざ、どこにもない」


 つまみをひねる。


 一瞬で、すべての"鍵"が外れた。


 直後――、


 激しい翅音が耳を劈いた。


 圧縮されていたスズメ蜂の群が、


 黒い煙のように吹き上がった。


 空を覆い、霧を押しのける。


 遺伝子改造戦闘スズメ蜂《バトルホーネット》。


 虫体の大型化に加え、攻撃闘争本能を増幅、毒蜘蛛ブラジリアン・ワンダリング・スパイダーの毒腺を腹部に移植させ、尻の針から猛毒ファルトキシン3を相手にぶち込む、耐寒生存力を高めた完全な"殺人昆虫兵器の群れ"。


 翔武は巣箱の蓋を外し、空中へ向けて腕を突き上げた。


「――行け」、と。


 声を出す必要はなかった。


 蜂たちは翔武の匂いと微細な指の動きだけで、


 "殺すべき敵"を理解した。


 翔武の影が、蜂群の影と溶け合った。


「――"御子神龍雅"へ近づく者は……一人たりとも、一匹も通すな」


 蜂群は、林道を埋め尽くすように飛び立った。


 その頃、林道では、第一空挺団 地上支援部隊が展開を進めていた。


 隊長・柿崎一佐

「広範囲警戒。研究所へ進入路を確保しろ」


 副隊長・黒谷三曹

「隊長、熱源反応なし。霧が濃すぎて索敵に乱れが……」


 城田上等陸曹

「……異音が聞こえます。虫の翅音でしょうか……?音源の正確な距離が掴めない……」


 長島一陸曹

「ちっ……神経質になりすぎだろ。行きましょうや」


 その瞬間であった。


 鋭い音が炸裂した。


 城田のヘルメットバイザーに、


 黒い"礫"が突き刺さった。


 城田

「な、なんだ……ッ!?」


 黒谷

「――蜂だ! バカでかい蜂が群れを組んで飛んでくるッ!!」


 柿崎

「蜂……? ま、まて……この寒さで……!」


 だが、それは並みの"蜂"ではなかった。


 スズメバチの姿をした、完全なる"兵器"だった。


 次の瞬間、後方にいた、下級隊員三名が同時に叫び声をあげる。


「ぎゃっ……! し、しびれる……ッ!!」


「体が……麻痺……して……!!」


「毒……! 毒が……ッ!!」


 三人の隊員が激しく痙攣して、事切れるまで、僅か七秒。


「これは……普通の蜂じゃ……ぁ……!」


 手足の痙攣が連鎖する。


 その痙攣はふくらはぎから腰、そして腕へ。


 そして、 数秒のうちに呼吸筋に到達する。


 世界最凶の毒蜘蛛ブラジリアン・ワンダリング・スパイダーが分泌する、神経毒素ファルトキシン3の作用だ。


 刺された瞬間に、呼吸筋麻痺が隊員を襲う。


 隊長の柿崎だけが、異常な集中力でその急場を凌ぐ秘策を見抜いた。


「全員――"顔を伏せろッ!!"、か、火炎放射器を持ってこい」


 しかし蜂群は容赦なく降り注ぐ。


 力なく地面へ倒れこむ隊員たち。


 蜂の群れは"脈打つ黒雲"のように、


 次の獲物へと移動を始める。


 その一部始終を、暗視カメラで翔武は眺めていた。


 自然に表情がほころんでくる。


「よし……その調子だ。先発隊を屠ったら、隣接部隊を襲え。麻痺させろ。動きを"止める"だけでいい。ま、助からんがね」


 翔武は満足そうにつぶやいた。


 眼前を進軍する毒蜂の黒雲は、まるで翔武自身の分身であるかのようだった。


 陸自の精鋭に襲い掛かる、通常種の三倍の巨体をもつスズメ蜂。


 群れが塊のまま、陸自の精鋭部隊に降りかかる。

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