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祝福の右腕・断罪の左腕  作者: 勝 ・ 仁
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病薬余波



  「そこを何とか頼む!子供が熱を出したんだ!」

薬師「全て売れてしまったんだ、無理を言うな」


この光景とやり取りが、現在王都中で繰り広げられていた。

原因は勿論、解熱剤の生産不足とそれらを買い占め始めた貴族と商会である。

疫病の蔓延が確実になると貴族は自己保身と臆病さ故に過剰な程の薬を貯め込み、

商会は値上がりを期待しての買占めを行った。


「多少高くても構わん、かき集めろ」

「久しぶりの商機だ、乗り遅れるな!」


いくら一般的に普及している解熱剤でも、これでは不足するのが当たり前である。

更に言えば現在フラックス草の買取額は3倍、解熱剤に至っては5倍以上で、この

ままでは、更なる高値になる事は確実である。


「西地区なら、まだ売ってるらしい」

「本当か?」

「ああ、ガレッティ商会が売ってる、それも前の値段に近いらしい」


事実、ガレッティ商会では値上げ幅を二割以内に抑えている。

理由は冒険者ギルドが原料のフラックス草を大量に確保しているからだ。

冒険者達には三倍の値段で買うが、薬師には前の値段のまま卸している、こんな事

が出来るのは、羽蝶蘭と明鏡止水がとんでもない量のフラックス草を納品したうえ

に値段を他の冒険者が採取したフラックス草の値段と抱き合わせて価格を抑えた。

つまり、冒険者のフラックス草を一本小銀貨3枚(約3000円)で買い取った場合は

羽蝶蘭が9本を小銀貨7枚(約7000円)で納品した事にして、一本当たりの単価を

小銀貨一枚(約1000円)に抑えるのだ。

薬師にしても材料費が変わらないのに高額で販売する訳には行かない、のだが。


 薬師「どうしてこんな安い値段でお前の所に卸さねばならないんだ!」

マルコ「このまま薬の値段が上がれば買えない者が出ます、だからギルドが以前の

    値段で卸しているんですよ。」

 薬師「貧乏人が死のうが苦しもうが、俺の知った事か!」

マルコ「・・・・・・そうですか、無理強いは出来ませんね」

 薬師「おう!帰れ帰れ!」


中には声高に不満を言い募り、いつもの三倍以上の価格で自ら売る者も居たのだが

翌日、西地区ギルドからの入荷が停止した。

例え三倍、四倍で売れても原材料が入らなければ仕事にならない。

当然ながらギルドに怒鳴りこんだのだが・・・・。


デライド「儲けだけしか考えない薬師がどうなろうと、俺の知った事か」


当然だが、マルコから事情は聴いているので手加減するつもりは無い。


  薬師「フラックス草だけ有っても私が居なければ・・・」

デライド「上町のお前は知らないだろうが、この下町に今、6人の薬師が居る」


横暴な貴族に嫌気がさした多くの薬師が、この西地区の門前町に移住してきた為に

薬の生産は過剰気味だが、彼らにとって、安心して暮らせれば下町もスラムも関係

無いのだ。

最も例え作り過ぎても薬なら何処にでも簡単に運ぶことが出来る。

事実、それらは全てガレッティ商会が引き受けている。


マルコ「卸も致しませんし、購入も控えて下さい」


当然ガレッティ商会には、薬を求めて多くの人と多くの厄介ごとが集まってくる。

当然だが、厄介事を持ち込むのは大手商会と貴族連中だ。


 商会「目の前に落ちている金貨を無視するなど馬鹿のする事だぞ!」

マルコ「馬鹿で結構、余計な御世話です」

 商会「くそっ!」


彼らに卸しても金を稼ぐ道具にされるだけで、必要とする病人に届く事など無い。

商人達はマネーゲームの材料が欲しいだけなのだ。

それに小さいながらも治療院が完成した今、こんな欲深い連中に回す余裕はない。


マルコ「はぁ・・・・・御帰り下さい」


店の前には立て看板にデカデカと貴族と商人の来店はご遠慮下さいと書いてある。

にも関わらず、馬鹿の来店が止まらない。


 家宰「テルベント伯爵家が解熱剤は全て接収すると言っておるのだ、素直に従っ

    た方が身のためであるぞ」

マルコ「それは脅しですか?」

 家宰「それ以外に聞こえたのなら、私の言葉が足りなかったのだろうな」

マルコ「まったく・・・・ではリットさん宜しくお願いします」

リット「はいはい、お任せをっと」

 家宰「な、なに・・ガハッ」


音も無く家宰の前に現れたリットはニコニコと笑いながら、みぞおちに強烈な一発

を叩き込んだ。

店に居た他の客が息を呑み込む音がきこえる。

伯爵家の人間を殴り倒して大丈夫なのか・・・と。


エマ「はい、おじさん、死にたく無かったら手を剣からは無そうね」


床に這いつくばって悶絶する家宰を見て、咄嗟に剣を抜こうとした護衛の男の首筋

に、今度はエマが短剣をあてがった。

至近距離どころか、すぐ後ろに立たれるまでエマの動きを全く認識出来なかった護

衛は愕然として言いなりになるしか選択肢が無かった。


(力量が・・・・・・・違いすぎる)


剣術スキルを獲得し護衛になってからそれなりに研鑽を積んできたつもりだった。

テルベント伯爵家に仕えてからも、体が鈍らない様それなりに鍛錬してきた。

だが男の矜持も経験も根本からへし折られてしまった。

それも自分の息子より若い娘にだ。

とても抵抗する気は出ない。

早々に白旗を揚げた。


家宰「こ、こんな・・・・事を・・・・ぐぅ・・・ただで済むと・・・・」


しかし、家宰にそんな事は分からない。

殴られた事実が有るだけだが、今度はリットとマルコがとどめを刺しに行く。


マルコ「そもそも此処を何処だと思ってるんですか、西地区ですよ」

 家宰「それが・・・・どうした」

リット「レクルバータ伯爵家は手応えが無かったが、テルベント家はどうかな」

 家宰「あ、あ、ああ!まさか!」

マルコ「バルケロア公爵は息子を四人も亡くす羽目になりましたね」

リット「あれは師匠を怒らせた阿呆が悪い」

マルコ「西地区が孤児院の、五稜郭の保護下だと知らなかったんですか?」

リット「テルベント家も同じ道を歩みたいのかな?」


ここまで言われて家宰はやっと気が付いた。

自分が踏込んではならない場所に土足で上がり込んでいる事に。

レクルバータ伯爵家が自前の武力の殆んどを失い伯爵本人も重症の上に降爵させら

れたという話は知っているが、その経緯までは伝わってこなかった。


 家宰「では公爵家と同じ・・・・・・」

リット「正~解~」


家宰にとって公爵家の出来事は身分制度上に有り得ない事だし、伯爵家が王都貴族

の中では最多の私兵団を全て失ったのは武力的に考えられない事だ。

そして問題なのはその両方を引き起こしたのが同じ勢力だと言う事だ。

そして更に問題なのは、その事に対して王家も近衛も国軍も、一切動かず咎める事

もしていないと言う事、つまり彼らは自分を殺す事になんの障害も抵抗も無いと言

う事だ。


家宰「う、うあ、う、う、う~ん・・・・・」


自分の命が風前の灯だと理解した家宰はその場で気を失ってしまった。


リット「ありゃりゃ、ちょっと脅しすぎたかな・・・」

マルコ「いえ、肝が小さいだけでしょ」

リット「だな、エマ、その人を解放してあげて」

 エマ「わかった~」

リット「悪いけど、この人を持って帰ってくれる?すっごく邪魔なんだよね」


護衛は黙って一礼すると家宰を担いで店を出て行った。

彼には、それ以外の選択肢は無かったし、それはテルベント伯爵家も同じ事だろう


護衛「身の振り方を考えなければならないな・・・・・」


最近の王都は何かおかしいと思っていた。

何もかもが、バラバラに、自分勝手に動いている様な感じがしていた。

王家と教会は沈黙したまま、貴族と商人は傲慢で貪欲な姿を取り繕う素振りさえ見

せない。

平民たちの暮らしは下降線を辿り続け、物の値段だけが上がり続けた。

そんな中、今まで存在しなかった新たな勢力の台頭と広がり始めた疫病。


護衛「巻き込まれる前に・・・・・」


目に見えない大きなうねりが王都を呑み込んでしまう、そんな漠然とした閉塞感。

未知の存在が王都の闇を跳梁跋扈しているのでは無いかと感じる恐怖。


護衛「西に引っ越すとして・・・・仕事・・・・有るかな・・・・・・」


男には妻と二人の娘が居る。

少しでも安全な場所に住居を構えたいと思うのは当然の流れだ。

何か異変が起こった際に三人を絶対に護れると思う程、自惚れてはいない。

かくして徐々に西地区の人口は膨れ上がって行くのだ。



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