月下鬼神
九鬼「生きて帰れると思うな!クズどもが!」
教会の門前に押し掛けて来た公爵家の一団は、たった一人の老人の放つ鬼気に一歩
も動けずに立ち尽くした。
※クロップの治療が終わった公爵家の一室
フィリップ「クロップ兄上が侮辱されたと言う事は、我が公爵家が侮辱された事と
同等では有りませんか!」
ヴィクトル「然り!屈辱以外の何物でも無い!」
フィリップ「リチャード兄上はどの様に考えて居られるのか!」
ヴィクトル「まさかこのまま泣き寝入りされるおつもりか?」
バルケロア公爵には五人の息子が居る。
現在、長男のリチャードに詰め寄っているのが、三男のフィリップと四男のヴィク
トルだが、二人とも別に次男のクロップを心配している訳でも同情している訳でも
無い。
勿論クロップの受けた屈辱を晴らす気も無い。
次男の惨状を盾に跡継ぎであるリチャードに武力介入を迫っているのだ。
クロップは失態により発言権は低下し、家人たちの評価も同じく低下した。
残るは長男のリチャードのみ。
父親のエリオットが病の床に就いた今、順当に行けば長男が公爵家を継ぐ事になる
だろうが、何か失態でも犯せば分からない。
運よく死んでくれれば、自分達に公爵家当主の座が転がり込むと思っている。
リチャード「勿論、このままにしておく気は無い」
フィリップ「おお、兄上ならそう言うと思ってました」
ヴィクトル「さすが次期当主」
だが、リチャードとて、弟達の思惑が見抜けぬ程愚鈍では無い。
リチャード「俺も兄思いの弟達を持って嬉しいよ」
フィリップ「いえいえ」
ヴィクトル「それほどでも」
リチャード「そうかそうか、お前たちも参加してくれるか、いや、有り難い」
フィリップ「へっ?」
ヴィクトル「はっ?」
リチャード「当然クロップから復讐の機会を奪う事などしないぞ」
クロップ「いえ、あの・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・」
浅慮なフィリップと愚鈍なヴィクトル、両名とも無能な上に強欲だが本人達に自覚
が無く、狡猾で陰謀詐術が得意なリチャードには、彼らの考えている事が手に取る
様に理解出来た。
だから粗暴で加虐趣味のあるクロップも纏めて今回の騒動を利用して抑え込む事を
考えていた。
アルゴス「あ、あのう、兄上・・・・」
リチャード「ああ、アルゴスは成人前だし、今回は留守番して貰うから」
アルゴス「・・・・わかりました」
五男のアルゴスは兄達から味噌っかすの軟弱者と常に言われ続けていた。
年齢はやっと14になったばかり、全員25歳以上の兄達からすれば、弟と言うよ
りは息子に近い事もあり、後継者争いからも問題外とされていた。
特に彼だけが妾の子となれば尚更だ。
リチャード「制裁は五日後の夜とする、三人とも自前で護衛を調達するように」
フィリップ「何でそうなるんですか!」
ヴィクトル「我家の兵士が居るでしょう!」
リチャード「何を言ってるんですか、兵達は前面で戦うんです、護衛に割く余裕な
どは有りません、それに言い出した者が兵の一人も伴わぬとは」
つまり自分の護衛ぐらいは自前で用意しろ、更にヴィクトルとフィリップには兵力
も要求をした。
跡目争いをするなら力を、能力を示せと暗に言っているのだが、短絡的で浪費家の
二人には、守銭奴のリチャードと違って金銭の蓄えが無い。
雇うに雇えない状況に陥っているのだが、リチャードはその事を良く知っている。
だからこそ、執拗に強要するのだ。
無理を通して何処かと問題を起すか、悪くても軋轢を生んでくれれば申し分ない。
リチャード「さあ、ゆっくりしている暇は無いぞ、お前たち」
とっとと準備に掛かれと全員を私室から追い出した後、奥の部屋から家宰のラース
が顔を出した。
リチャード「父上の容態は?」
ラース「宜しく有りませんな」
リチャード「どれくらいだ?」
ラース「恐らく一ヶ月は持ちますまい」
リチャード「・・・・・・中途半端だが、それなら余計な邪魔も入らないだろう」
特段父親を心配している訳では無い。
エリオットが今日死んでも、後継者筆頭がリチャードである事に変わりは無い,彼が
心配しているのは弟達よりも、その伴侶だ。
フィリップの妻はクリスパム子爵家の娘、ヴィクトルに至っては妻の父親はラメー
レイ枢機卿である。
どちらも一筋縄では行かない貪欲な連中だ。
無能な弟達は怖くないが、妻たちの実家は何かを企んでいる可能性が高い。
クロップが焦って強引にフェーナ王女を手に入れようとしたのも、兄達に対抗する
為だった。
余談だが、長男であるリチャードには妻は居ない。
理由は二つ、一つは家督を継いでから相応しい相手を選ぶ為。
もう一つは妻を娶れば必ず公爵が、父親が手を出すからだ。
エリオットの節操のない異常な女狂いは有名で表には決して出さないがフィリップ
の妻もヴィクトルの伴侶もエリオットが手を付けている。
息子達の妻、その事が途轍もなく興奮すると言うのだから救いようが無い。
リチャード「フィリップは恐らく中央ギルドに泣きつく、義弟も居る事だし」
ラース「ええ、間違いなく」
リチャード「そうなると、残りの二人は北支部か」
ラース「まあ、借金してでも依頼をするでしょうな」
リチャード「ヴィクトルは枢機卿だな」
ラース「そうですね、そしてクロップ様は出入りの金貸しからでしょう」
リチャード「金貨五枚以上は貸せないと言ってやれ」
ラース「哀れですな、金貸しがリチャード様の手下とも知らずに」
リチャード「あれは、もう廃棄だな、何の価値も無い」
公爵家の兄弟達は互いに反目している為、情などは存在しない。
それどころか、リチャードにとっては廃棄物以外の何物でも無い。
この機会に弟達が泥沼にはまり込んで出て来られない様に出来れば文句は無い。
その目論見は五日後、公爵邸に集まった面々を見てみれば理解出来た。
リチャード「ククッ、まともなのはフィリップだけ、後の二人は予想通りだな」
フィリップを取り巻いているのは中央ギルドの冒険者だろう、人数は六人全員身に
着けている装備が、かなり上等な物だ。
ラース「装備に金を掛けていますが、どれも新しいですね、恐らく7級でしょう」
一人前の冒険者を六人、妥当な選択なのは恐らく子爵家の誰かが助言したのだろう
リチャード「ヴィクトルとクロップは・・・・・・・・・・駄目だな」
ヴィクトルが雇ったのは北支部ギルドの冒険者が十五人と兄弟の中では最多だが、
7級は恐らく一人だけ、残りは皆8級の新人ばかりだ。
完全に鴨にされているのだが、実際はクラン五稜郭が孤児院と関係が有るのでは?
という不確かな情報を手に入れた7級6級クラスが拒否をしたのだ。
そしてもう一人のクロップに至っては冒険者ですら無い下町の浪人が四人。
払う金が無いのは見ただけで分かる。
リチャード「大所帯ですが構わないでしょう、出発します」
公爵家私兵20人、冒険者と浪人が合わせて20人、兄妹を含めて44人の私兵集
団は、まだ陽が有るのにも関わらず家宰の見送りを後ろにして孤児院に向かった。
この異様な集団が王都を移動しているにも関わらず、王国兵どころか警邏隊さえも
見て見ぬふりを決め込んでいる。
公爵家の私兵だと分かっているからだが、これでは法の意味が無い。
だが、西地区に近づくにつれ、状況は変わり始める。
フィリップ「・・・・・どういう事だ?西はそれほど貧しいのか?」
的外れな事を呟いたのは通りの店が全て閉じられ人が歩く姿さえ見られなくなった
からだ。
この、まるで廃墟の様な町並みを作り出したのは九鬼達と西支部の冒険者達だ。
公爵邸を監視していた冒険者は、兵達が集まり出すのを確認すると、すぐさま九鬼
の元に走った。
九鬼「町の人には戸締りを厳重にするか、ギルドに避難して貰う様に」
本当なら警邏隊総出でも足りない程の騒ぎになる筈が、一切の抗議も無く町人全員
が九鬼の支持に従った。
今や西地区では、国軍や警邏隊よりもクラン五稜郭の方が信頼されているのだ。
リチャード「これは・・・・・・・・・・・・・・・嫌な予感がする」
唯一人、リチャードだけが異様な雰囲気を訝しんだが、此処まで来て何もせずに帰
るなどと、言い出せる訳が無い。
腰抜け、臆病者と罵倒され、せっかく抑え込んだ弟達が息を吹き返しかねない。
そう思い悩む間に孤児院の門が目の前に現れた。
聞いていた通り、傷だらけの大男が大剣を腰に門を塞いでいたが、もう一人小柄な
老人が横に佇んでいる。
アーヴィン「無駄だと思うが一応言っておく、帰れ」
答えは予想以上の物だった。
大局的に見れば、ある意味最上だったが、この場に限って言えば最悪だった。
リチャード「その門番の首とフェーナ王女を渡して貰おうか」
ヴィクトル「あと孤児院のガキども全員だ」
九鬼「・・・・・・・・・・・・なんじゃと」
ヴィクトル「奴隷にして売るんだよ!死ぬよりマシだろうが!ジジイ!」
フィリップ「おい、見た目の良さそうなのは、俺が味見してからな」
ヴィクトル「使い物にならなくなったら、金を払えよ」
フィリップ「わかった、わかった」
この会話を聞いてアーヴィンは天を仰いだ。
この瞬間、話し合う余地など微塵も無くなったからだ。
子供を奴隷に、そして慰み物にすると公言する連中の存在を九鬼が許す筈が無い。
どんどん膨らむ怒気に、アーヴィンさえも後ろに下がった。
アーヴィン「これは・・・・やばい」
自分の出番は恐らく来ない、そんな予感は直ぐに現実の物となった。




