第七話 221号室に来訪者がある
言うまでもないが、此度の灰狼によるミルヴァートンの部屋への侵入及び放火はまごうことなき犯罪行為である。しかし、当事者であるシャーロット・ミルヴァートンが被害を訴えるよりも先に、別の告発があった。それも一つや二つではない。脅迫、強要、強請り。かつて、かの金色の蜘蛛、脅迫令嬢によって絡めとられ、泣き寝入りを強いられていた被害者たち、現に被害にあっていた者たちが一斉に蜂起したのである。
彼らは大量にばらまかれた匿名の手紙によって脅迫の種が焼かれたと知らされた。当初はミルヴァートンの罠と警戒したが、アイリーン=ラ=メテウス嬢という権威的存在がこの手紙を信じたことに端を発し、彼女の元へ集結。アイリーン嬢のカリスマ性も相まって彼女の認めた連判状は今や56名まで膨れ上がったのだ。国立メテウス大学は国の中枢を担う人間が集まる学園だけあって学生自治が徹底されているが、このままいけば学校組織も動かざるを得なくなる。そうなれば法王庁を巻き込んだ集団訴訟へとつながるだろう。
思い返せば、被害者の会のとして借りられた詰め所は殺気だった選挙事務所のようであった。皮肉なことに貴族組も平民組もこの時ばかりは、学校の方針通り地位の壁を取り払い、一人の人間として被害を打ち明け合っていた。その頭目として名簿の前に鎮座するアイリーン嬢は氷の女王さながらの気迫であった。せかせかと忙しそうであったが、署名に赴いた際にすこし話すことができた。
「ミス・メテウス。大声出したら気合でました」
「そう。お役に立てたのなら嬉しいわ。メアリ」
「あれは激励だった?」
「ただの一般論よ。勘違いしないで」
「大声令嬢アイリーン」
「マッチはどこだったかしら」
「すいませんでした」
楽しく話せたと思う。ちなみに、わたしの署名は17番目である。
だがしかし一転攻勢を仕掛ける被害者の会を前にして、ミルヴァートンも一筋縄ではいかなかった。証拠が無いのだ。被害者たちの話は一貫して資料を基に脅迫されたというものだったが、その資料がどこにもない。当然である。あの日、灰狼がすべて焼き払ってしまったのだから。
ミルヴァートンはその一点において強弁に反論し、守勢へ回る。実にまずい流れが出来てしまっていた。学生同士の話し合いもここ数日間は『やった、やらない』の堂々巡りが続いている。このままでは厳重注意だなんて生ぬるい結末になりかねない。それだけは絶対に避けなくてはならなかったが、わたしではどうしようもないと途方に暮れるばかりであった。
一方でミルヴァートンも無傷というわけでなく、此度の一大騒動は彼女の悪事が噂となって大学中に波及することは自明の理であった。まさしく自業自得である。ミルヴァートンはアイリーン嬢の厳しすぎる追求に晒され続けた結果、日に日にやつれて髪のボリュームも心なしかしぼんでいった。あれほど平民に対して傍若無人に権勢を振るっていたにもかかわらず、今では努めて人目を避けるようにまでなっていった。
食堂から離れ、中庭の隅で食事をとるミルヴァートンを、パーカーは零れ落ちそうなほどイチゴジャムの盛られた白パンをかじりながら満足そうに眺めていた。わかってはいたがこいつもなかなか良い性格をしている。そういうわたしもパーカーの隣でフルーツサンドを頬張りながら眺めていた。あれだけひどい侮辱をされたというのに不覚にも『ちょっと可愛そうだな』なんて。わたしに復讐なんて無理だなと、少しだけホッとした。
「ワトソン君。今夜予定はあるかい? あってもこっちを優先してほしいんだけど」
「ないよ」
「よし。なら今日17時に部屋に居てくれ。お客人を招こうと思う」
「お客人? アイリーン嬢?」
「果たして誰かな。おたのしみだ。部屋を掃除しててくれ。もてなしの準備はこっちでするから」
「うん、別にいいよ」
パーカーはうむ、と笑みをうかべながら最後のひとかけらを口の中に放り込んだ。
講義後の自由時間になったので、義理堅いわたしはまっすぐ寮に戻り部屋の掃除に取り掛かった。パーカーは油断するとすぐ部屋を散らかす。フックが付いたロープに、大量のピンセットや針金。粉末の入った袋にフラスコや試験管に聴診器を棚や箱の中へとより分けていく。部屋の整理整頓はわたしの勤めだ。
そして、約束の時間の数分前、やっとパーカーが帰って来た。部屋を見回すと「おぉ、見違えた。ありがとう。流石だな」と言って、自分のライティングデスクの椅子を中央に持ってきた。
「これで良し」
もてなしの準備とはなんだったのか。
「さぁ、いよいよだ。ワトソン君はそのライティングデスクに座っていてくれ」
「え、でもなんだか遠くない? それに、これだとなんだか裁判みたいだよ」
無論、こちらが陪審員だ。
「いいからいいから」
パーカーは机の鍵付きのキャビネットを開けて机にもたれかかる。ポケットから懐中時計を取り出してお客人の来訪を手ぐすねを引いて待っている様子だった。
そして、扉がノックされた。
「どうぞ」パーカーが懐中時計から目を離していった。
扉がゆっくり開かれる。恐る恐る入って来たその人は。
――シャーロット・ミルヴァートンだった。




