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祝福の右腕・断罪の左腕  作者: 勝 ・ 仁
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愚者策落



バルケロア公爵家の次男のクロックが孤児院の前で門番のアーヴィンに詰め寄って

いた。


アーヴィン「お引き取り願おう」

 クロック「平民如きが私に命令するな!」

アーヴィン「耳が悪いのか?帰れと言っているのだ」

 クロック「おのれ!無礼者が!」

アーヴィン「何だ、頭が悪いのか、帰れ」

 クロック「貴様・・・・・・不敬罪だ、死をくれてやる」


怒りで真っ赤になったクロックは、即座に殺す事を選択した。

全く躊躇せずに護衛の二人が出て来た事を考えると、恐らくいつもの事なのだろう


クロック「やれ」


ゆっくりと無言で剣を抜いた護衛二人は互いに目配せすると、一人がクロックを守

る位置に移動した。

長年公爵家で護衛の任を負っていただけあって、アーヴィンが生半可な相手では無

い事に気付いていた。


護衛「もしもの場合は我らが時間を稼ぎます、その隙にお逃げください」


だが、この気遣いもクロックには通じなかった。


クロック「俺に逃げろだと?馬鹿も休み休み言え!」

  

いつも権力と護衛の武を振りかざして他者を踏みにじってきた。

時には相手を死に至らしめた事も有った。

そんな事が何度も続くと、いつの間にか自分が強いのだと勘違いし始めた。

ゴブリン一匹倒せない程の弛み切った体のくせにだ。


 クロック「腰抜け共め、俺が自分で罰を与えてやる、覚悟しろ」

アーヴィン「・・・・・・・・正気か?」

   護衛「クロック様!危険です!」

 クロック「うるさい!」


頭の先から爪先まで、どっぷり選民意識に浸かり切ったクロックにとって、自分の

意思や命令が最優先で、例え大切な助言であっても護衛等の格下相手から発せられ

た物など、一顧だにしない。

それがどれだけ愚かで無謀な行為であってもだ。


アーヴィン「まあ、手間が省けて助かるがな」


実際の所、九鬼からもしバルケロア公爵家の関係者が来たら死なない程度に叩き潰

す様に言われていた。

それもなるべく相手のプライドをへし折る事が望ましいと来た。


アーヴィン「しかし、どうした物か・・・・」


死なない程度と言われたがクロックの脆弱さを考えると剣どころか素手で殴ったと

しても殺しかねない。


アーヴィン「うん、これで良いか」


手に取ったのは、最近子供達が剣術ごっこで使った、細い木の枝だった。

長さは1mにも満たない。


アーヴィン「おい馬鹿、相手をしてやる、掛かって来い」

 

他人を罵倒した経験の少ないアーヴィンの初歩的な挑発だったが、クロックは簡単

に乗って来た。


クロック「貴様・・・・死ねえええええええ・・・・ヘブッ!」


剣を大上段に振りかぶった隙だらけの顔面に木の枝が直撃する


アーヴィン「ほれほれほれ」

 クロック「あびゃびゃびゃ、ひぎっ、ぷぎゃあああああああああ」


先端が見えない程の高速で振り抜かれた木の枝は瞬きをする間に何十回とクロック

の顔面を襲った。

みるみる真っ赤に腫上ってゆく顔面からは鼻血が飛びまくる。

アーヴィンが手にした木の枝を見て命の危険は無いと、状況を静観していた護衛達

が、慌ててクロックを確保に動いた時には既に百以上の打撃がクロックの全身に刻

まれていた。


クロック「ぶひっ・・・・・・・・・ぶひっ・・・・・ぶひぃぃぃぃぃ」

  護衛「クッ、クロック・・・・・さま・・・・ブッ」

  護衛「お気を確か・・・・・クッ」


顔面に留まらず両手や首まで腫上っている。

恐らく服の下さえ同じ状況だろう、そう考えると目の前に転がっているクロックが

屠殺前の豚にしか見えず、手当よりもまず笑いを我慢する苦行を護衛達は強いられ

た。


九鬼「何じゃ、騒々しいのう」


そこに朝食後の散歩と言う名目の警邏をしていた九鬼が顔を出した。

もちろん、早い段階でこの迷惑な来客には気が付いていたが、わざわざ駆けつける

必要を微塵も感じなかったのだ。

その証拠に同行しているのは、騒動の中心人物である王女本人である。


フェーナ「うわああ、何、あっ豚じゃん」

  九鬼「顔見知りか?」

フェーナ「そう、あれが私に求婚している公爵家のクズ次男」

  九鬼「豚が?」

フェーナ「そう、豚のくせに私に結婚を迫るなんて、頭おかしいと思いません?」


これは兄であるディランやカールも知らなかったのだが、何処で仕入れたのか生ま

れつきか、フェーナはとんでもない毒舌持だった。

普段は王女としての立場上、完全に隠していたが孤児院で暮らす様になった途端に

被っていた猫の皮を数十枚まとめて放り投げたのだ。


  九鬼「まあ、確かにのう」

フェーナ「それにしても豚、それも・・・・赤い豚・・・・・・・うぷぷぷぷぷ」

  護衛「お、王女様・・・・・・さすがに・・・・・」

フェーナ「何言ってるの、それは豚なの、クズなの、ゴミなの、汚物なのよ」

クロック「・・・・・ぶぁぁ・・・・うぅぅ・・・・・・・・ぐそぅぅぅ・・・」

フェーナ「喋らないでくれる、口が臭いのよ、死ねばいいのに」

  護衛「あのう・・・・一応、公爵の御子息なのですが・・・・」

フェーナ「公爵の息子?服を着た豚でしょ」

  護衛「い、いや、その」

フェーナ「公爵の趣味に口を出す気は無いけれど迷惑なのよ、この豚」

  九鬼「あ~盛り上がっている所悪いが、早いとこ豚を片付けてくれんかのう」

フェーナ「え~まだ言い足りないんだけど」

  九鬼「もう十分致命傷じゃと思うぞ」


九鬼の目論見は、この息子を挑発し、あわよくば一族総出で報復しに来て貰う事な

のだが、これ以上はクロックの精神がもたない。

本人の心が再起不能になれば、報復どころでは無くなる。

何とか持ち直して貰いたいものだ。

回収され去ってゆく彼らの背中を見てそう願っていた。


  九鬼「まさか、このまま大人しくなるんじゃあるまいな」

フェーナ「う~ん、多分数日の内にまた来ると思う」

  九鬼「その理由は?」

フェーナ「だって、あの家族、全員底なしの馬鹿だもの」

  九鬼「底なし?」

フェーナ「ギリギリ普通の馬鹿に留めていた家宰が去年、死んじゃったの」

  九鬼「ほう、有能じゃったのか」

フェーナ「とびきりに、でもあの連中が相手じゃ・・・・」


王弟エリオットがバルケロア家に降家した際、先代国王に懇願され高齢にも関わら

ず家宰を引き受けたのだが、それが間違いだった。

どれだけ諭しても忠告しても欲望のままに行動する事にどっぷり浸かりきった公爵

家の人々には届かなかった。

それでもエリオットの子供達には苦手な存在だったらしく、傲慢で横暴な行動には

抑制が掛かっていたが、今はその重石が居ない。

あっという間に良識を放り投げてしまったらしい。


フェーナ「私、ここが気に入ったの」

  九鬼「孤児院じゃぞ」

フェーナ「ここが良い、ここが好きなの、本当の私に戻れるここが大好き」


身の回りの世話をする大勢の侍女も贅の限りを尽くした食事を作る料理人も居ない

それどころか、自分の他に孤児達の面倒まで見なければならない。

いつ音を上げるかと思っていた九鬼達の予想とは裏腹に、フェーナはここの暮らし

に馴染みに馴染んでいた。

果敢に調理に挑み、嬉々として子供達の世話をした。

泥だらけになりながら子供達と遊んでいる姿は、とても大国の王女とは思えない。


フェーナ「それに今はソフィーナちゃんの具合が悪いのに」


現在、孤児院に隣接する形で九鬼が監修した治療院の建設が急ピッチで進んでいる

のだが、完成にはまだ時間が掛かる。

その間、ソフィーナは孤児院の別棟でクランの女性陣の世話を受けている。

幸い解熱剤の原料であるフラックス草は膨大な量が確保出来ており、製薬する薬師

もかなりの人数が西地区に集まっている。

解熱剤の確保に不安は無い。

食事ごとに提供される解熱剤の効果で今の所、症状は落ち着いているが完治した訳

でも無く予断を許さない状況なのだ。


九鬼「面倒事はさっさと片付けるに限る」


罠に掛かる獲物を待つ獰猛な虎の様に、九鬼の眼に物騒な光が灯った。



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