第18話 籠の中の鳥は大空へ
「それにしても治癒魔法のスキルが使えるのも驚いたけど、安藤一尉がプリシラを上官みたいにしてたのも驚いたわ。上に立ったことがあるとそうなるのかしら」
「………軍を率いる者なら普通」
「隊じゃなくて軍なのね」
「………それよりもえむぴー? 回復ポーションが欲しい」
「さっきダンジョンの中にいたじゃない」
「………回復したけどこれから治療に魔力を使う。11人を完全に治すとなると1000は消費する」
「結構消費するわね。貯蓄分があっても1000は大きいわね。多分安藤さん達の装備にあると思うから貰うといいわ」
「………わかった」
歩いて屋外訓練場まで来た二人。そこには後部ハッチの開いた輸送ヘリが一機待機していた。プリシラはヘリが何なのか分からなかった。
「………あれは何?」
「輸送ヘリよ。あれで空を飛んでいくの。ここは都内だから現地まで1時間もかからないんじゃないかしら?」
「………あれが飛ぶ? 何でできてるの?」
「鉄じゃないかしら? 詳しくは知らないわ」
「………鉄が飛ぶなんて…」
(凄い世界に来たもんだね~)
ララベルと一緒にちょっとしたカルチャーショックを受けているプリシラ。飛んだ後に空から街並みを眺めてさらにカルチャーショックを受けることになるとはまだ知らない。
しばらくして遥達が訓練場まで来た。
「お待たせプリシラ。見覚えあると思うけど、昨日の模擬戦に参加していた人たちよ。皆昨日ので怪我してるから治してあげて」
遥の後ろには安藤を含む自衛隊員が揃っていた。
プリシラは左手を隊員たちに向けて魔法を発動する。
「………エリアハイヒール」
プリシラが魔法を発動すると自衛員達からどよめきの声が上がった。一人一人治療されるものと思っていたのが全員まとめてだったのだ。そんなことをできる者は自衛隊にはいない。できるのはフランス所属で『聖女』のジョブを持ち世界でもっとも有名なヒーラー探索者であるクロエ・ルフェーヴルのみだと言われていた。
「もう治したの?」
「………うん。えむぴー回復ポーションが欲しい。1000使った」
「今の魔法1000も使うのね。安藤さん。あります?」
「隊員を治していただき感謝します。奮発してランク3なら一本渡せるかな。後衛が結構いるんでな。ほらよ」
安藤は先にプリシラに礼をしてから遥にポーションを渡した。
「はいプリシラ。1000回復させるのはないわ」
「………十分。じゃあ行こう」
プリシラはランク3のMP回復ポーションを飲みながらヘリに向かって歩いた。歩くプリシラの斜め前に一人、男の自衛隊員が来てプリシラに頭を下げた。
「治癒していただきありがとうございます!」
プリシラは無視してそのまま歩いた。男嫌いのプリシラは出来れば安藤とも話したくなかったのだ。無視された隊員は唖然として歩いていくプリシラを見ていた。
遥は無視された年上の隊員に事情を説明する。
「すいません。あの子男嫌いで……」
「報告にあった気がするな………隊長。我々も行きましょう」
プリシラに続く隊員達。隊員達は物資も一緒に運んでいる。プリシラはなんとなく開いてるからという理由で後部ハッチへと歩いていた。遥と共に中に乗り込み椅子に座った。プロペラが回り始めたのか駆動音が響く。
遥と共に待っているが自衛隊員達がなかなか来ない。数名は乗ってきたのだが何人かがまだ乗ってきていなかった。
しばらくしてどこか怒っているような安藤が乗ってきた。その後ろには撮影機材を持った男達が3人いた。
「何も聞くな! 行くぞ」
「さすが自衛隊。と思っていたら棚から牡丹餅どころか大判小判だ」
「大当たりですよ!」
男達はプリシラを見て言っているようだった。その証拠にカメラのレンズはプリシラの方に向いていた。
自衛隊所属の者達は全員がなんとなくだが事情を察した。おそらくどこかの議員が金に目がくらんでねじ込んだのだろうと。民放だという点がそれを如実に語っていた。耳の早いことだと思いその情報網をもっと他のことに使えばいいのにと内心溜息をついた。
ヘリが飛び立ったあとにプリシラが遥に声をかけた。外も気になるが撮影機材が気になるようだった。
「………遥。あれは何?」
「…朝テレビを見たでしょう? あれに使うのよ。カメラって言ってね。あれでここの状況を他の所でもわかるようにしてるの。そして同時に記録してるの」
「………あんな小さいので?」
「そういうものなの」
遥から説明を受けたプリシラはカメラが気になった。なので間近で見に行くことにした。
報道陣の男達3人はプリシラが立ち上がり近づいてくることに驚いた。そしてさらに驚くことになる。ちょうど持ちやすそうな持ち手がついていたのでその部分を掴み、カメラマンが肩に担いでいるカメラを無理やり奪い取った。
「ちょっ!」
報道陣の男達がカメラを奪い取ったプリシラからカメラを取り返そうと慌てて掴みかかろうとしたが、座ったままの状態で見えない壁に阻まれてプリシラに触れることすらできなかった。
一方のプリシラはレンズを覗き込んだりボタンを眺めたり繋がっている配線を触ったりしている。
(全然分からない)
(こっちの技術だからねー。魔石も使ってないみたいだし。使ってればちょっとはわかるんだけどねぇ~)
いろいろと触っているとスポンジが付いているマイクの部分を握っては離しを繰り返しニギニギして動かしていると嫌な音が響いた。
バキッ
「あ」
思わずプリシラは声を上げた。
「「「ああーーーーー!!」」」
そして報道陣の3人も同時に声を上げた。
(あ~あ。プリ壊した~)
(………壊れる方が悪い)
(魔道具もしょっちゅう壊してたもんね!)
完全に根元からマイクが折れており音声は期待できそうになかった。カメラは画だけなら撮れそうな状態になった。
そしてプリシラは興味を失ったかのようにカメラをカメラマンに放り投げた。なんとかカメラをキャッチして無事かどうかを確認している。プリシラがカメラを持っていた間はさぞ面白い画が撮れていることだろう。
遥の元に戻り今度は丸い小窓から外を眺めた。眺めていると遥が耳元で話してきた。
「面白かった。ちょっとスカッとしたわ。ありがとう」
「………よくわからないけど、遥が良い気分になったのならいい」
「ええ。良い気分になったわ。それよりどう? 空からだけどこの国の街並みを見るのは」
「………完全に別の世界なんだって実感してる」
窓から下を覗けばプリシラの見たことない高層ビル群の街並みが広がっていた。プリシラのいた世界では考えられない光景だった。いったいどうすればあんな建物が出来るのだろうと。表には出ていないがララベルも驚いていた。
「じゃあ驚いたのは一旦置いておきましょう。向こうの状況を説明するわ。安藤さん。データ来てますよね?」
「ああ。来ている。今から彼女の配置も説明する」
呼ばれた安藤がタブレットを持ちプリシラと遥の前まで来た。その顔はヘリに乗り込んだ時よりも機嫌が良さそうだった。
タブレットには地図が表示されていた。
「これが現地の地図だ。スタンピードを起こしたダンジョンはここ。そして南西に向かって魔物が進軍している」
ペンを持った安藤がタブレットに表示された地図にダンジョンの位置を赤色でマーキングし、魔物の進行方向を矢印で描いている。今度は道に沿って青色で線を引いた。
「この青色の部分が主に魔物が進行している道だ。ダンジョンからはほとんどの魔物が道なりに真っ直ぐ進んでいるが、見て分かる通りここの交差点で三方向に分かれている」
十字路の交差点というよりはY字路の真ん中にさらに道があるような交差点で魔物が分かれていっていた。特に中央の進行具合が顕著だった。
「現状この中央が一方的に押されている。被害も甚大だ。我々はここの援護と補給に向かう」
「………私もあなた達と一緒に?」
「その予定です………何かあるでしょうか?」
プリシラに対しては上官へ接するような態度になってしまう安藤。先ほどの会議室でのことが尾を引いていた。
「………中央の部隊を援護し、その後は単独で分かれている場所まで魔物を殲滅しながら進軍する。私は単独のほうが活きる」
「しかし………それではあなたが魔物の大群に……」
「………構わない」
「安藤さん。私もプリシラは単独で行動させた方が活きると思います。それに私たちではプリシラについていけません」
「だが………」
「安藤隊長! 現地を確認しました! 目視できます!」
操縦席から安藤に報告が入る。その報告に安藤は立ち上がり操縦席へと向かった。遥は窓から外を確認した。プリシラも遅れて外を確認する。
「プリシラ。少し見えているのがさっきの地図で言うところの右に分かれていた場所だと思うわ。高い建物がない場所だからわかりやすいわ」
「………かなり状況は拙い」
「ええ。Bランクダンジョンのスタンピードだもの。魔物も強いわ」
「………先行する」
プリシラはそういうと立ち上がり後部ハッチへと歩き出した。慌てて遥はプリシラについていく。報道陣は慌ててカメラを立ち上がったプリシラへと向けた。残念ながらカメラの映像は無事だった。
「ちょっ! ちょっとプリシラ! どうするの!?」
「………ここから降下して先行する。ここを開けて」
「ええっ!? ここ上空500メートルはあるわよ!」
「………私は飛べる。開けないのなら壊す」
「ああもう! ちょっと待ってて!」
強硬手段を取ろうとするプリシラに対して遥は慌てて操縦席に走った。
「後部ハッチを開けてください!」
「「なんだって!?」」
一条の言葉に安藤と操縦士が揃って声を上げる。
「プリシラがここから降下します! 開けないのなら壊すと! 飛べるそうなので開けてください!」
「いったいどういうこt「いいから開けてください! 墜落させられますよ!」……わかった! せっかくだから旋回して後部をダンジョン側に向けてやる! 安藤隊長 いいですね!」
「…構わん! やってくれ!」
勢いに押された操縦士と安藤。安藤は昨日プリシラの力を身を持って体験し、操縦士も昨日の模擬戦を知っていた。本当にヘリを壊して行きかねないと瞬時に判断した。
遥は急いでプリシラの元へ戻った。
「プリシラ! 旋回してから開くわ! 下を見れば目視できるはずよ。だから少し待って!」
「………わかった」
「皆そういうことよ! 危険だから報道陣を前の方へ!」
遥の数人の自衛隊員たちが報道陣を無理やり前の方に移動させた。旋回している間に遥は少し注意点をプリシラに話した。
「プリシラ。降下して建物の近くまで行くとおそらく電線が見えると思うわ。それには触れないように注意して!」
「………デンセン?」
「そういうのがあるのよ。黒い線が細い柱の間に無数に通っているわ。それに触れると感電…えーっと……雷魔法を受けたようになるから触れちゃダメよ!」
「………よくわからないけど、黒い線に触れなければいいのね」
「そういうこと! 魔物に荒らされて地面にあるかもしれないけど気をつけて」
遥は上空から高層ビル群の街しか見ていないプリシラに最低限の知識を伝えた。これだけは伝えておかないとプリシラが高速移動した際に引っかかってダメージを受けてしまうかもと心配した。今思いついたのはこれくらいだった。
日本の街並みを全く知らないプリシラにはまだまだ注意しないといけないことはあるが、限られた短い時間ではこれくらいしか遥は思いつかなかったのだ。
旋回が終わり後部ハッチを開くと知らせがあった。後部ハッチが開くとプロペラ音がさらに大きくなり風が内部を吹き抜ける。報道陣のカメラも開くところにカメラを向けていた。
後部ハッチが開き切りプリシラは一歩前に出て下を確認する。遥もヘリに捕まりながらプリシラに声をかける。
「よく見えるわ。さっきの地図の場所はなんとなくわかるわね?」
「………確かに中央がひどい」
「さっき言ってたようにお願いね。それとあんまり大きい声じゃ言えないんだけど、街への被害は気にしなくていいわ。思いっきり魔法とか使っていいわ。どうせスタンピードで荒れ放題よ」
「………確かに荒れ放題」
「…だからね。好きに暴れてきなさい!」
どこか吹っ切れたような笑顔で言う遥の言葉に少し驚きながら頷いたプリシラ。遥はもうプリシラを止めないことにした。どこかプリシラの心情を察していた遥は敢えて暴れるように言った。籠の中の鳥の状態だったプリシラはストレスが溜まっていると思っていた。総理との交渉でも自由を求めた。だからこそ好きに暴れてこいと言った。
籠の中から飛び立ち自由に大空を飛ぶ鳥のように、と。
カメラは捉えていた。開いた後部ハッチ前の中央で青みがかった銀髪を風で揺らし、肩幅ほどに足を開き仁王立ちするプリシラの姿を。その姿はまるでこれから始まる戦いを前に世界そのものへ宣戦布告するかのようだった。
右腕を上げてガントレットの感触を確かめる様に手を握っては開き手首を動かすその後ろ姿。
開かれたハッチ。吹き抜ける風。舞い上がる青銀の髪。そしてその中央に立つ一人のエルフ。
後にこの映像は一枚の写真として切り取られることになる。それは後世においてプリシラを象徴する一枚となり誰もが知るあまりにも有名な一場面となる。
――「籠の鳥」が、大空へ飛び立った瞬間として。
「………じゃあ、行って来る」
「ええ! いってらっしゃい! 気をつけてね!」
そしてプリシラは一歩足を進めて前に倒れるようにして後部ハッチから飛び降り、文字通り大空を飛んだ。




