第24話 暗闘 2
新宿区・市谷 外苑東通り、合羽坂上。
深夜の街路樹が濡れたアスファルトに影を落とし、
青白い街灯は光よりも"冷たさ"を撒き散らしていた。
四差路。
阿羅業神醫は、ひとり立っていた。
白衣の裾が、風に揺れる。
手元のスマートフォン、龍雅の声が震え混じりに届く。
「戦場で親父と一緒に働いてた、阿羅業さんか……?どこにいるんだ、今……?」
阿羅業は煙草を指に挟み、火を点けずに口へ咥えた。
吸わない。ただの儀式。
落ち着くために、習慣でやるだけの行為。
「……市谷の防衛省前にいる。いま、そっちへ向かう」
「何かあったのか?」
答える前に、阿羅業の目が"それ"を捉えた。
遠くの路地──闇の奥で、複数の黒い影が蠢く。
普通の歩き方ではない。
音を殺し、生命の臭いを捨て、足の運びは機械運動のように均一。
死を運ぶ影の姿。
CIA黒組に忠誠を誓った陸自暗殺部隊。
『……来るものが来やがった。あいつら、龍雅も研究所も……すべて"消す"気だ』
CIAの意図を酌んだ暗殺者達の影が龍雅の背後に迫っている。
「龍雅、聞け。CIAが動いている。陸自の精鋭部隊を買収してな」
「陸自……!?なんで……どうして……」
「x2500だ。"奪う"んじゃねぇ。"この世界から消すため"に動いている。」
通話越しに、龍雅が息を飲む気配が伝わる。
「いいか龍雅。お前は今すぐ"構えろ"。油断した瞬間、命ごと持っていかれる」
青信号に変わっても、阿羅業は一歩も動かなかった。白衣の影だけが揺れる。
「それと──煉脈連の連中は、とりあえずこっちの味方につけた。味方は多い方がいい」
「味方……?ついこの間、俺たちをぶっ殺そうとした連中が……?」
「ああ。あいつらは、"今は"お前の敵じゃない。少なくとも──俺とお前の味方だ」
一瞬、龍雅は息を呑んだ。沈黙が続いた。
龍雅の息遣いが少し乱れている。
「……阿羅業さん。親父の旧い仕事仲間だってことだけで、どうして……そこまでして俺を助けてくれるんですか」
阿羅業は煙草を外し、夜空を見上げた。
(……そんなもの、俺だって知らねぇよ)
だが、口から出た言葉は違った。
「……俺は医者だ。お前のように、死にかけてる命をただ見てるのは性に合わねぇ」
少し間が空く。
「それに龍雅──お前が"親父の割りを喰って"死んじまうのも、俺は見たくねぇ」
電話の向こうで、龍雅が小さく息を呑んだ。
「お前は剛じゃねぇ。お前は"御子神龍雅"だ。親父の因縁に巻き込まれている。お前が殺される理由なんてない。だから生き残れ。生きて、お前の業を、科学を完成させろ」
「阿羅業さん……」
その瞬間──阿羅業の背後を、低い地響きが揺らした。
(……来る)
阿羅業は振り返らず、静かに告げた。
「龍雅……いいか。"次に聞く音"は、殺し屋の足音だ」
「……!」
「だが安心しろ。もうすぐお前のところへ"味方"が向かう」
「味方……?」
「名は──薄紅。煉脈連の幹部、張 炎琳だ」
「煉脈連の幹部……張炎琳……味方……?」
「そうだ。俺と同じx2500を守るという志を持ってる。だから──信じろ」
路地の闇を、暗殺隊が走っている。
足音も、呼吸も、温度もない影。
待機している装甲車に次々と乗り込む隊員たち。
奥多摩、御子神研究所の襲撃に向かう、地上暗殺部隊。
空と陸から攻めるつもりか。
阿羅業は煙草を地面に落とし、足で静かに踏み潰した。
「――行くぜ、龍雅。再会を楽しみにしてる」
その言葉は、不思議なほど柔らかかった。
「阿羅業さん――!」
通話が切れた。
新宿の夜が、"戦場の臭い"へと変わっていった。




