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祝福の右腕・断罪の左腕  作者: 勝 ・ 仁
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愚者累々



知らない、見えない、感じられない、今ほどそれが如何に幸せなのか痛感した。

7級上がって既に五年が過ぎ、そろそろ6級にとギルドから打診があった。

今までかなり危ない橋も渡って来たし無慈悲な依頼もこなしたが、この依頼が終わ

ればベテランの仲間入り一目置かれる冒険者になれる、そう期待して依頼を受けた


「冗談じゃねえ・・・・・何だ・・・・・あれは」


ゆらゆらと近づいてくる老人が発する怒気に視界が揺らぐ。

恐怖などという生易しい物では無く絶望が人の姿を取っているのと変わらない。

そしてそれを感じ取れる者は限られる。


「無理・・・・・・だ」


公爵の私兵集団の中で九鬼の異様さが感じ取れたのは、それなりの修羅場を潜って

来た7人の冒険者だけ。

残りの者達は、その外見だけで判断した。

唯の老人が怒りに任せて向かって来た、その程度の認識なのだが、7人だけは違う

侮って前のめりになった私兵達と入れ替わる様に、スルスルと静かに後方に下がり

始めた。


フィリップ「手練れと聞いていたのだが、どうやら違ったようだ」

ヴィクトル「高い金を払った甲斐が無いな」

 クロック「臆病者は放っておけばいい、それより門番だ」


普段ならこんな侮蔑の言葉を浴びせられれば、顔色を変えて激昂する物だが七人は

無言で尚も下がる。

その異常性に公爵家の弟三人も私兵も全く気付かない。

彼らには感じ取れるだけの技量が無い。


九鬼「生きて帰れると思うな!クズどもが!」


その言葉さえ、老人のハッタリ、戯言だと気にも留めていない。


リチャード「七級が・・・・・・下がった?」


兄弟の中で唯一人、リチャードだけが違和感に気付いた。

九鬼の覇気は感じ取れなくとも、趣味が金儲けだけあって状況判断には長けている

この集団での最強戦力が怖じ気づいている、つまり何か自分に理解出来ない危険が

有るのでは無いか?

慎重というよりは臆病と言われてきたリチャードはその勘ともいえる物に従って自

分も後方に引き始めた。


リチャード「無理をする必要も無い、馬鹿が動いた後で十分だ」


そもそも最初から矢面に立つ気など微塵も無い。

最も孤児院の実情を知っていれば欲に目が眩んでいただろうが、リチャードの専門

は金貸しで、商取引等には無知に等しい。

結果として僅かばかりの安全マージンを取る事が出来たのだが、本当に僅かだった


フィリップ「兵はあの門番を片付けろ、爺は・・・まあ好きにしろ」

ヴィクトル「高い金を払ったんだ、爺ぐらいは始末しろ」

 クロック「フェーナめ、今度こそ滅茶苦茶にしてやる・・・・・」

フィリップ「王女と子供以外は皆殺しにしろ」

ヴィクトル「倒した数によっては追加料金を出すぞ」


追加料金、この発言に浪人や低級の冒険者が直ぐに反応した。

我先にと前面に出て来たが、これによって公爵側の布陣が綺麗に分離する事になる

前面に出たのが浪人達四人と経験の浅い冒険者が十四人そのすぐ後ろにフィリップ

ヴィクトル、クロックの三人。

やや間隔を空けて公爵家の私兵二十人がリチャードを守る様に密集隊形を取ってお

り、その両脇に状況を伺う逃げ腰の7級冒険者達という縦長四層布陣となっている


アーヴィン「ほう・・・・偶然・・・・・か?」


前衛の歩兵の後ろに部隊指揮官、大将を守る本隊に両翼の遊撃部隊。

もし戦場であれば基本に忠実な見事な布陣と言えるのだが、何ぶん本人達の力量

が全く足りないのが致命的だ。

町のチンピラ程度の歩兵に、用兵のよの字も知らない欲望と恣意的感情しか持た

ない部隊指揮官。

自分達の役割さえ、まともに理解していない本体に臆病しか取り得のない総大将。

そして逃げ出す事を最優先にしている遊撃部隊。

これで勝てると思っているのなら、頭がおかしい。


アーヴィン「まあ、結果は大して変わらんがな」


それでも相手が九鬼でさえなければ、ある程度の効果は期待できただろうが、これ

から起きるのは一方的な蹂躙劇だ。


「邪魔なんだよ爺、さっさとくたばりな!」

「寂れてても教会だろ、シスターの一人や二人は・・・なあ」

「ぐへへへ、いいな、それ」

「俺が一番の・・・・・へっ?・・・・・・なに・・・・・・・・が?」


最初に斬り掛かったチンピラの首が飛んだ。

本人は斬られた事も首が飛んだ事もまともに認識出来ないまま、血を噴出して倒れ

自分の体と宵闇に染まりつつある空を交互に眺めながら黄泉の坂を転がり落ちた。


「いっ!」

「なっ!」

「ひっ!」


刀を抜いた動作が認識出来ないどころか、姿さえ正確に捉える事ができない。

あっという間に前のめりになっていたチンピラ四人の首が飛んだ。


アーヴィン「やはりこうなりますか・・・・・・・」

   九鬼「どうせ生きていても他人を不幸にするだけじゃろう」

アーヴィン「皆、唖然としてますよ」


九鬼がどうやって首を斬ったのか、アーヴィン以外は解らなかった。

そして、その理解出来ない首切り処刑は様々者達にな驚愕と恐怖を振りまいた。


フェーナ「な、な、何ですかあれは!何で首が飛んだのですか!」

    「あー、何と言おうか、あれが生きた武神の姿ですよ」

フェーナ「武神って・・・・・・・・・・夢?それとも幻覚?」

    「現実ですよ、そしてその武神は我々の味方で守護者です」

フェーナ「・・・・・・お兄様が安全だと言った意味が嫌と言う程分かりました」


孤王児院を兼務する教会の二階の窓から成り行きを見守っていたフェーナは、予想

を遥かに逸脱した光景に眩暈を覚えた。

以前見た事のある兵士の訓練や遥かに劣るが下町で見た無頼漢どうしの諍いなど、

自分が知っている戦いとは明らかに別物だ

次元が二つも三つも違う。

何もかもが早過ぎて脳が理解するまで異常な程時間が掛かるのだ。

それはフェーナだけで無く公爵陣の面々も同じだった。

だから、直ぐには動けず、易々と九鬼の接近を享受した。

フィリップ達の前にいた低級冒険者達の半数が、はろくに剣も抜けず柄に手を掛け

たまま、唯の肉塊に成り果てた。

残りの半数は恐怖の余りその場にへたり込んで動けなくなっていた。


フィリップ「ば、化け物・・・・・」

 クロック「なんで・・・じじいいが」

ヴィクトル「に、逃げ・・・・・」


この時点になってやっと自らの立ち位置を把握した三人だったが、既に九鬼のやや

小柄な体は目の前に。


九鬼「逃がす訳が無かろう」

耳元で囁かれた言葉がヴィクトルが聞いた最後の言葉となった。

そして残されたフィリップとクロックは、ヴィクトルの首を通り抜けた刀が自分達

に向かってくるのを、茫然と見ていた。

意識が暗転し、心臓が機能を永遠に停止するまで自らの死さえ認識出来なかった。


リチャード「ひっ、ひっ、ひいぃぃぃぃ――――――――――っ」


弟達の首が飛び、やっと自らが地獄の釜の蓋を開けてしまった事に気が付いた長男

の悲鳴が暮れて行く夜空に響く。

リチャードは腰を抜かして動けず公爵家の私兵達は茫然として槍さえ構えられない

更に言えば、既に7級の冒険者達は全員が依頼を一方的に破棄して踵を返そうとし

ていたが誰も責める事は出来ないだろう。

何処の誰が町中の依頼がドラゴン討伐以上に危険だ等と予想出来るだろうか。


九鬼「無様じゃのう・・・・・」


この惨劇に掛かった時間は、十を数える程。

起した本人は息さえ乱していない。


リチャード「た、たすけて・・・・・・」


こんな異常事態に金儲け専門のリチャードが対処出来る筈が無く、這いつくばって

少しでも九鬼から離れようと背を向けた。

総大将とも責任者とも言えるリチャードが逃げ出してしまえば私兵が命を賭けてま

で抵抗しようとする訳も無く、ましてや昨今の彼らの所業に辟易していた事も相ま

って蜘蛛の子を散らす様にその場を離れた。

残ったのは九鬼とリチャードの間の何もない空間だけ、それもたった十数歩の距離

だけしか残っていない。


九鬼「これで終わりじゃ」


ゆっくりとリチャードに近づいた九鬼は他の者にも理解出来るよう、ことさらゆっ

くりと刀を振るって首を刎ねた。

自分達が一体何と対峙していたのか、生き残った者はやっと認識出来た。


「・・・・・・・・・・・・・・・まさか・・・武王・・・・」


魔法でも呪術でも特殊なカラクリでも無い、ただ単純に途轍もない剣技がこの惨劇

の原因なのだと。

種も仕掛けも無い、ネタ切れも魔力枯渇も無い、それだけに救いが無い。

相対した時点で死が確定してしまうのだ。

動いたら死ぬ、その思いで全員が指一本動かせなかった。


九鬼「さて、お前ら」


全員が一字一句聞き逃すまいと、呼吸さえ止めて九鬼を見た。

僅かでも不興を買えば殺される、九鬼の意思とは関係無く全員がそう思っていた。


九鬼「儂からの要求は唯一つ、この馬鹿どもの死体を綺麗に片付けて二度と此処に

   近寄って来るな」


全員が無言で頷いた。

声を出す事さえ躊躇したのだ。


九鬼「まあ、此の位で良いじゃろう」


門の前、アーヴィンの隣で私兵や冒険者達が亡骸の処理をするのを見ていた九鬼が

煩わしそうに呟いた。


アーヴィン「残ってますが宜しいので?」

   九鬼「構わんよ、人数も足りんし何より後始末が面倒じゃ」

アーヴィン「確かに」


現在、マチルダ達羽蝶蘭とリット達明鏡止水は西のディスカの森より更に奥に広が

る危険な魔獣の宝庫であり、片道三日はかかるアジム大森林へフラックス草の採取

に出ている為この場には居ない。

現在、低ランク冒険者達は普段の三倍の高値が付いたフラックス草の採集に躍起に

なっている。

彼らの邪魔をしたく無いのもあるのだが、それ以上に王都近郊では既にまとまった

数を採取するのが困難になりつつあるのだ。


九鬼「それに、目撃者が多ければ噂が出回るのも早かろう」


レクルバータ伯爵が襲って来た時は、殆んどを殲滅してしまった為、話が全く広がら

無かったからだ。

伯爵家の人間にとっては自らの恥を殊更吹聴する訳も無く、冒険者二人にしても余計

な面倒事やトラブルを嫌って口を噤んでしまった。

結果、伯爵家の兵士四十名の死亡と、その原因に対する憶測が一部の人間の間で

囁かれるだけだったのだ。

王宮が混迷の一途を辿り始めた今となっては積極的に武威を示した方が牽制の意味

が有ると判断したのだ。




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