第25話 暗闘 3
習志野の駐屯地を発って十五分ほど。
ヘリ内部は最低限の機内灯だけが灯っていた。
隊員たちの顔は影に沈み、
瞳孔だけが猛獣のように不自然に光を帯びている。
第一次空挺突入班。
先陣部隊である。
本来なら陸自の誇る最強の特殊強襲部隊。
但し、今夜はCIA黒組によって編成された、傀儡の部隊。
意思も、倫理も、命令体系も、すべて書き換えられている。
そのはずの隊内に、ぽつりと声が落ちた。
「……今回の標的、民間人の学者だって聞いたが……」
「民間人じゃない。"抹消処分対象"だ」
「抹消の理由は何だ?」
「アメリカさんにとって"危険な技術を持つ男"──そう聞いた」
「何言ってやがる、危険なのは、何が飛び出すかわからんところに真っ先に遣られる俺たちのほうじゃないか」
その言葉に、隊長がゆっくりと首だけを向けた。
睨んだだけで、隊員の呼吸が止まるほどの圧が走る。
「任務は命令どおり遂行する。崖下に落とす相手が誰であろうが関係ない」
隊員の一人がぽつりと言った。
「……聞いてるか?抹消対象は──御子神一佐の息子だって」
「731部隊の亡霊か、ナチスの残党と遺伝子改造の実験をやってたと、噂では……"人ならざる研究"に関わっていたと」
「遺伝子兵器を作る血筋……か」
「……俺たちが殺していい相手なのか?」
隊長はヘルメット越しにゆっくり目を閉じた。その横顔は、もう"自衛官"ではなく──命令を忠実に遂行するCIAの傀儡、だった。きっぱりと言い放った。
「いいか。別の事を考えた瞬間に、死ぬ"。今夜の戦闘は訓練でも、倫理の議論でもない。作戦だ」
隊長のその声は、呪詛のように機内へ沈む。
風の音だけが鼓膜を震わせる。
やがて、ひとりが小さく呟いた。
「……隊長。御子神一佐と言えば、陸自技術幹部でも実績は頭抜けていたお方……。本当に撃っていいんですかね、その息子を」
「撃て。迷うな」
「やっぱ……アメリカのCIAの仕事ってことですか?」
その瞬間──
隊長の首がゆっくりとその隊員の方を向いた。
「質問の多い隊員は……"後処理対象"に入る」
沈黙が、眼下の高尾山の森の闇よりも重く落ちた。
ヘリは奥多摩の黒い稜線へ吸い込まれていく。
自衛隊の装甲車が立ち去った後の深夜の外苑東通りは、風の通り道のように静まり返っていた。
龍雅との会話を終えた阿羅業神醫は、その静けさの中心に立ち尽くしていた。
白衣の裾を揺らす風は冷たく、だが彼の目は樹氷のように冷ややかに、澄んでいた。
「自衛隊が出動したか。……急に風の臭いが変わちまった。こいつは"生きてる人間の棲む街の臭い"じゃねぇ。死の臭いがぷんぷんするぜ」
CIA黒組の陰謀の影が路地のここそこを駆ける気配がする。
阿羅業は煙草を指先で弄びながら、合羽坂の方を睨んでいた。
低く、獣の喉鳴りのような野太いエンジン音が夜を切った。
阿羅業の背後へ、灰色の影が滑り込んだ。
BMW M4 CSL。六本木の他国籍マフィアすら一歩退く、死のオーラを纏う"殺の車"だ。
ヘッドライトを落としたまま、すっと横付けされる。
運転席の窓が下がり、張 炎琳の横顔が月光に浮かんだ。
黒曜石のような瞳。
緊張ではなく、"決意"の影を落としていた。




