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祝福の右腕・断罪の左腕  作者: 勝 ・ 仁
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病魔跋扈・魔都聖域



「きゃあああああああーーーーーーっ」

「だ、誰か助け・・・・ゲハッ」


二匹の獣が民家の二階で寝ていた家族を襲った。

まだ五歳にも満たない幼い子供は既に首を半分以上食い千切られて只の肉塊になり

果てており、父親も鋭く長い爪に腹部を貫かれて絶命した。


「ひっひっ・・・・・・ひっ」


残された母親に白く濁った牙が迫るが、恐怖に捕らわれた母親の口からは悲鳴さえ

吐出す事が出来ず、ただ金色に光る瞳を見るだけ。

絶望は彼女から行動の自由と理性を含む思考を根こそぎ奪い去っていた。


「・・・ああ・・・・・血を・・・・・喉が・・・・・・・焼ける・・・・・」

「・・・・・・腹が・・・・もっと・・・・・もっと・・・・・もっとぉ・・」


二匹の獣は夫婦と子供を貪ったにも関わらず、飢えと渇きに耐えかねたのか新たな

獲物を求めて徘徊を始めたが、日は既に昇る準備を始めている。

この夜の時間は残っていなかった。


国王「どういう事だ・・・・・」


教会の地下、僅かな関係者以外は存在さえ知らない石造りの一室には二匹の獣が

蹲っている。


教皇「・・・・・・・・・・もう理性は殆んど残っておらん」

国王「それでこの有様か・・・・・・」

教皇「ああ、全く制御出来ん」


以前は一晩に一人程度、場所を指定し決して目撃される事の無い様に指示してい

たのだが、最近はどんどん勝手に動き始めた。

只の獣に成り下がり始めたのだ。


国王「どうする、もう王都中がこいつらの噂で持ちきりだぞ」


無秩序に人を襲った為、目撃者は数十人を軽く超え噂は瞬く間に王都中に広がっ

てしまった。

危険な人食い魔人が夜の王都を徘徊していると。

もし自分達がその危険な魔人の飼い主だと露見すれば、如何に国王と言えど非難

される事は間違いない。

既に下級とはいえ、貴族にも犠牲者が出ているのだ。

下手をすると、せっかく排除した二人の王子が息を吹き返しかねない。


教皇「今夜・・・・・こいつらを放逐し通路を閉鎖する」


この地下室はそのまま王都の下水道へと通じいている。

今までそこを通って人を襲っていたのだが、その下水へと続く通路を塞いで戻って

来れなくしてしまうと言うのだ。


国王「いいのか?」

教皇「仕方あるまい、このままではラメ―レイ枢機卿あたりが教皇の座を狙って来

   るかもしれん」

国王「奴らには互いに喰い合って貰わないと困るからな」

教皇「ああ、兎に角、こちらに目が向かわぬ様に誘導せねば」

国王「しかし、たった二匹では直ぐに討伐され兼ねんぞ」

教皇「うううむ・・・・・・」


だが、国王の予想に反して王都の警備隊も国軍も全くと言って良い程、討伐処か、

足取りさえ掴む事が出来なかった。

警備隊は職務を全うする気概が無く、国軍はそもそも無能だった。


教皇「あの方の言われた通りになったな・・・・・・」

国王「本当に・・・・情けない」

教皇「剣術スキルさえ有れば安易に兵士になれる、鍛錬などするまいよ」

国王「スキル本来の意味か・・・・・・・」


スキル至上主義のもたらした結果は王国を、国民を最も本質的な意味で弱体化させ

る結果となっていた。

保有するスキル次第で将来が決まってしまう。

スキルさえ有れば努力など必要ない。

将来は運しだい、スキルは人々から自己研鑽の機会を奪い去った。

特に脅威の少ない安全な王都では、その傾向が顕著になっていた。


教皇「我々は勘違いをしていた、滑稽な事にな、まあ、どうでも良い事だが」

国王「確かに、今となっては些細な事に過ぎん」


国政のトップが秩序の維持を、宗派のトップが精神の救済を放棄する処か積極的に

混乱を助長した影響は少なく無い。

秩序の崩壊は混沌と混迷の渦に王都を巻き込んだ。

魔人は思いのままに夜の王都を跋扈し、疫病はその裾野を広げ始めた。

食い殺された者達の命は数倍する疫病患者の命を道ずれにして黄泉の坂を転がり落

ちて行く。

犠牲者の呪詛は霞の様に王都を覆い始めていたが、ただ一か所、一地域にだけは

祝福の光に護られた如く、その被害を殆んど無縁でいた。


国王「やはり、あそこか・・・・・」

教皇「ああ、打ち捨てられた嘗ての祈りの聖地、神の御座が有った場所・・・」

国王「今は寂れた教会が有るだけだがな」

教皇「それも含めてあの方の御意志なのだろう・・・・・」


西地区、その最も西寄りに広大な敷地を有する古びた教会と孤児院。

そこから溢れだす清浄な空気を嫌っているかの如く、魔人は西に近寄らない。

徐々に勢いを増し始めた疫病すら遠慮しているようだ。

そしてその事に最も早く気が付いたのはオーティスだった。


九鬼「どういう事じゃ?司祭殿」

  「ソフィーナが快報に向かっています、恐らくマリが居るせいでしょう更に言

   えば孤児院に近い場所、つまり西地区で疫病に罹った者は殆んど居ません」

九鬼「聖女の力か・・・・・・」

  「取り敢えずはソフィーナに直接会わせてみます」

九鬼「もしそれで全快するようなら・・・・・」

  「マリの力は本物、と言う事になります」

九鬼「しかし・・・・それは朗報でもあり凶報でもある・・・・・・な」

  「ええ・・・・・」


この事を公表すれば、教会は必ずマリを取り込む為に動くだろう。

それは教会だけに留まらず貴族や王族、果ては他国でさえ強行手段に出かねない。

彼らは民衆の事など考えない、気にも留めない。

頭の中が自己保身と権力欲だけの下衆な人間が大挙して押しかけて来るだろう。


九鬼「救った者の数倍、いや数十倍の命が失われる事になり兼ねん」

  「では見殺しにしろと・・・・・私には・・・・」

九鬼「何よりマリを犠牲にする事になる」

  「それは・・・・駄目です」


九鬼にはオーティスの苦悩が十分に理解出来た。

小を捨てて大を取るのか?

兵士の命は一般人より軽いのか?

そもそも命の重さに変わりが有るのか?

死の病に直面している二人に対して薬は一人分だけ、どちらを選ぶのか。

いつの世も、どの世界でも永遠に答えの無い命題に立ち往生しているのだ。


九鬼「何処かで割り切れば良いのじゃろうが・・・・・・」


優しすぎる程優しいオーティスが答えを出せない事は分かり切っている。

でなければ私財も教会での地位も、何もかも投げ捨てて孤児院など運営しない。

見捨てられない、見て見ぬ振りなど出来ない、そんな厄介な男なのだ。

九鬼「長い夜になりそうじゃのう・・・・・・・」

五稜郭と孤児院は同じ船ならば九鬼とオーティスは二人で一つの意思に纏まる必要

が出てくる。

航海士と船長の意見が異なれば船は陸に上がる。

だが、このオーティスと名乗る船長は根っからの善人な上に頑固で融通が利かない

と言う、途轍もなく面倒な性格をしている。


九鬼「我が人生、最大の難関かも知れん・・・・・・・・」


窓から漏れる灯りは日を跨いでも消える事は無かった。





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