第23話 暗闘 1
東京都・朝焼けまだ遠い多摩丘陵の闇の底で、牙を隠した影が蠢き始めていた。
陸上自衛隊・第一空挺団習志野駐屯地。
格納庫のシャッターが静かに開き、黒い影が次々に姿を現した。
彼らは精鋭中の精鋭。しかし、その眸は通常の自衛官のものではなかった。
瞳孔反応が異常に鈍い。
呼吸は浅く、歩みが機械のように同期している。
――CIAによる、殺人特殊訓練を受けた暗殺隊。
かつて“特別潜入処理班”と呼ばれたエリートたちは、今やCIAの“傀儡兵器”となっていた。
先頭に立った隊長が叫んだ。
「――作戦開始。最優先目標、奥多摩・御子神研究所に潜んだ反社会分子の抹殺。二次目標、設備器械《X2500》の破壊」
暗い声が格納庫に響く。返事は一つもない。
ただ、統制された足音だけが地を叩いた。
そのころ、渋谷区広尾のあるマンションの屋上で、一人の男がスマートフォンを握りしめ、
通話アプリを“暗号回線”に切り替えた。
「……張女史。CIAに新たな動き、支配下の空挺団員四十名規模……降下作戦の準備を始めた模様」
電話の向こうで、風を切る音がした。
「……目標は?」
「奥多摩御子神研究所。CIAに買収された陸自隊長が指揮している。例のブツの破壊が目的だ……奪取の意思は一切ない。完全破壊だ」
炎琳は瞳を細めた。
「……やはり。CIAは《X2500》を世界から消したいのね。」
「……悪いな。役に立てなくて。奴ら、俺等の部隊を……」
「言わなくていい。……あなたは十分やってくれた」
通信が切れる。
炎琳は、深く息を吐いた。
「……奪われるわけにはいかない。あれがなければ……」
六本木東京ヘッドタウン・センタービル二十六階、表の看板は南陽熱帯医学研究所、その正体は煉脈連の秘密拠点だ。
緋色の照明が円形フロアを照らす。
そこに炎琳は歩み入り、手首に装着した小型端末に指を滑らせた。
「薄紅から全功夫班へ。――“戦闘”よ。対象は小日本陸自第一空挺団特殊部隊。
迎撃地点は奥多摩・御子神研究所前」
沈黙。
だが次の瞬間、闇から無数の影が姿を現した。
筋肉の線が獣のように浮かぶ体術師、
鞭のような腕を持つ超人体格者、
毒と薬を操る医術専門員――。
煉脈連功夫戦部隊が集結した。
「薄紅様。今回の相手は……“日本軍の精鋭”と聞きましたが?」
部下の問いに炎琳は毅然と答えた
「問題ない。向こうは“洗脳された駒”。こちらは“生きるために戦う者”よ」
隊員たちが、専用ケースの蓋を開けた。
中から、ブンブンと空気を震わせる音が響く。
「全員、毒蜂装備確認終了。遺伝子改造スズメバチ”――《獄蜂》起動準備済みであります!」
黒い甲殻に黄色い縞、通常のスズメバチの三倍はある体躯。
そして、腹部には、致死性神経毒ファルトキシン3を生成する改造腺を持つ。
かつて煉脈連は、遺伝子強化型ハマダラ蚊に同じ遺伝子改造を施し、日本の要人を殺害しようとしたことがある。
今や改良を重ねて、ついに猛毒スズメバチ軍の編成に成功していたのである。
「……全蜂軍、活動準備完了」
「行くわよ。“我らが敵”を全て止める」
炎琳は最後にスマートフォンを取り出し、
たった五文字のメッセージを打った。
『至急合流請』
意味はただひとつ。
“私たちはあなたを必要としている”。
送信先は……阿羅業神醫。
送信完了の表示に頷いた炎琳は、一言だけ呟いた。
「阿羅業、貴方はきっと動くはず、私は待ってるわよ」
同刻、習志野を飛び立ったヘリが、奥多摩上空に近づく。
第一空挺団特別潜入処理班の隊員たちは、無音のまま落下傘と共に暗闇へ降下する。
「――降下開始。研究所周囲を包囲せよ」
夜の森に、音を立てない“黒い暴力の雨”が降り始めた。
そして、その更なる外側部を包囲するように、更に静かな、更に鋭い毒の影が集結しようとしていた。
――張炎琳薄紅の率いる、煉脈連・獄蜂功夫戦部隊もまた、研究所へ向かっていたのである。




